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日産の可変圧縮比エンジンを考察する

  • 2019/12/09
  • Motor Fan illustrated編集部
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高効率を追求しようと高圧縮比にするとノッキング発生が不可避のガソリンエンジンにおいて、もし自在に圧縮比を変えられたら......。構造が複雑なため夢のまた夢と見なされていた可変圧縮比を「実現しました」という驚きのアナウンスが突如発表された。果たしてどのようなエンジンなのか。
TEXT:畑村耕一(Dr. HATAMURA Koichi) 
ILLUSTRATION:熊谷敏直(KUMAGAI Toshinao) FIGURE:NISSAN
* 本記事は2016年9月に執筆されたものです

 最初に「圧縮比」について定義しておく。圧縮比には「幾何学的圧縮比」と「有効(または実)圧縮比」がある。前者はシリンダーの下死点容積を上死点容積で割った値で、一般的にはこれを「圧縮比」と呼ぶことが多いが、ここでは「容積比」と呼ぶ。後者は吸気弁閉時期の容積を上死点容積で割った値で、実際の圧縮の程度を表すので、ここでは「圧縮比」と呼ぶことにする。また、エンジンの効率への影響が大きいのが排気弁開時の容積を上死点容積で割った「膨張比」で、通常は「容積比」に近い値になる。

VC-Tの開発経緯

 この定義で「可変圧縮比」と言えば、BMWバルブトロニックのような可変動弁機構を使って吸気弁閉時期を下死点より早くしたり遅くしたりするミラーサイクルのことになる。日産の可変圧縮比は、「可変容積比」と呼ぶのが適切で混乱しにくい。日産は2003年にこの可変容積比のリンク式クランク機構の基本を論文発表し、2005年にはメディアにも試作エンジンの紹介と技術説明を行なっている。さらに2009年までメカニズム、エンジン性能、振動騒音、制御などの論文発表を毎年のようにしている。2010年以降は論文発表が途絶えていたが、いま考えてみると、この頃から本気で量産を考え始めたということだろう。それにしてもその間7年もかかっているのだから、苦労も多かったに違いない。2005年の試作エンジンが今回と同じ仕様(ターボ過給の容積比8~14)であったにもかかわらず、それから10年以上かかっているのだ。日産の社内で何があったのか知る由もないが、新技術の実用化は、技術的・商業的だけでなく社内組織・人間関係など、たくさんの難しい壁を打ち破らなくては実現できないものなのだ。

VC-Tのメカニズム

 ではメカニズムの解説に移ろう。下図のHIGHは高容積比の上死点の図だ。ハーモニックドライブのレバーが左に向いてコントロールシャフトの偏心軸を下方にして、ロワーリンクの下部支点が低い位置に支持されている。その結果、マルチリンクが右方に回転してアッパーリンクを上方に持ち上げ、ピストン位置が最上部になっている。同図LOWのように、ここでハーモニックドライブが右回転すると、アクチュエーターアームにつながったコントロールシャフトが左回転、ロワーリンクの支点を上方に持ち上げる。その動きがマルチリンクとアッパーリンクを介してピストンに伝わり、ピストン位置を下方に下げて容積比を低下させる。マルチリンクの中央はコンロッドの大端部のように左右に分割され、クランクピンを挟み込んでボルトで締結されている。クランクシャフトが回転すると、マルチリンクの中心(クランクピン)が回転するので、ロワーリンクに片側が支持されたマルチリンクは次ページの図に示すような複雑な動きをする。その結果、アッパーリンクの支点はクランクピンの円運動を縦方向に引き伸ばしたような楕円を描き、ストロークはクランク半径の2倍より大きくなる。支点の横方向の動きが小さいのでアッパーリンク長も短縮できる。

 ここで注目すべきは、ピストンが下方に動くときはアッパーリンクがほとんどまっすぐで、上方に動くときは傾いていることだ。シリンダー圧力が高い膨張行程のピストンのサイドスラスト力を低減して摩擦損失を小さくするシリンダーオフセットと狙いは同じだが、より効果は高そうだ。さらに、このリンク機構の特徴として、ピストンの動きがコサインカーブに近くなり、一般のクランク機構のような二次成分がほとんどない設定になっている。その結果、二次の不釣り合い振動が発生しないので、4気筒エンジンの振動が大きく減少し、複雑なバランスシャフトを必要としないスグレモノだ。

可変容積比エンジンの性能

 高負荷運転ではノッキングを防止するために圧縮比を低下させ、部分負荷運転では熱効率を高めるために膨張比を大きくするのが、一般的に言われているガソリンエンジンの理想だ。この理想の実現のために「可変容積比」の機構を使って圧縮比と膨張比を同時に変更するのが可変容積比エンジンだ。

 可変容積比の研究は古くからさまざまな機構が開発されてきたが、いずれも複雑で大掛かりな機構のため実用化には程遠いと思っていたものばかりだ。そのうち比較的シンプルなのが日産の方式で、今回実用化するというのには大変驚いたというのが本音だ。シンプルといっても部品数は多いし、コストもかなり高くなると想像できるが、バランスシャフトを廃止するコスト低減を考慮すると、意外とコストは低く抑えられるのかもしれない、それに見合う効果が得られるという日産の判断だと思うが、筆者なりにその効果を予想してみよう。

