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ホンダ:テックマチックシステム/フランツシステム 身障者用車両の運転支援システムが高齢社会を救う?

  • 2019/08/17
  • Motor Fan illustrated編集部
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ホンダの足動運転補助装置:フランツシステム

自動車の運転操作は両手両足で行なうようになっている。しかし、それが不可能な場合にはまったく違った操作系をつかわなければならない。運転補助装置のなかに未来へのヒントが隠れているかもしれない。
TEXT:牧野茂雄(MAKINO Shigeo) PHOTO:中野幸次(NAKANO Koji)

 先天的あるいは後天的に身体機能の一部を失った人に向けた車両、いわゆる福祉車両(この呼び方が進歩を阻害しているように思えてならないが)の操作系は、通常の車両とはまったく違う。上肢あるいは下肢だけ、右半身あるいは左半身だけですべての運転操作を完結できるよう設計されている。

 ホンダが販売しているふたつのモデルを取り上げる。ひとつは上肢だけで運転するテックマチックシステムである。ベース車両に応じてフロア式とコラム式があり、いずれも操作は左手で行なう。もうひとつは下肢だけで運転するフランツシステム。このシステムの特許を持つフランツ氏の名前が付いたシステムである。身体の状態に応じてシステム構成を選べるようになっており、とくにフランツ・システムは完全なオーダーメイドである。

上肢だけで運転するホンダ・テックマチックシステム。丸で囲んだ、コラムから伸びる左側のレバーでアクセル/ブレーキを操作する仕組み。
下肢だけで運転するホンダ・フランツシステム。赤枠のペダル部で操舵、緑丸のレバー部で変速機セレクター、緑四角枠でライトやワイパ=などの補機を操作する。黄枠は補助ブレーキ。

 基本的に、すべての操作系は信頼性の高い機械式であり、ベース車のシフトセレクター、アクセルペダル、ブレーキペダル、ステアリングといった機構はそのままにしておき、機械式リンクで運転者のニーズに応じた操作系へと改造される。
 操作系のロジックは、よく考えられている。シンプルな操作で誤操作を防ぎ、操作に必要な力加減も「軽すぎず重すぎず、しかし確実に」というところを狙っている。実際に両システムを装備したクルマを運転してみたが、思ったよりも操作に慣れるまでの時間は短かった。ただし、普通にクルマを運転していた人が後天的に身体機能の一部を失った場合、とっさの動作では「できないことをしてしまう」というケースもあるだろう。

テックマチックのコントロールグリップ。1がライト、2がホーン、3がブレーキロック、4がハザード、5がウインカースイッチ。運転中に操作する頻度の高い機能はコントロールグリップにまとめてある。グリップ右側にはヘッドライトのハイビーム/ロービーム切り替えとホーンボタンがあり、これは親指の操作。左側にはおもに小指で操作するハザードランプのスイッチ、グリップ正面には人差し指から薬指までで操作するウィンカーのスイッチがそれぞれ配置されている。ブレーキロックスイッチを押すとブレーキがかかった状態で固定される。
グリップを手前に引くとスロットルが開く。必要な操作力は小さいが、動きには適度な抵抗感があり、通常の足踏みペダル式のアクセル操作と比べても違和感は覚えない。
グリップを前に倒すとブレーキが作動する。レバーの移動角度でブレーキ力をコントロールすることになるが、手に力を入れればパニックブレーキになるため意外とつかいやすい。
これがニュートラルポジション。グリップは邪魔にならない位置にある。健常者が運転するときは、ロックボルトを差し込むことで、この状態でレバーを固定することができる。

 自動車はもともと、両手両足をつかった操作系であり、車両のメカ・レイアウトもコックピット・レイアウトも健常者が基準である。そのベース車両に機械式リンクの追加で対応するため、すべてのモデルには対応していない。フランツシステムの場合、ドアの開閉からシートベルト装着(アンカーがドア側に固定されたパッシブベルト)、エンジン始動、ウィンカーの操作といった、走り出すまでの作業もすべて両足だけで行なうことがオーナーには要求される。すでに30年の実績を持つシステムだが、30年間の累計販売台数は約80台だと言う。

 フランツシステムが開発された時代には、クルマの運転操作はすべて機械力であり、せいぜい人間の操作力を油圧でアシストする方式だった。しかし現在はバイ・ワイヤー(電線に信号をとおす)制御である。ベース車の進歩を身障者用システムにも活かすとしたら、システムのコアはそのままにしておいて、枝分かれする追加機能部分でさまざまな対応ができそうな気がするが、現状ではバイ・ワイヤー制御はつかわれていない。その理由は「開発工数と信頼性とコスト」だという。

フランツシステムのペダル部。自転車のペダルに似た装置が取り付けられており、そこ に靴が固定されている。この靴に足を入れてペダルをこ ぎ、その回転運動の方向を90度変えてステアリング軸を 回転させる。靴はオーナー自身が持ち込む。
これは据え切り操作を撮影したもの。ペダルを前にこぐとステアリングは左へ、後ろにこぐと右に切れる。コーナリング中は一定の舵角で足を止めていればいい。研究所内を低速で試乗してみたが、ロック・トゥ・ロックまでのペダル回転数を覚えればそれほど難しくはない。
右足はアクセル/ブレーキペダルの操作のほか、ATのセレクターレバー操作にもつかう。上の写真でわかるように機械的な連結でセレクターとつながっている。ステアリング 下にある通常のブレーキペダルにはロック機構がついており、ペダルを押し込むと固定される。
ステアリングの右下には、右ひざをつかって操作するライトやワイパーなどのスイッチ類が並ぶ。どの機能のスイッチをどの位置に置き。ここにいくつのスイッチを並べるかはオーナーとの面談で決める。完全なオーダーメイドである。

 こうした運転支援システムを「福祉車両」という枠の中に押し込めている以上、進歩は難しい。障害者限定運転免許証の保有者は約30万人だが、高齢運転者はその何十倍もいる。近い将来に高齢女性の運転免許保有者が急増し、その結果として高齢運転人口は急増するが、公共交通機関がない地域では自身が高齢になったからという理由で自動車の運転をあきらめる人は少ないだろう。自動車を自分で運転しなければ生活できない場所が、日本にはたくさんある。認知・判断能力と身体運動能力が衰えた健常者向けの支援システムが必要だ。レイアウト自由度も拡大するバイ・ワイヤーシステムの導入が、何らかの解決策になるのではないだろうか。

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