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エンジンをなくしてしまって、ホントにいいのですか? その8・「正解はひとつ」でいいのか?(最終回)

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マツダのSKYACTIV-Xエンジン 果たして内燃機関を捨てていいのだろうか?

エンジンなんてもう古い。時代はカーボンニュートラル。これからの自動車は電気だ--メディアだけでなく世の中の大勢はいまやこの方向だ。「電気は環境に優しい」と。しかし、現実問題として文明社会とICE(内燃エンジン)の関係は本当に切れるのか。断ち切っていいものなのか……。これまで7回にわたってさまざまな角度からBEV(バッテリー・エレクトリック・ビークル)を見てきた。最終回は、わずか3年という短期間の間に自動車をBEVへシフトすべしという機運が盛り上がった理由を考えてみる。

そもそもきっかけはVWのディーゼルゲートだった

EU(欧州連合)が急速にBEVへと舵を切った——世の中ではそう言われている。しかし、これだけ重要な決定を短期間に、しかもそれぞれ独立した政府とさまざまな事情を抱える20以上の国の寄り合い所帯であるEUが、利害調整も根回しもなしに下せるだろうか。

答えはNOだ。EUは長い間、自動車の電動化を考えていた。自動車からのCO2(二酸化炭素)排出規制はつねに強化され続けてきたが、その一方でBEVとPHEV(プラグイン・ハイブリッド・エレクトリック・ビークル)には恩典を与えてきた。しかし、なかなか普及はジャンプを見せなかった。

転機は2015年9月、突然訪れた。アメリカのEPA(環境保護局)が、VW(フォルクスワーゲン)がアメリカで販売したディーゼル車が「排ガス不正を行なっていた」と発表、この件はやがて、ドイツの自動車産業回全体を巻き込んだスキャンダルへと発展した。結果、欧州ではディーゼル乗用車の販売台数が落ち込んだ。

その2年後の2017年09月。EUでWLTC(ワールドハーモナイズド・ライトビークル・テスト・サイクル)/WLTP(最後のPはプロシージャー)導入が決まった。同時に実際の路上で試験を行なうRDE(リアル・ドライビング・エミッション)試験も段階的導入が始まった。2年の間にディーゼル・スキャンダルがボッシュ、BMW、ダイムラーなどにも飛び火した結果である。

WLTC/WLTPは、UN-ECC WP-29(国連欧州経済委員会・自動車基準認証国際化分科会)の場でEUと日本が協力し、世界初の国際協調計測モードとして産み出したものだった。これをまずEUが導入し、新しい測定モードで認証を受けたモデルが、そこそこ路上に増えた段階で、路上試験であるRDEの骨子を決める。これが当初のスケジュールだったが、EU委員会はWP29の事務方が考えていたこの手順を無視した。

背景は環境保護団体や緑の党による圧力だった。とくに排ガス・スキャンダルで揺れるドイツの自動車産業に対する非難が高まり、国政選挙でもEU政府の選挙でも、公約に「環境保護」をうたわなければ勝てないムードが高まり、当選した議員たちは自動車への規制を声高に叫ぶようになった。RDEの即時導入はその成果である。

しかし、自動車業界側は何も準備ができていなかった。RDEの実施要領すらまとまっていなかったのだから当然である。そして、フタを開けてみれば、RDE試験には時間とコストがかかることを業界は知る。ちょうどこのころ、筆者は「RDE試験を受けなければならないICE(内燃エンジン)車はもう作らないほうがいいかもしれない」と、ある欧州企業の役員から聞いた。

WLTC/WLTPの導入が決まった直後、2018年春に2017年実績の「自動車排出CO2」のデータが発表された。そのなかの乗用車だけのデータには、2017年の全乗用車平均CO2排出が2016年の117.8g/kmから118.1 g/kmへと増えていることが示されていた。ディーゼルへの不信感からディーゼル車の販売台数が落ち込み、代わりにガソリン車が売れたことが理由だった。

乗用車からのCO2排出総平均は、2007年が159.1 g/km。これが2015年には119.2 g/kmまで減った。年平均5g/kmという順調な減少を続けた。しかし2016年に低減率が鈍り、2017年にはついに増加に転じた。2018年も増加だった。