 可変容積比を使って膨張比を可変に、可変動弁機構で吸気弁閉時期を変えて圧縮比を可変(早閉じミラーサイクル)にしたターボ過給エンジンの性能の研究をヨーロッパの研究機関が総合的に実施した論文がある。それによると、可変容積比(9~20)を使ったエンジンは、ベースの容積比10.5の吸排気VVTのエンジンに比べて部分負荷燃費が約5%向上する結果で、可変動弁機構を使ったエンジンの3~7%と大きな違いはない。ただし、可変容積比と可変動弁機構を組み合わせたエンジンは、ミラーサイクルのおかげでノッキングを避けられるので中負荷まで最高容積比20に設定可能で、広い範囲でベースのエンジン比11~13%の燃費向上効果が得られるとしている。

 ここから言えることは、可変容積比だけのエンジンは部分負荷は高い容積比で高膨張比にできるが、WLTPの導入で重要になる中負荷以上になるとノッキング防止のために容積比を低下せざるを得ないので、同時に膨張比が低下して十分な燃費効果は得られなくなる。また、部分負荷の容積比は20程度が最適だということ。VC-Tエンジンに当てはめると可変動弁機構(日産で言えばVVEL)と組み合わせた上で、最高容積比も20程度を設定すればそれなりの効果が期待できる。

 理論的には容積比を高めると熱効率が向上するが、現実には燃焼室容積が小さくなってS/V比が増加して冷却損失が増加、扁平な燃焼室形状のために燃焼速度が低下、上死点後の容積増加率が高いので等容度が低下するという熱効率向上を妨げる要因がある。これらは、ロングストローク化、タンブルとスキッシュの強化などで改善できるが、容積比20程度が上限になるというのが、上記論文やトヨタの論文で示されている。

 現状の技術的知見では、可変容積比というのは世間一般で理想のエンジンと考えられているほどの熱効率向上効果が得られる技術ではない。特に最高容積比14では複雑な機構と高いコストに見合った性能向上効果が得られるとは思えないというのが筆者の感想だ。

可変容積比エンジンの将来

 可変動弁機構と可変容積比機構を組み合わせると、圧縮比と膨張比を自由に設定(ただし圧縮比<膨張比)できる理想のエンジンが実現する。ただし高負荷運転ではノッキングを避けるために、トルクが低下するミラーサイクルではなく、容積比が低下するので、従来のターボ過給エンジンからの優位性はほとんどない。

 それに対して固定の高容積比エンジンは、ミラーサイクル(またはクールドEGR)を使うためにWOTトルクが低下する問題があるが、容積比20は無理としても中負荷までは可変容積比に近い熱効率が得られる。また、過給圧を高めることでWOTのトルク低下は防止できるうえ、高膨張比は変わらないので熱効率は高く、排ガス温度も低い。排ガス温度が低下すれば燃料リッチを避けて燃費向上ができるし、効率の高いVGT(可変容量ターボ)が使えるので過給圧を高めることも可能になる。それでも不足する場合は電動ブースターを併用する方法もある。奥の手は排気量を増加するライトサイジングだ。

「VGTの採用」または「従来ターボ+電動ブースター」と「可変容積比機構」のコストが、それぞれの技術の商品競合力を決めることになるが、VC-Tの複雑な機構では優位性を得ることは難しいように見える。

 一方、シンプルで低コストの可変容積比機構の開発がヨーロッパの研究機関であるAVLとFEVで進められている。いずれもコンロッドの実質長さを油圧制御で可変にするもので、高低の二段切り替えであるが、実用化すればコストを含めて競合力のある機構になる可能性がある。ただし燃費向上効果は、可変動弁機構と高過給圧の過給システムを備えた、固定の高容積比ライトサイジングエンジンにはかなわない。

 まだVC-Tエンジンの詳細が公開されていない段階で技術の正しい評価は困難だが、筆者の知る限り、可変容積比の熱効率向上効果は限定的で、その機構はシンプルで低コストでなければ十分な商品競合力は得られない。このような課題を容積比8~14のVC-Tエンジンでどのように解決しているのか。VC-Tの技術に、筆者の知識が及ばない隠し玉があることに期待したい。

スカイラインクロスオーバーの北米インフィニティ仕様から搭載されるとアナウンスされながら、発表されている2枚の画像は横置き仕様。前方吸気後方排気のレイアウトをとっている。複雑なリンク機構を考えるとクランクケースは特異な形状をしていると思われるものの、斜め上方から撮られている画像からはうかがえない。リンクを用いたクランク機構といえばアトキンソンサイクルを思い出すが、あちらが高膨張比運転のための2種ストローク創成機構なのに対し、こちらはストローク固定のまま上死点位置を連続的に可変するためのメカニズムである。複雑な機構をどのように実用に堪える設計としたのか、実機の登場が待ち遠しい。

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