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このままではニッポンのものづくりは危うい。久保愛三・京都大学名誉教授 材料の品質検査データ改竄の果てに何が起こるか? 日本の機械技術の現状を憂う

  • 2017/12/29
  • Motor Fan illustrated編集部
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神戸製鋼、三菱マテリアル、東レという日本を代表する老舗メーカーで相次いだ不正は、ものづくり大国ニッポンの現状を憂慮するに十分なニュースだった。歯車(ギヤ)の世界的権威である久保愛三教授(京都大学名誉教授、KBGTクボギヤテクノロジーズ代表・応用科学研究所常務理事)が、本題の本質を読み解き、「このままではニッポンのものづくりは危うい」と警鐘を鳴らす。

国が生きて行くためには、国の収入が極めて大切です。明治維新から昨年まで、日本が何を輸出して国を支えてきたかを整理した資料がhttp://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/4750.htmlに示されています。1960年以降現在に至るまで、自動車や鉄鋼を除いても機械の輸出が日本のインカムの一番なのです。どのように世界が変化しようと人間が生きていくために機械は必要で、その駆動には原動機と作業機のインピーダンスマッチングをする必要悪としての歯車装置は不可欠です。経済的困窮、材料の低品質化、作業者のレベルの低下のなかでも、最低限、原動機と人間が必要とする仕事をする機械部分の間のトルク・回転特性を適合させる機能だけは必要なのです

基盤技術と先端技術のバランス崩れが問題

(注)機械・機器・同部品は「機械類および輸送用機器類」(1985年以前)または「一般機械」「電気機器」「輸送用機器」の径(1988年以降)から電子、自動車、船舶を除いたもの。電子=事務用機器(コンピューターを含む)+半導体等電子部品(ICなど)、水産物(1908-45年)=塩蔵・乾燥魚介類+缶・瓶詰魚介類、水産物(1974年以降)=生鮮魚介類+魚介類調整品。 (資料)財務省貿易統計、日本長期統計総覧、日本の長期統計系列(HP)、外家屋貿易概況平成5年6月号、明治以降本邦主要経済統計

歯車をはじめとする機構学の研究分野は「何百年も前からある機械技術を対象にしているなんて……、まだやることって在るの? 時代に合ってないよね」と、いつも陰で悪口を言われています。そして日本の将来を担う若い機械技術者を育成する努力はなされなくなりました。歯車技術者や研究者の数は極端に減少してきています。歯車に代表される機械技術は、今でも常に実用面でのトラブルが絶えないのに、です。その状況は、人が豊かで幸福な生を過ごすに支障を来たす状況になっているほどです。技術は人の幸せな生活の役に立たねばならないのが本質である事を考えると、その本質を脅かす基盤技術と先端技術の「バランスの崩れ」が現在の大きな問題です。このような状況を、時代の流れで仕方がないと、簡単にかたづける訳にはいきません。人間の生活の質が落ちてしまうからです。先人が営々と築きあげてきた技術のお陰で我々が浴している豊かな生活が失われるのです。私は機械のトラブルシューティングを専門にしてきましたが、技術と言うものは、基盤技術の上に先端技術が構築され、そのバランスで現実に有用なものとして機能するとつくづく思います。

