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マツダ・ユーノス ロードスター(1989) ライトウェイトスポーツカーブームの火付け役!「週刊モーターファン・アーカイブ/マツダ100周年特集」

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マツダから1989年に登場したユーノス・ブランドの「 口ードスター」は絶えて久しかった「ライトウェイトスポーツ」を復活させた。 車重1トンを切る軽量で敏捷性に冨むハンドリングは、「人馬一体」を開発コンセプトに育まれたもの。 同年にデビューした日産の「3代目スカイラインGT-R (BNR32型)」のような、 大出力を電子機器が4輪を緻密に制御して速く走るという方向性とはまた違った ‘'スポーツ” の方向性を見せてくれた。

バブル絶頂の1989年に日本では様々なクルマがデピューしたが、中でも白眉のひとつはこの『ユーノス ・ ロードスター』だろう。日本の自動車造り の技術が世界基準で見てもトップに立ちつつある‘‘伸び盛り’'な過程で、ライバル社が「大きく」「高出力」なモデルを出す。そんななか、マツダは‘‘伸び盛り’'の余力を使って別の提案をしてきた。 それが軽量なボディを意のままに操るというライトウェイトスポーツ・コンセプトを現代の技術で再現するというもの。
週刊モーターファン・アーカイブでは、これまでのモーターファンの懐かしい秘蔵データから毎週1台ずつ紹介していきます。今週も先週に引き続き、マツダ100周年特集!1989年に発売され人気モデルとなった、ユーノス ロードスターを紹介します。

解説●宇並 哲也(80年代国産車のすべて より)

「人馬一体」の新たな提案がなされた

安全基準や排気規制が激しくなる中、誰もが「無理だ」と思っていた。しかしマツダはやってのけたのだ、その不可能と思われていたライトウェイトスポーツカーの新規登場を。

ライトウェイトスポーツカーとは1960年代のイギリスを発祥とする、その名の通り軽量なスポーツカ—のことで、軽量であるから必然的に小型でもあった。このライトウェイトスポーツカーはエンジンに一般的な小排気量乗用車のそれをほばそのまま採用し、シャシー関係も可能な限り既存車種のものを流用し、ボディだけはオリジナルのオープンスタイルのものを用意するというのが一般的だった。オープンであったのは付加価値を高めるというよりも「その方が簡単で、軽くできたため」という説が主流だ。

ちなみにこのライトウェイトスポーツカーは、前述のとおりエンジンやシャシーを乗用車などから流用していたから価格面でも「ライト」であり、若年層を含む幅広い層から支持を集めることになる。

しかし1970年代に入ると安全基準の強化や排気ガス規制の強化などから次々とこのジャンルのスポーッカーは廃番となっていき、1980年代初頭にはほぼ「絶滅」といっていい状態となっていた。

そこにさっそうと現れたのが1989年のマツダ製『ユーノス・ロードスター』(以下、口—ドスタ—)だ。ロードスターは乗用車『ファミリア』系のエンジンや70年代に発売されていたスポーツカー『RX-7』のデフを使用するなど、既存のマツダ車用部品を最大限に使用しながら徹底的にコストを下げることで発売へとこぎつけたのだ。

「本物」を作るため、妥協のない開発が行われた。

しかし、コストを下げる一方で「走りの質感」に関わる部分にはお金と時間、そして知恵をたっぷりと注いだ。新開発の4輪ダブルウィッシュボーン式サスペンションや、剛性を高めるために採用したPPF(エンジンとデフをつなぐ剛性体)、「クルマとの一体感」を演出するためにあえてタイトにした室内空間などはその一部だ。

ロードスターはマツダ社内でも「果たして売れるのか」という危惧がある中で開発が進められたが、いざ蓋を開けてみると全世界でバックオーダーを抱える大人気となる。そして、その成功を見た世界中のライバルメーカーがフォロワーを登場させるほどのインパクトを与えつつ、見事「ライトウェイトスポーツカー」を復活させ定着させたのである。

発売前から日本と北米を中心とした世界に大きな衝撃を与え、発表時にはすでに数ヶ月分のバックオーダ—を抱えることとなった口—ドスター。ヒットの要因はそれまで途絶スていたオ—プン・ライトウェイトモデルの復活という点も大きいだろうが、その車両の中身が「本物のスポ—ツカー」として真剣に作られたからでもある。