ディーゼル・ゲートの対象となったVW・EA189型と、その解決手段としてのflow straightener。(FIGURE:Volkswagen

2017年9月、マツダは欧州で圧縮比16のガソリンエンジン「スカイアクティブX」を披露した。プラグ点火で圧縮着火を行なうSPCCI方式のエンジンである。その1年後、2018年9月には、日本で進められていたSIP(戦略イノベーション創造プログラム)のなかの「革新的燃焼技術」が、ガソリンエンジンの正味熱効率で50%を超えるめどがたったことを明らかにした。この、日本でのICE(内燃エンジン)研究成果に欧州は驚いた。

すでにトヨタは、市販ガソリンエンジンで熱効率の最高値40%超えを達成した。マツダは市販のガソリンとディーゼルの両方で圧縮比14というICEを市販車に搭載して販売している。そこに、新たな成果が加わった。旧知の在欧ジャーナリスト諸氏および欧州のエンジニアリング会社からは「詳細な資料を持っているか?」と筆者にいくつも連絡が入った。詳細を知りたかったのは欧州の自動車メーカーである。

2010年10月に行なわれたSKYACTIV技術の広報資料

とくにSPIの存在は大きかった。自動車産業界と大学が協力し合う研究に日本の政府が資金提供する。こんな事例はかつてはなかかった。同時に、次世代ICE技術は「オールジャパンで攻める」という世界への意思表示だった。旧知の在欧ジャーナリストから「この研究成果は日本企業が本当に共有できるのか?」と訊かれた筆者は「Yes, absolutely」と答えた。彼の返事は「What that hell !」だった。

こうした日本での一連のICE開発の成果は、EUに「日本とは違うルールで自動車市場を形成すべき」という気持ちを少なからず与えたように思う。日本の内燃機関シンポジウムでマツダが「スカイアクティブ」エンジン技術の論文発表を行なったのは2010年11月。SPIの成果発表は2019年2月。この間、時間は9年もあった。SIPの始動は2014年4月、同年9月末には研究内容が決定し、そのなかで「ガソリンエンジンの正味熱効率50%を達成する」研究がスタートし、予定どおり5カ年の研究で成果を出した。

欧州では2019年、緑の党が躍進した。これを支えたのは若い環境活動家たちだった。スウェーデンの高校生、グレタ・トゥンベリ(Greta Thunberg)女史はもっとも有名な活動家になった。英国での報道によると、彼女の「ひとり座り込み」に注目し支援したのは2018年に設立された英国の環境保護組織Extinction Rebellion(エクスティンクション・レベリオン=XR)だったという。

英国 The Guardian 紙の2019年10月05日のコラムは非常に興味深い内容だった。XRが自ら、環境保護キャンペーンの内幕を語った内容だった。以下に筆者の要約で抜粋した。

「発足から1年足らずでエクスティンクションレベリオン(以下=XR)は、たった15人からいまや英国史上最大の組織化された市民的不服従キャンペーンを実行できる団体になった。過去2週間で1000人以上が逮捕され、その結果、気候と生態系の危機がついに政治的議題になった。労働党からサン(新聞)まで、誰もが我われが正しいことを認めている」

「XRは、なぜ過去には環境保護キャンペーンが壊滅的に失敗したのか、どうすれば成功させることができるのかを考えた。その結果、エリカ・チェノウェスとマリア・ステファンの画期的な研究である『なぜ市民の抵抗運動が機能するのか』を利用し、政治力に打ち勝つ唯一の方法は、大規模な非暴力の直接行動キャンペーンであるという結論に達した」

興味のある方はICNC(International Center on Nonviolent Conflict)というウェブサイトに掲載されているハーバード大学のエリカ・シェノウェス教授による「非暴力市民抗議の成功」をご覧いただきたい(URLは下に)。政治への抗議活動に参加する人口が全体の3.5%に達すると、大きな政治的変革を勝ち取るという内容だ。近年はSNSが抗議活動を加速させる。2019年は環境デモだけでなく、さまざまな市民デモが政治を動かした。

https://www.nonviolent-conflict.org/resource/success-nonviolent-civil-resistance/