2017年9月、ドイツのミュンヘン工科大学のFZG(歯車技術研究所)とドイツ機械技術者協会VDIがほぼ2年ごとに開催する歯車国際会議がミュンヘン郊外ガーヒングで開催されました。参加費1,490ユーロ(ほぼ193,700円)と言う超高額にもかかわらず、約630人の参加者を世界中から集めました。ドイツ歯車技術の世界産業的強さ、実力と言うものを見せつけられた思いです。かつては英国、米国、フランス、スイス、日本などとドイツとは、それ程の力の差はなかったこともあったのですが、ドイツ以外の国の歯車産業・歯車技術に関する力が、産業構造の変化で極端に弱体化した一方、ドイツ人の良く言えば自重、悪く言えばフレキシビリティのなさから来た、エレクトロニクス産業への出遅れが幸いして、そして、人間の生活を根底で支える歯車技術が相変わらず世界的には求められている結果として、ドイツの一人勝ちが生まれたものでしょう。この会議とは関係ないですが航空機分野の話では、中型旅客機駆動のターボファンエンジンは、燃費とメインテナンスコストの低下の理由から、注文がほぼ100%、GTF(Geared Turbo Fan engine)に傾きました。ジェットエンジンの排気タービンから前部のファンを動かすまでの間に遊星歯車装置を入れて1/3程度にファンの回転速度を落とし、空気の流れのバイパス比を高めることによりエンジンの熱効率を改善する構造のものです。問題は20000ps程度の動力を伝える遊星歯車装置を空を飛ぶ軽さで作らねばならないことです。これは容易なことではなく、GTFの開発では歯車技術が一番のキーテクノロジーなのです。

風力発電設備の24%が故障 その裏側には社会風潮の問題が

現在のマスコミや政治家、あるいは社会の指導的立場にある多くの人には、一旦できた技術は永続的であると信じている人が多いようですが、人に依存した技術は、維持の努力をし、正しく伝承しなくては、人と同じ寿命しか持ちえません。基盤機械技術は長年の経験と実績の上に出来ているものであり、その内容はきわめて複雑であって、いかにIT技術が進歩しても、IT技術と言う機械技術にとっては仮想現実の世界のみには移行ができないような部分が多くを占めています。基盤機械技術には、熟練技能者の経験に基づく、設計、製造、運用に関するノウハウと技掚が技術の中核をなしているものが多くあり、「基盤機械技術は人間に依存したものである」という本性は避けられません。今まではこの点で日本は優れていたので経済発展を続けられたのです。残念ながら、基盤機械技術の維持・伝承に何も手が打たれない現状では、この現在の社会の豊かさを支えてきた日本の機械技術の寿命は、すでに老齢化している熟練技術者と同じ寿命しかありません。

アカウンタビリティ、エビデンスばかりを重視する現在の社会風潮の問題もあります。一番典型的なのが風力発電の分野です。風力発電設備はほとんどの場合、税金等公共の金で買われますが、この場合、購入する担当者が最も気にするのは、金が有効に使われ税の使途に無駄がないことのエビデンスをどう確保できるかです。一番一般的なやり方は、カタログに明示されている性能、仕様が良く、見積価格の低いもの、すなわちこの観点でのコストパーフォーマンスの一番良いものに決定することです。エビデンスはすべて揃うし、金の有効利用の点で、文句をつけるのが難しい状況になるからです。その結果、このようなコストパーフォーマンスが良い製品でなければ市場参入すらできない経済状況が形作られています。技術者良心に従い良い製品を作ろうとすると、どうしても手抜き商品よりも製造コストが高くつくので、上の意味でのコストパーフォーマンスが悪くなり、市場性がなくなると言う面白い社会経済構造です。すなわち、この分野は本質的にまともな機械製品が使われづらいマーケット領域なのです。どんな製品でも稼働に入ってすぐに壊れることはほとんどありませんが、通常、風力発電設備で設計の前提とされる20年以上の寿命に対して、似非コストパーフォーマンスのみが良い製品では、2、3年経つと壊れ出すことがあるようです。しかし、壊れた時にはこの製品の購入した人たちは元の部署にいないことも多く、もともと、購入を決定したのは会議体で、エビデンスとしてはまともな決定をしたことになっているので責任の所在はまったく不明になります。その結果、現在、作られた風力発電設備の24%程が壊れているのにそれを重大な問題だと取り上げられることがない状況が作られています。市場に出る機械で事故率が24%にもなるのに、まともな機械ですよと胸を張っていられるのは、面白いことですね。

