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BEV(電気自動車)事業はまだ「儲からない」。テスラ の戦略、中国政府の思惑【牧野茂雄の自動業界車鳥瞰図】

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量産前段階のテスラ・モデルS。写真はフロントのサブフレーム周辺。公開されたプラットフォームは、いかにも組み立てやすそうな構造と部品配置だった。ロワーアームを2分割したフロントのダブルウィッシュボーンサスペンションやモーターの仕様は「走り」を予感させ、処女作ロードスターとの比較ではすこぶる洗練された設計だった。これを初めて目にしたとき、筆者は「量産で利益を出すのだろう」と思ったが、その量産が大変だった。ライン上での不良率は同社の予想以上だった。

米テスラ・モーターズの2019年第2四半期決済は、前四半期に続いて赤字だった。
19年通年での黒字化は困難とみるアナリストは多い。
一方中国ではテスラを夢見る新興企業が続々と名乗りを上げたが、経営状態はいずれも厳しい。
中国政府は選別に動き出した。
本家テスラと、その地位を夢見るBEV(バッテリー電気自動車)メーカーはどこが違うのか。

 2010年6月にナスダック(新興企業向け株式市場)へ上場したテスラ・モーターズは、以来四半期決算で3回しか黒字を計上していない。9年間で計36回の四半期決算のなかで3回だから、黒字確率は8.3%だ。それでも投資家はテスラを見捨てていない。第2四半期決算公表の直後は時間外取引でもテスラ株が売られたが、いずれBEVが自動車の主流になると信じてテスラ株を手放さない投資家は多い。彼らは自らもテスラのBEVを買っている。

 現在のテスラ・モーターズは、企業価値を表す指標のひとつである「時価総額」という数字上のマジックの上に成り立っている。これは企業が持つ土地や工場などの資産価値ではなく株価の価値。いわば外から見たときの「期待値」だ。非上場同族経営の大企業だったフォード・モーターの上場は1956年。1903年の設立から53年目のことだった。テスラはフォード以来47年ぶりの米国上場自動車メーカー誕生だったが、両社を隔てる半世紀の時間は業態も株主構成も製品も、なにもかも変えてしまった。

 一時期、BEVは「自動車事業への新規参入のチャンス」と言われた。多くのアナリストや経済評論家が「これで自動車メーカーの牙城は崩れる。どんな企業でも自動車に参入できる時代がくる」と言った。BEVは内燃機関エンジンを積むクルマよりも部品点数が少なく、コストもかからない。開発は簡単だ、と。しかし、テスラのように本当に新規参入した例はきわめて稀である。

 車輪が付いていて自由に移動でき、不特定多数の「ヒト」が運転し、人間の身体能力の何百倍もの力を発揮する自動車には社会性が問われる。内燃機関エンジンを積まないから排ガス規制とは無縁だが、安全性については内燃機関エンジン車とBEVは同等だ。同時に商品性としてのドライバビリティも求められる。さらに日本の場合は自動車の審査がある。事前に国土交通省の審査を受け、これに合格し「型式」の指定または認定を受けなければならない。事前認証という制度だ。米国は日本のような事前認証ではなく事後認証であり、市場に出回っている自動車を当局が任意抽出し、所定の試験を行なう。これに合格すれば生産・販売を継続できる。日本に比べるとはるかに新規参入しやすい。

 自動車事業を立ち上げるには都合の良いアメリカで創業しても、テスラはずっと苦戦を強いられている。高性能でステータス性のあるプレミアムBEVでなければ成立しないという路線は大正解だと思う。テスラはこの分野の先駆者であり、その資金調達力を生かして研究開発に莫大な費用を投じてきた。ここで得た知見は、テスラを購入し、分解し、リバースエンジニアリングを行なってきた企業を通じてBEV設計者の間で共有されている。

 しかし、テスラ自身は車両販売の利益が安定しない。そのため米国では実店舗を廃してネット販売に絞り、アフターサービス拠点も整理して外部への整備委託に頼る方針を打ち出している。成功すれば自動車の新しいビジネスモデルとなり、投資家には称賛されるだろうが、自動車こそは実体のある複雑な工業製品である。近年の家電製品は「買ってもらえばお終い」に近いが、自動車はそうはいかない。

 とはいえ、経営の安定に向けてテスラがほかの自動車メーカーと資本提携する可能性は極めて小さいだろう。2010年にトヨタと資本提携したときは、元NUMMI(ニュー・ユナイテッド・モーター・マニュファクチャリング=トヨタとGMの合弁会社)の遊休工場をタダ同然で譲り受けた。17年にトヨタが全テスラ株を売却し提携を解消した際、テスラのイーロン・マスクCEO(最高経営責任者)はトヨタが注力するFCEV(燃料電池電気自動車)について「水素の時代など訪れない」と言い放った。別れ際のセリフにしては大人気ない。