前ぺ—ジでも記したように、このクルマには「人馬一体」というキーワ—ドが付随する。この人馬一体、新車発表時に広告代理店が考えたものではなく、開発チーム全員が共通認識として持っていたテーマなのだった。

人が馬を駆って草原を行くように、意のままに操れるハンドリングを目指す。そのためには重心を中央に寄せて、どんな状況でも路面を捉える足回りを作る必要がある。

そこで開発陣営はコストを抑えながらも知恵を使って様々な策を練って使用してきた。

たとえば前後重量配分は50対50だが、これは重量物をほぼすべてホイールベース内に収めたうえで達成したものだ。ファミリアから流用したB6エンジンはその中心位置を前車軸よりも後ろに搭載した。燃料タンクは一般的な後車軸後方ではなく、座席背後に上下高側に余裕を持たせて後車軸前に配置するなどの配慮をした。さらにブレーキキャリパーもフロントは進行方向後ろ側に、リヤは同前側に配置してとにかくマスの中心化に努めたのだ。

シートサイズはそれほど大きくなく、また、インテリア全体もタイトなものであった。これは衝突安全基準をクリアするためにドアが厚くなったから……ではなく、開発者の意図的なもの。車を着る感覚がなければスポーツカーではない、という意向を開発責任者が持っていたため。

足回りは新規開発の4輪ダブルウィッシュボーンとした。ここだけは他車種用ストラットの流用などをしたくない、こだわりの部分だったからだ。しかしながらコスト低減にも大いに気を遣い、フロントのロア—側を除くすべてのAアームは左右共通パーツとして、金型にかかる費用を半分に抑えている。また、サスペンション機構全体の重量もダブルウィッシュボーン式は大きく増える傾向(パーツ点数が多いため)にあるのだが、ロードスターの場合はストラット同様に抑え込んだ。

……これら開発陣営の「真のスポーツカーへの努力」はもちろん表面には出て来ない。しかし、人は知識がなくとも「本物か否か」をかぎわける能力がある。

だからこそロードスターは売れ続けた。この後に世界中から多数の同形態モデルが登場したが、現在も後継モデルが存在しているのはこのロードスターだけだという事実が「本物」の凄さを物語っている。

エンジンはファミリアに採用されていたB6型をベースにしているが、 コスト低減のために可変吸気機構を外した。このため出力は10ps落ちて120psとなったがそれはロードスターの魅力をなんらスポイルするものではなかった。
剛性を向上させようとボディ側に多くの手を入れると車重が増加する。その対策が写真中央の、 エンジンとデフを結合する補強材「PPF」の採用だ。

【SPECIFICATION】ユーノス・ロードスター スペシャルパッケージ仕様

[寸法・重量]
全長×全幅×全高:3970×1675×1235mm
ホイールベース:2265mm
トレッドF/R:1405/1420mm
車両重量:940kg
[エンジン]
型式:B6型
種類:直4 DOHC
ボア×ストローク:78.0×83.6mm
総排気量:1597cc
圧縮比:9.4
最高出力:120ps/6500rpm
最大トルク:14.0kgm/5500rpm
燃料噴射装濫:電子制御燃料噴射
燃料タンク容量:45ℓ
[トランスミッション]
1速:3.136
2速:1.888
3速:1.333
4速:1.000
5速:0.814
後退:3.758
ファイナルギア・レシオ:4.300
[ステアリング]
ラック&ピニオン
[サスベンション]
前:ダブルウィッシュボーン/コイル
後:ダブルウィッシュボーン/コイル
[ブレーキ]
前:ベンチレーテッドディスク
後:ディスク
[タイヤ・サイズ]
185/60R14 82H
[性能]
馬力荷重:7 8kg/ps
最小回転半径:4.6m
10モード燃費:12.2km/ℓ
60km/h定地燃費:185km/ℓ
東京地区標準価格:170万円

なぜATの発売開始は遅れたのか

ユーノス・ロードスターには5MTのほかに4ATの設定もあった。「何を当たり前のことを」と言うなかれ。開発陣営はこのモデルをピュア・スポーツモデルとして作っていたから、実は開発の終盤まで5MTしか「作っていなかった」のである。