SNS上でたまに発生する「炎上」を研究したチームによると、火種となる書き込みはせいぜい4〜5人だという。しかし、最終的には賛同者を得て大きな流れになる。EUでの環境運動がSNSに支えられたことを思うと、BEVシフトは民意の発動と言える。

緑の党の躍進は、2015年のVWディーゼル・スキャンダルが引き金になった。ドイツでの報道をあらためて時系列で整理すると、与党であるキリスト教民主社会同盟のメルケル党首はVWから「ICEとBEVの両面展開を成功させる」という言質を取り、VWはBEVのサブブランドとしてID.を立ち上げた。国家の主力産業である自動車は守らなければならない。しかし、EUの「いまの空気を読みなさい」ということだったのだろう。

VWの電気自動車ブランド、ID. 写真はID.3

まだだれにも、正解はわからない

そして、最後はCOVID-19(新型コロナウィルス感染症)蔓延である。経済活動が停滞あるいは短期間であっても停止するという異常事態は、本来なら動き回るはずの資金を停滞させた。そして、この「余ったお金」が、いわゆるグリーン投資へと向かった。これで一気にBEVシフトは加速された。

近年の異常気象は地球規模での気候変動であり、原因は地球温暖化にある。その元凶はCO2(二酸化炭素)だ--このように喧伝された。科学的に立証されたわけでもない「気候変動=CO2」という等式を、もはや人々は疑わない。疑われている犯人はCO2、太陽活動、地軸の歳差運動、地球の反射率などいくつかあるが、陪審員全員が「犯人はCO2」と決めたようなものだ。本来、CO2低減と並行してここを検証することが大事なはずだが、CO2主犯説に懐疑的な研究者には研究資金が提供されなくなってきた。

COVID-19が流行して年がロックダウンされても文明を捨てるわけにはゆかない。経済を回さなければならない。手っ取り早いのは「環境に優しいとみんなが言っているビジネス」に資金を誘導することだ。ESGという標語はそこで利用された。E=Environment(環境)、S=Social(社会)、G=Governance(統治、制御)の3文字は、ある意味で免罪符だ。「持続可能な投資」として認められるには、とにかく「環境に優しそうな事業」「環境に優しそうな会社」と認められなければならない。自動車の分野では、それが電動化=Electrificationという潮流を生んだ。

ガソリンや軽油を燃やすエンジンは悪だ。やめてしまえ!

急にそんなことを言い出されても無理だ。すでに出来上がっているシステムがある。ICEを積む自動車は、燃料供給インフラとセットで100年をかけて現在の姿になった。さまざまな方面とコンセンサスを取りながら徐々に、しかし遅れずに事を進めるしか手はない。拙速ではいけない。どこかに歪みが生まれてもいけない。

「でも、結果的に動いたじゃないか」
「BEVはどんどん増えている」

たしかに現在はそうだ。しかし、同時に歪みのタネも蒔かれた。うまく歪みの発生を処理できればいいが、技術論ではなく感情が先行してしまったいま、歪みは多くの人から見えないところに隠せばいいという方向に行きそうな気がしてならない。

まだだれにも、正解はわからない。電動一本槍ではなく多様性も重要だ。幸い、多様性のネタはある。日本はICEの分野でネタを持っている。水素利用もひとつの手段であり、e-Fuelも有力な手段である。興味のある方は、筆者の過去のコラムをご覧いただきたい。賛否があるのは当然と思う。そこからご自身の意見を見付けていただければ幸いに思う。

ひとつ大事なことを書き忘れた。BEVシフト最大の功労者はドナルド・トランプ前大統領である。彼がパリ協定脱退を宣言しなかったら、環境デモは起きなかったかもしれない。「地球温暖化はまやかしだ」という言葉に、活動家諸氏は嫌悪感を抱き、怒りをおぼえ、行動に出た。SNSを積極的に活用した初の米国大統領は、最後はSNSで拡散したトランプ嫌悪によって自滅した。これは立派な市民革命である。(おわり)

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