 あるリバースエンジニアリングを行なっている会社に訊くと「トヨタとの提携はテスラの設計改革には恩恵をもたらしていない」と言う。うまくコラボレーションできれば、生産ラインでラインワーカーの技量に依存しないような量産設計ができたのではないかと思うが、現場にいたスタッフからは「とても共同開発ができる環境ではなかった」と聞いた。両社の提携解消は、クルマに対する思想の衝突が原因だったように思える。

 一方、中国では14年に設立された上海蔚来汽車(NIO)は17年が50億人民元(約830億円)、18年が96億人民元(約1600億円)と2年連続の赤字決算だった。18年の車両販売実績はNIOの発表で1万1348台。車両販売での収益は約48.5億人民元。邦貨換算で1台当たり711万円の利益であり、これは自動車事業としては大成功と言える。しかし、最終的にはこの利益のすべてが吹っ飛んだ。

 NIOは自社工場を持たず、BEV生産はすべて江淮汽車に委託している。江淮汽車はVW(フォルクスワーゲン)とBEV合弁会社を立ち上げており、VWグループのブランドとして販売されるNEVのクレジットはVWが優先的に獲得する。来年以降、VWがBEV専用プラットフォームとして開発したMEBを使う車両の生産が中国でも開始される予定だが、江淮汽車もその生産の一部を担う。同時に江淮汽車はNIOブランドのBEVも生産する。

 BEVに参入するスタートアップ(新興)企業として設立されたNIOは、テスラの創業時代と同様に高性能プレミアムBEVを企画し、これを資金集めに利用した。18年にはドイツのニュルブルクリンク北コースで市販BEVとしての最速ラップタイムを記録し、計画が絵に描いた餅ではないことを世の中に示した。中国メディアの記者諸氏によれば、NIOは中国政府の後押しがあると言う。同時に、テスラがシリコンバレーの投資家に愛されているように、NIOは中国の投資家に愛されている。両社の間にはこうした共通点がある。

 一時期、中国ではBEVスタートアップ企業の誕生が相次いだ。その数は60社とも80社とも言われている。その起業方法は以前にはなかったもので、BEVの設計データあるいは設計図のようなCGを用意し、商品化への資金集めを行なうという例が大半を占めた。「どこどこの自動車メーカーで仕事をしていた」「どこどこの大学で自動車工学を学んだ」というスタッフを中心に、将来構想とCGで投資を募るのだ。そして、驚くことに生産拠点を持っている企業は皆無だった。

 NIOは江淮汽車にNEV(新エネルギー車)生産を委託した。BMWと日産の中国法人にいたスタッフが中心となるBYTONは中国国営大手の第一汽車から出資を受け入れ、量産段階は第一汽車に委託する契約を結んだ。AIWAYS(愛馳汽車)は江鈴汽車と工場貸与契約を結んだ。ほかにも既存の自動車メーカーとの間で生産契約を結ぼうとしているBEVスタートアップ企業は数社あるが、筆者が取材したかぎりでは、車両工場と資金の確保に成功した企業は10社以下だ。

 テスラは今後も自力で資金調達し、意欲的な商品開発を続け、そしてテスラを愛する投資家たちは積極的に事業維持への支援を行なうことだろう。一方、中国では北京政府がBEVスタートアップ企業の淘汰整理に出た。見込みのない企業は廃業へと追い込まれるか、多少の見込みがある場合は地方政府が強制的に他社と合併させるだろう。

 是が非でも電動車を国家の特産品に仕立て、自動車強国をめざしたい中国。政府がこの計画を諦めないかぎり、そう遠くない将来に中国国内のBEVは価格競争に突入するだろう。米国はいまのところ、カリフォルニア州などを除けばBEV普及への強い意欲はないし、トランプ政権の間は燃費基準の引き上げが行なわれるかどうかも怪しい。したがってテスラのビジネス環境は厳しい。

 それを思うと、テスラ上場以降9年間の波乱は、むしろ充分に健闘してきたといえる。一方NIOなど中国勢は、政府がその気になれば赤字は帳消しにしてくれる。プレミアムBEVは電動車普及の広告塔であり御神体である。BEVメーカー赤字の意味は、米国と中国とでは大きく違うと思うが、いかがだろうか。

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