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  • 2019/07/21
  • MotorFan編集部

【難波 治のカーデザイナー的視点:連載コラム 6回目】いよいよスタイリング───その2

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デザイナーの仕事は、自動車開発という巨大プロジェクトの最後の最後にお客様との架け橋を担うことだ。いくら性能や諸元が優れていても、外見に目をつむって買ってくれる人はごく少数だ。デザイナーの責任は重大だ。今回は、前回にひきつづき、スタイリングのお話。とくに、デザイン・スケッチについてお話ししよう。

TEXT●難波 治(NAMBA Osamu)

 なんでもいいから好きにクルマの絵を描いてみて?

 そう言われてハタと困ることがある。僕がカーデザイナーだとわかるや否やこういうオーダーが飛んでくることがあるのだが、他の方は知らないが、僕には困ったお願いがきてしまったと思う瞬間である。相手が大人であれば、なんだかんだと意味の通らない理由を並べ立ててなんとか断るのだが、相手が小さな子供だったりすると本当に困る。瞳をキラキラとさせて、さて何を描いてくれるの?とばかりに待たれてしまうとこれはもうどうしようもなくなる。

 カーデザイナーはお題をいただいて創造を開始する人種で、仮に何気なくコーヒーショップでコーヒーなど啜りながら、傍でそこらへんにある紙にサムネイルを描いているように見える時だって「なんでもいいから好きに描いて」いるわけではないのだ(少なくとも僕はそうなんです)。 だからそういうお願いがいつ飛んできてもいいように、そうお願いをされたらこれを描こうと決めて練習などしておかねばならないな、と常々考えているのだが、果たしていまだに何を描くか決まっていない。

 その代わりに仕事上ではどんなお題をいただいても即座にスイッチが入れられるように常に商品としてのクルマのあり方を考えている。いや、考えているというよりも、目に入ってくる自動車は実はすべてそういう感性で頭の中に自然に入ってきてしまっているように思う。クルマを見るたびにいちいちその車の商品企画を分析し、読んでいる、ということではにないが、とは言え、どこかのメーカーから新車が出ればジロジロと見回してしまうし、コンコンと指でボディを叩いて使っている素材を確かめたりしてしまうのだが……。

 もともとクルマは走るために生まれてきたので、やはり性能が最大の魅力だと思っている。だから新車が出た時には、まず「今度はどんな性能になったのか」が真っ先に知りたいことになる。馬力やトルクの出力は特に大事だが、エンジンやトランスミッション、サスペンションなどの新しい機構など、そのクルマで何が新しくなったのかが気になる。その上でさらに車体を魅力的に包み込むデザイン(スタイリング)が性能と同じくらいに大切な要素になる。いかに「このクルマが欲しい!」と思わせられるかが問われるわけで、性能とデザイン両者揃い踏み出来ればこれは最高!となる。多分名車とはこういうものを指すのではないだろうか。だからデザイナーはその片棒を担ぐ重大な業務を行っているのだ。

 とにかく大勢の開発者達が集まって計画し作り上げられる自動車の、最後の最後にお客様との架け橋を担うのがデザイナーの役目なのだから、これは本当に責任重大だ。外側の形に目をつむっても性能や諸元値に惚れてクルマを買ってくれる人はもはやひと握りの好き者だけで、ほとんどの消費者はクルマという高い買い物を身銭を切って買うのだから自分の気に入らないデザインのクルマを買ってくれるような人はいない。デザイナーの仕事はそれまでの開発の苦労を台なしにするか、成功に導くかの鍵を握っているのである。「終わり良ければすべて良し」という言葉があるように、物事の最後の最後、詰めが甘いとそれまでのすべてが台なしになる。囲碁や将棋でも同じだし、どの世界でも違うことがない。デザインとはそういう役割で、デザイナーとはそれを任された職業なのである。

 さてさて、そうするとデザイナーは何をきっかけにしてイメージを膨らませ、スケッチを描き始めるのだろうか。インスピレーションの元は何だろうか。何かに触発されて形を思いつくのだろうか。チータが走る姿? ボルトが100m決勝のスタートを切る瞬間? スイマーが飛び込み台から踏み切った空中の姿勢? まさか!そんなことはあり得ないだろう。具体的に触発されたカタチを模したなんてストーリーはないと思う。

 オリンピックと同様、「速い」、「強い」、は動くものの本質的な魅力づけだ。そこに漂う緊張感や凝縮感は我々の心を打つ。であるからその本質を追求すると美しい形になってくる。それはレーシングカーを見てみるとよくわかる。最高峰での競い合いに使用されるクルマはやはりどれも美しく見える。求められるボディ性能の意味を追求すれば自然に綺麗にならざるを得ないのだ。自然界でも同様だ。これは芸術作品とは違う感性のものではあるが、しかし人が意識せずに感じているモノの持つ比率や勢い、光と影が演出するカタチなどは本質的には変わることがないと思っている。ただ工業製品においてはその対象に求められている汎用性や評価軸が少し違うだけなのかもしれない。

 もちろん「速い」「強い」だけがクルマの魅力ではない。クルマに求められるシーンはさまざまだし、それをそのシーンに合うように物語を作ることこそがデザイナーに求められる能力である。エレガントに振舞いたい時もある。ゆっくりとしかし堂々とした姿を見せねばならない場面もある。軽やかに走り抜けることも、厳かだったり、華やかだったり、皆がハッと釘付けになり、その魅力に魅かれてしまうようなデザインが求められる時もある。様々な目的やシーンに合わせた車があり、そのそれぞれの物語をデザイナーはカタチで表現するのだ。

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