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  • 2017/09/01
  • ゲッカンタカハシゴー編集部

無免許運転のすすめ。もちろん合法的に、ね。

文:高橋 剛

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子供だけじゃなく、免許を持っていない大人にも機会を!(写真:阿部哲也さん@2017東京モーターサイクルショー)
ご無沙汰しておりました。これからは毎月1日と15日には記事更新するつもりです!(と、声高らかに言ってみました)。で、ここから本題。ニッポンのバイク業界に残された余命はわずかです(としか思えない)。一方で、どうにかバイクを延命できないものかと本気で考え続けてきました……。

そもそも、バイクは延命させるべき存在なのか? それだけの社会的価値がある乗り物なのか? この命題については自分なりに相当考え、自分なりの回答が揃ってきた。しかし、この話はめちゃくちゃ長くなる。今は「バイクは延命させるべき」という仮説に立って、取り急ぎバイクの延命措置を提案したい。

それは、合法的無免許運転の場を設けることだ。今すぐにでも。少しでも多く。

長年にわたり、たくさんのバイク乗りたちにインタビューしてきた。話のとっかかりとしてまずバイクに乗り始めたきっかけを尋ねるのが常だが、40代以上のいわゆるバイクブーマーたちからは、ほぼ共通した答えが返ってくる。皆一様に声を潜めて、こう言うのだ。

「ココだけの話ですが、実は、無免許で乗り回したのが最初なんですよ……」

残念ながら必ず「オフレコですよ」と付け加えられるので、この話が世に出ることはほとんどない。しかし40代以上の多くのバイク乗りの「バイク初体験」は、無免許運転なのだ。

様相はさまざまだ。家に転がっていたスクーターを乗り回した。裏山でカブを走らせた。友達のニーハンを借りた。内緒で。先輩の。兄貴の。親の。空き地で。公道で。そしてだいたい小学生高学年から高校生ぐらいの間、つまりみずみずしい感性を持ったティーンエイジの期間中に、バイクを経験しているのだ(さまざまな形で法を犯して)。

今では考えられないほどユルかった時代の話だ。「無免許運転」と書くとかなり大仰だが、要するにそこら辺にバイクがわんさかあり、ちょろっと乗れる機会もわんさかあった、という程度のことだ。

もちろん、今も昔も無免許運転は違法だ。警察に発覚すれば、言い逃れ無用の犯罪行為ではある(しかも重度の)。しかし数十年前は身近な範囲で「バイク、乗ってみっか?」が横行しており、身近な範囲で発覚する分には「まぁまぁ……」で済まされるという、超法規的グレーゾーンが確実に存在していた。

そして、「そこら辺にあるバイクにちょろっと乗ってみる無免許運転」という超法規的グレーゾーンが、期せずしてバイク販促の大きな取っかかりになっていたのだ。バイクへの導入として、無免許運転は大いに有効だったのである。

考えてみてほしいのだが、合法的に公道でバイクに乗るなら、当然、まず免許証の取得が必須だ。ここがもう、決定的にあり得ないと僕は思っている。バイクに乗ったことがないのに、バイクの免許を取る、だって……?

街でバイクを見かけてカッコいいと思ったから。メディアでバイクを見て憧れたから。友達が乗っているのを見てうらやましく思ったから。動機はさまざまだろうが、いずれにせよ、バイクに興味が湧いた時、いきなり免許取得という恐ろしく高い壁が立ちはだかる。

免許をまったく持っていない人が普通二輪免許を取るには、20万円以上の金額と45時間の学科・技能講習が待ち構えている。クルマの免許があったとしても、10万円少々&18時間だ。大型二輪免許ともなれば、クルマの免許があってもおおよそ20万円&32時間……。

乗ったこともない未体験のバイクに対して、その乗り物が自分に合うかどうかも分からないのに、それだけの労力をかけて免許を取ろうと思うだろうか? 僕のごく一般的かつ庶民的な経済感覚では、ちょっとあり得ないと思う。

ついでに言えば、クルマの免許だってまっさらから取ろうとするとおおよそ30万円&60時間である。信じられない。言葉を失うほどの価格と時間だ(教習所に行かなくても、警察の運転免許試験場で取得でき、1発で受かれば安価&短時間で済む。しかし難易度が高く、あまり一般的ではない)。