これは現代の常識からすればとんでもない話のように思えるかもしれないが、 当時、 スポー ツカ ーはMTで乗るのがクルマ好きの間では常識で、 開発者としても車両の設計意図をわかってもらうために是非ともマニュアルで乗って欲しかったのだ。

後年になるが、 たとえば「ホンダ ・ ビート』では開発責任者が「どうしてもATモデルを設定したくないために」ボディ形状を複雑に調整して、 既存のトルコンが入らないようにしてしまったという例もある(実話)し、 同社のS2000では世界で10万台を売ったホンダ ・ スポー ツカ ー最大のヒットモデルにも関わらず、 最後までATの設定がなかったという実例もあるほど。

さてユーノス製オープンのATだ。 前述のとおり開発終盤までマニ ュアルトランスミッションのみで作業は進められていたのだが、 ある日開発主査の平井敏彦氏は銀行出身で財務担当の副社長に呼び出しを受け、 こう言われる。「ATを積んでくれ」。「いえ、 このクルマ には必要ありません」と即座に否定する平井氏だったが、 副社長は引き下がらない。「こうしたクルマには女性の需要も多いはず。 その層を逃したくない」と副社長は説得する。 本当は我を通したかった平井氏だったが、 財務を握る副社長なので「開発費の財布の紐を握っているのは彼だったために仕方なく」 追加開発したのがロ ー ドス ー用のATだったというわけである(参考文献:三樹書房刊『エンスーCARガイド マツダ&ユーノス・ロードスター』)。

このため4AT仕様は新車発表には間に合わず、半年後の1990年3月からの追加発売となったのだった。

その後のロードスター

2代目・NB型

初代ロードスターは途中で排気量を1.8ℓに拡大しながらも生産され続けたが、 1989年に主に衝突安全基準への適合を理由としてモデルチェンジを行う。こうして 1989年に登楊した2代目ロードスターこと「NB型」(以下 NB)は6MTの採用、 衝突安全基準への対応に伴う各種補強の追加や、 時代の要請でもあった大径ホイールの装着や装備の豪華化にも関わらす初代とほぽ同水準の車重に収めてきたことがニュースだった。

余談だが、このNBが現役当時には「NA型(初代モデルのこと。以下、NA)のほうがよかった」という論調も見られた。しかしNBモデルも生産を終えて今となっては 高剛性ボディでありながら軽量であるということからNBモデルを再評価する気運が高まっている。

3代目・NC型

3代目はNC型で2005年の登場。シャシーを含めた完全刷新がなされたのはこのNCが初めてで、車体ベースとなったのはRX-8だった。エンジンの排気量も2000ccへと拡大されたことから古くからのロードスターファンには「人馬一体」感の喪失が懸念されたが、実際のNCは車重が1100kgに抑えられ、運転感覚はNAやNBのそれ全く等しいものだったことでファンをホッとさせたのである。

4代目・ND型

さて現在販売されているロードスターはND型で4代目で2015年に発売された。「SKYACTIV TECHNOLOGY」とデザインテーマである「魂動(こどう)-Soul of Motion」が採用された。3代目で2.0ℓに拡大されたエンジンは一転、直噴1.5Lガソリンエンジン「SKYACTIV-G 1.5」にダウンサイジングしたエンジンをフロントミッドシップに搭載し、前後重量配分を50対50とした。初代からの『人馬一体』の走る楽しさを受け継いでいる。

モーターファン別冊 その他のシリーズ 80年代国産車のすべて

 モーターファン別冊ニューモデル速報シリーズは、1981年 モーターファン4月号臨時増刊「トヨタ・ソアラのすべて」を起点として刊行されています。2011年は創刊誌の刊行より30周年にあたる年となります。そこで今回は創刊当初の80年代の国産車の詳細を紹介する特別号を刊行することとなりました。
 歴代のモーターファン別冊ニューモデル速報とモーターファン本誌の貴重な資料をデータベースとしながら、すべてのレポートを現代の視点で新規書き下ろしとしました。さらに綴じ込み付録として、「トヨタ・ソアラのすべて」に付属していた初代ソアラのカタログを再収録して掲載しています。

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