エビデンス、エビデンスと言うマニュアル至上主義は、日本で、学会、大学を含み、いたるところを支配し、金と労務の浪費を生んでいます。その害悪は国の活力を失わせるところまで来ているように感じられます。誰の陰謀でしょう。いくらでも例は挙げられますが、また、多くの方は「私も例を挙げられる」と言われるかも知れませんが、上記のような短期利益至上の経済におけるコストパーフォーマンスの正論的議論には勝てない、と言うので、みんな口をつぐむのが現実の状況でしょう。

機械製品を作るのにその素材である鉄鋼の品質は極めて重要なのは自明ですが、グローバリゼーションと言う経済構造の変化の結果、問題が出てきています。現在、機械製造業者は鋼材の品質を信用して使用していますが、なかには鋼材規格に合格しながら実品質では問題のある製品が安価に流通しています。企業の購買・調達部門では規格の鋼材名で品質証明のミルシートがついていればまともな品質の鋼材であると信じて、また、自社製品の製造コスト削減の強い要請もあって、世界中から最安品を調達します。日本製は品質が良いから高くても売れると言うような世の中ではありません。鉄鋼会社の立場からすると、この状況での経済戦争に勝ち抜くためには、鋼材規格に違反しない範囲でいかにコスト競争力のあるものを作れるかです。したがって、上記の鋼材の問題は、海外調達品のみならず日本製鋼材についてもある訳です。

図3 製造メーカの異なる JIS SCM440H 鋼棒を並べて引いた鋸切り断面の切れ方の相違(右の写真と見比べてください)
どちらもJIS規格には合格している材料でデータ改竄はされていません。金属材料とは、その組織が一様なものではなく、程度の差こそあれ、所詮はこのような差異が存在します。それをわきまえて適切に材料を使用するのが機械技術者の能力なのです。
図4 同一規格名の材料の金属組織の相違(こちらも右の写真と比較してください)

例えば図2は現在の棒鋼の成分の典型的な例です。この材料は高炉メーカーと電炉メーカーの製品(SCM440H)でともにJIS規格には合格しておりデータ改竄はされていないはずです。規格では元素成分の中央値を狙って製作すれば、かなりの余裕をもって規格合格品の鉄ができ、その性能も規格が意図したものからあまり違わないものになるよう、成分の%にかなりの幅を与えていますが、コストの高い元素成分が規格に違反しない範囲内でギリギリに低くされています。また、製造時のエネルギーコストを下げるため、規格には書かれていない鉄を熔融状態で保持する時間は可能な限り短くされ、鍛錬も外観OKであれば、可能な限り省略されます。また、不純物のスラッグが混じっているので廃棄される鉄の分量も可能な限り少なくされ、製品の歩留まりを良くすることが指向されます。これらのことによって、製造コストの低減を図っており、これが現在の世界経済構造のなかで進められるべき技術になっているのです。その結果として図3、図4に示す様にJIS規格合格の鋼棒でもメーカによってその組織もかなり異なったものになっています。図5はこのような鋼材製造時のコスト削減のもたらす結果を、私が経験している歯車業界のトラブルシューターの立場から模式的にまとめています。しかし、金属材料とは、その組織が一様なものではなく、程度の差こそあれ、所詮はこの様な差異が存在するものなのです。それをわきまえて適切に材料を使用するのが機械技術者の能力なのです。

世界中の鉄鋼メーカーのこのような経済戦争のなかで、似非コストパーフォーマンス最適の鋼材を日本製品の材料として用いることが多くなっています。昔の機械は安全率を大きく取った設計であったため、少々のことは目立たなかったのですが、小型・軽量化の要請の結果、また、コンピューターシミュレーションなどを用いた詳細な設計計算が出来るようになった結果、冗長度、すなわち安全への余裕が小さくなり、問題が顕在化してきた点もあるでしょう。粗悪な材料を値段に惚れて採用した結果、製造された歯車や軸等が設計強度に耐えられず、損傷する事故が現実にかなり起こっており、そのうちに重大事故につながる恐れも出てくるでしょう。
(次ページへ続く)

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