30万円&60時間を費やしてクルマの免許を取る人がいるなんて奇跡としか思えないが、恐るべきことに年間約110万人が教習所を卒業してクルマの免許を取得している。クルマは社会や生活に溶け込んだ必需品だからだ。

なお、僕は教習所の仕組みについては抜本的に見直すべきだと強く強く強く強く強く(←しつこい)思っている。もはや生活必需品とも言えるクルマの免許を取るだけのことで年間おおよそ3,300億円ものお金が動くなんて、あまりにも社会効率が悪い。が、果てしなく話が逸れていくのでここでは避ける。

クルマを「社会生活の必需品」と言ったが、一方のバイクはほぼ趣味の乗り物である(正確にはクルマにも十分な趣味性があるし、バイクにも生活必需品としての側面が確実に存在する。しかし話が煩雑になるので、ここでは大ざっぱに考えたい)。

大事なことなので繰り返すが、バイクは趣味、である。趣味なのに、合法的には未体験のうちに10数万円以上&10数時間以上を費やさなければ、スタートラインにすらつけないのだ。そんな趣味が他にあるだろうか?

身の回りをグルリと見渡して、国が発行する免許が必要な趣味など、ほとんどない。囲碁、将棋、運動、映画鑑賞、読書、音楽鑑賞、楽器演奏、食べ歩き、旅行、写真撮影、木工、彫金、熱帯魚飼育、何でもいいが、始めるにあたって国のお墨付きが必要な趣味など、ほぼない。せいぜい、アマチュア無線、ボート、飛行機操縦、狩猟ぐらいだろうか。これらと並ぶのだから、バイクという趣味がいかに特殊かが分かる(純粋な趣味としてクルマに乗るなら、それも特殊だが)。

しかも費用と時間をかけて免許を取った後にも、車両本体に(250ccクラスを想定しても)おおよそ50万円、ヘルメットやウエア類など装具をまっとうに揃えればおおよそ10万円、さらに保険を始めとするランニングコストを考えると、恐ろしくお金がかかる。

すでにバイク乗りである僕たちは、バイクにお金以上の価値があることを知っているからこそ手間暇お金を惜しまず嬉々として走り回っているわけだが、これからバイクに乗ろうとする人たちはそれを実感としては知らない。にも関わらず、「なに? バイクに乗ってみたい? では免許+車両+装具+もろもろでざっと80万円近くを払え」というのは、あまりにも無理がある。

「そこら辺にあるバイクにちょろっと乗ってみる無免許運転」という超法規的グレーゾーンが存在していた昔は、「とりあえずバイクを経験する」という機会があった。その中で、「バイク面白え」と思う人はきちんと免許を取っただろうし、「たいして面白くねえな」と思う人はそのまま離れていっただろう。いずれにしても、違法とはいえ「とりあえずバイクを経験する機会」が先にあって、乗る・乗らないの選択および具体的な経済活動はその後にあった、ということが重要なのだ。

イマドキの若者がどう考えるのかは正直よく分からないが、僕の感覚からすると、大きな買い物であればあるほど慎重になるし、できるだけ試したい。試しもせずに総計80万円程度が必要なバイクの世界に飛び込むなど、僕には想像できない。

逆説的に言えば、バイクに乗った経験もないのに教習所に通う決意をする今の人々は、無免許運転を介してバイク乗りになったかつての人々よりも、はるかに強い信念と覚悟とバイクへの熱意と愛を持っているとさえ思う。

……と、ここまで書いてきてしみじみ不安になるのだが、もちろん昔だって大多数は合法的に免許を取ってからバイク乗りになっただろう。ただ、僕がインタビューしたりバイク乗りと触れ合ってきた経験上は、こと40代以上のコアなバイク乗りに関しては、ほとんど100%が(期間の長短はあれど)無免許運転を経てバイク乗りになっている、というのも体感的事実なのだ。

かつてのように「身近にあるバイクにちょろっと乗ってみる無免許運転」は、もはや絶対に許されない。しかも免許取得というハードルは、教習所という仕組みも含め、盤石の制度にして既得権益の塊として確立してしまっており、突き崩すことは不可能だろう(めちゃくちゃ突き崩したいけど)。

要するに、バイク免許取得が急に容易になったり安価になったりすることはない。試してみる機会もなく、ハードルも下がらないとなれば、バイク業界はどうやって存続するつもりなのかと思う。

バイク業界を存続させるためには、無免許で合法的にバイクに乗れる機会を増やすことだ。普通に考えての「お試しのチャンス」である。それが整って初めて、さまざまな誘いが効果を発揮する。「バイク面白いですよ! 乗ってみましょうよ! でも試せません。とりあえず80万円用意してください」では、悪徳詐欺だ。「乗ってみましょうよ」と誘うからには、その受け皿を用意するのが当然だと僕は思う。

具体的には、教習所やクローズドコース(サーキットやオフロードコース)など公道ではない場を用いて、無免許で恒常的にバイクで遊べる仕組みを作れないものかと思っている。特に、街中にあって行きやすい教習所は最有力候補である。僕がイメージしているのは、こんなバイクの楽しみ方だ。

『○◎教習所に行けば、△曜日の午後□時~◇時までの間は、免許がなくてもバイクに乗れる。ヘルメットとグローブとブーツ、そしてもちろんバイクもレンタルできる。全部合わせて、30分で3000円。最初の数回はインストラクターが必要で、30分6000円だったが、今はライセンスのグレードが上がり、単独走行が可能になっている。正直、オレは公道を走るための免許を取ろうとまでは思っていない。教習所内を走れればそれで十分だ。S字もクランクも一本橋も、アトラクションとして十分に面白い。今は125ccのギア付きに乗ってるけど、特トレを受けてオプション料金を払えば大型にも乗れるらしい。まぁ、あまり乗る気もないけど。と言いつつ、今度は××サーキットに行こうと思ってる。サーキットではまた別のライセンスが必要らしいけど、チャレンジしてみようかな。オフロードもいいな。』

……ああ。実現にあたっては恐ろしいほどの困難が待ち受けていそうだ。法律的にも世相的にも責任の所在的にもアウトな部分もあるだろう。しかし、妄想を自由かつ気軽に書けるのが文章のいいところだ。

上記で言いたいのは、

・恒常的に、かつ身近にバイクに乗れるクローズドコースがある(=教習所)。
・バイクも装具もオールレンタル可能。
・公道を走る免許とは別に、非常に簡単に取得できるライセンスが必要。
・最初のうちはインストラクターの講習/付き添いが必要。
・ライセンスのグレードが上がれば、単独走行が可能に。
・さらにトレーニングを受けてグレードが上がれば、借りれるバイクが大きくなる。
・サーキットやオフロードコースと連携している。
・公道を走らないなら、免許を取らなくてもいい。

最後の「公道を走らないなら、免許を取らなくてもいい」こそが、非常に大事だと思っている。

僕の印象では、バイクに乗るという行為の舞台として、公道は相当にハードルが高い。現在の混合交通の中にあって、バイクはかなりハイリスクな乗り物だ。何かある可能性が高く、何かあった時のダメージもとても大きい。公道はバイクで転倒することを前提に設計されておらず、バイクも公道で転倒することを前提に作られてはいない。公道は、バイクを走らせるには非常に危険な場であり、およそビギナー向けとは言いがたい。僕はサーキットもオフロードコースも走ったことがあるが、公道よりよほど安全だと感じる。

以前、ホンダが開催しているHMS(ホンダ・モーターサイクリスト・スクール)というライディングスクールの体験取材に行ったことがある。バンパー付きのCB400でクローズドコースをひとしきり走り、いい汗をかいた。インストラクターさんは、「スクールそのものを楽しみとして通っている常連さんも多いんですよ」と言っていた。また、さまざまな取材で聞いたところでは、特に女性ライダーには「教習所が楽しかった」と言う人が多い。つまり、スクールや教習所は、しかるべき安全措置が施された場所で、カリキュラムが用意され、習熟度合いが評価され、楽しさと手応えを得られるアトラクションとして、幅広い層のライダーを受け入れている。スクールはそれだけで十分に「バイクを走らせるメインイベント」となり得るポテンシャルを持っていると僕は思う。

大胆に言わせていただければ、「バイクに乗る=公道を走る」という既成概念にこだわらなくてもいいのではないか、と思うのだ。生涯スクールだけでも教習所だけでも、バイクは習い事としてある程度は楽しめるんじゃないか、と。公道よりもはるかに安全で、達成感もあり、しかも多くのモータースポーツのように秒を競うコンペティションの世界に追い立てられることもなく、穏便に末永くバイクと付き合えるんじゃないか(コンペ好きな人への道筋はすでに用意されているし)。

教習所やスクールを軸とした「無免許でも楽しめるバイクとの付き合い」は、基本的には「とっかかり」だ。だが、とっかかりを楽しみとしてそのまま続けることができてもいいと思う。教習所だって楽しいし、スクールだって楽しい。おしなべて習い事は楽しい。わざわざ卒業して公道デビューしなくても、生涯教習所、生涯スクールというスタイルがあってもいいじゃないかと思う。

言うまでもないが、公道には公道の素晴らしさがある。何しろ日本中の道はほとんどすべてつながっていて、自由にどこへでも行くことができる。旅することは、人間が根源的に持っている喜びのひとつだし、バイクは旅の相棒として格別だ。多くの人にバイクに乗って公道を旅してほしいと切に願う。でも、公道走行は基本というより、応用だ。バイクに乗ることのハードルをもっと下げて裾野を広げるには、「公道を走らない」というバイクの楽しみ方があってもいいはずだ。

「ちょっと待て! オールレンタルしてクローズドコース内だけで楽しんでたら、車両本体も用品も何も売れないじゃんか」

この「合法的無免許運転」では、確かに直接何かを売ることは難しい。クローズドコースでも「マイバイク」「マイウエア」を用意する人もいるだろうが、少数に違いない。上記は妄想として30分3000円と料金設定したが、そんなんじゃ元も取れなさそうだ。かといって高い価格設定では見向きもされない。つまり、バイク業界にとってさほどのメリットはないように見える。

でも、本当の意味で新規需要の掘り起こしと販促活動を行うには──、つまりまだバイクに乗っていない人をこの世界に呼び込むには、かなりの覚悟と負担と根気が必要なはずだ。だって、新しくバイクに乗る人は、かなりの覚悟と負担と根気を乗り越えるんだよ。逆に、バイク業界側にそれだけの覚悟と負担と根気がなかったことが、現状を生んだとも言える。

今の日本のバイク業界には、「どうせニーズもないし、あまり余計なことはしない方が……」といった諦めムードが蔓延しているように感じる。僕自身、いみじくも冒頭で「バイクを“延命”させたい」と言ったように、未来は明るくはないと思っている。だから、上記のように合法的無免許運転の場を用意したからと言って、事態が一挙に好転・繁栄するなんてノーテンキなことは思っていない(その理由もいずれ書きたい)。ただ、このまま業界が先細り、消滅していくのを見つめているだけ、というのはいかにも面白くない。どうせならやるだけやって、悪あがきしまくって、粘って粘って、納得しながら爽やかに滅びてほしい。そして「やるだけやる」の具体的方策として、僕は合法的無免許運転の場を設けることが最適だと思っているのだ。

教習所というシステムは、金額的にも内容的にもいいかげん見直すべきだろう。しかし、すでに確立しまくっているシステムを突き崩すのは非常に困難だということも理解できる。一方で、今後少子化がさらに進み、恐ろしい勢いで自動運転化が推進された時、教習所も安閑とはしていられないはずだ。だったらいっそ、教習所を「恒常的バイク遊びの場」と定義し直してしまえばいい。今と違う形での収益性を高める一助にもなる……かもしれない。希望的には、数多くの「ライダー@教習所」の中から「公道に羽ばたきたい」と願う人たちが一定の割合で登場し、きちんと免許を取り、バイクや用品を買い、「ライダー@公道」になってくれたらいい。でも、そうならなくたっていいじゃないか。バイクに乗ってくれさえすれば。バイクの魅力を知ってくれさえすれば。

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