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【難波 治のカーデザイナー的視点:連載コラム 9回目】Back to Essentials

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レンジローバー・ヴェラール:2017年 MBやBMWが低価格帯商品まで手を広げてプレステッジ感を失った後その座を狙うのがレンジローバーとボルボ。特にレンジローバーのデザインとエンジニアリングの高次元に融合した美しさは群を抜く。価格に見合った品格と所有欲を満たしてくれる。

まずは形から、というのは定石でそれほどに外見というものはとても大切なものである。私たちはおおいに外見で惹きつけられたりする。ファッションは常に新たな魅力を追い求めているが仕立ての基本は普遍で、鍛えられた体型はそれだけでスーツを決めてくれるが、崩れた身体の線を補正することも可能だ。服を仕立てたご経験はおありだろうか。鮮度と基本について見えてくる。このバランスについて考えてみる。

TEXT●難波 治(NAMBA Osamu)

赤はポモドーロ。緑はバジル。白はパルメジャーノレッジャーノだろうか。この3色でイタリアの国旗の完成だ。凝ったことをしないシンプルで素材が生きた料理が一番美味しい。脇役の大事なもう3色。オリーブオイル、バルサミコ、そして絶対にかかせないのがリモーネとなる。これだけあれば幸せだ。
 初めてイタリアに行ったのは社会人になって6年目。今から30年ほど前のことになる。スイスのジュネーブ・ショーへ行った帰りにバスでトリノまで移動した。当時は地球温暖化の問題もなくジュネーブ・ショーのある3月はスイスはもちろん雪で、移動したトリノも雪が積もっていた。アルプスの氷河もまだきちんと残っていてモンブラントンネルを抜けたイタリア側の出口辺りでは氷河の先端が青白く覆いかぶさってくるようだった。

 そこから足掛け2年ほどトリノに滞在して仕事をするようになったのだが、その土地が好きになれるかどうか、食事はとても大きな比重を持っている。ジュネーブから移動の時に一緒に来ていた職場の先輩はオリーブオイルが口に合わずにたいへん困ってしまったのだが、私はといえば、そのオリーブオイルに魅せられてイタリア料理がたいへん好きになった。

 しかし、当初は「ナポリタン」も「ミートソース」もイタリアで食べられると思っていたくらいに世界を知らなかったのだからまったくお粗末としか言いようがない。当時ミケロッティでジェネラルマネージャーをされていた内田盾男さんにはお礼を言い尽くせないほどにお世話になったのだが、日本から大変な田舎者が来たものだと閉口されていたに違いない。

 ケチャップで味と色をつけたスパゲティなどイタリアにはなく(トマトの国にあるはずが無い!)、ボローニャ地方でひき肉のソースを絡めた「ラグー」と呼ぶものはあったが、スパゲティ・ミートソースと呼ぶ料理もなく、極めつけはピザを食べる時に「タバスコはないのでしょうか?」と聞いたくらいだからきっと腰を抜かされたに違いないと今更ながらに思うのである(タバスコはメキシコのスパイスでした)。

 以来私はイタリア料理には心酔するわけだが、イタリアで仕事をしている時には当然ほぼ毎日毎食イタリア料理で、しかし毎回高級なリストランテに行くわけでもなく庶民的な食事をしてきた。私はイタリア料理の素朴なところがとても好きだ。シンプルで飾り立て過ぎない。だけどちょっと気が利いている(ここが良い)。確かにオリーブオイルは良く使うが、素材の持つ特色を最大限に引き出して料理をしている。特に私が行くようなリストランテは気さくな主人が市場でその日に一番美味しい素材を仕入れてきて、それを料理するようなスタイルだったので尚更そういう印象が強いのかもしれない。

 それほどにイタリア料理が好きなので日本にいてもイタリア料理を食べる機会が多い。「美味しいよ」という噂が流れてくればそのリストランテには行きたくなるし、事実相当数のイタリア料理店に足を運んでいる。もちろん評判が良いのでたいへん美味しいのではあるが、実は最近とても気になっている事がある。昨今のシェフの名を冠したリストランテで出されるイタリア料理が私にとってはどうもカッコよすぎるのだ。直径が30cmにも届きそうな大きなお皿の真ん中にポツリと置かれた手の混んだ料理は食事というよりも、もう作品の領域だ。アンティパストからプリモ、セコンドといくつもの皿が次々とサーブされデザートもたいへん綺麗で、フォークを刺して崩してしまうことさえためらう程である。そして給仕からは(またはソムリエから)一皿ごとに丁寧な解説がつく。もちろん覚えられない。確かに美味しい。しかし食事を終え支払いを済ませて店を後にした時に、その時の食事に費やした時間と費用に見合うだけの満足感、充足感が得られることが少ないのだ。「もう一度来よう」と思わせてくれるお店は稀だ。

シトロエン・エグザンティア:1993年 ベルトーネデザイン。ケレン味のない非常に美しく伸びたカーブだけで構成されたセダン(実は5ドアハッチ)。一切の無駄な動きのないクリアでバランスの良いデザインは秀逸である。

 料理も毎回同じでは飽きると思う。料理店であればお客様に新たな刺激を与えたいと思うのは当然だ。そして料理はグローバル化もする。他国の文化や人の価値観の変化にともなって新たなタイプや取り合わせも出てくる。口から体内に取り込むものだけに健康とも密接なので時代に合わせた変化もともなう。こういうことは料理だけの世界のことではないので時代時代のタイミングに合うことは結構なことで、食する私達にとってもいろいろと楽しめることはたいへんうれしいことではあるのだが、それにしても少々凝りすぎてはいないだろうかと思っている。そしてどのリストランテも競い合うように綺麗に装った料理を出してくれているのだが結果として他店との違いは微妙になってはいないだろうか。

 しかもイタリアで修行をしてきた新進気鋭の料理人達がどんどん新たな店を出すのであるから競争も厳しい。それを食べに行く私達「客」も忙しい。しかし客は楽だ。食べて、お代を払って、あとは勝手に評論していれば良いのだから。ここまで新店舗が次々とオープンする状況において、お客様は移り気だ。なかには評判店に「行った」ことがステイタスだと思っている方もいる。何軒制覇したかを争っていることに近いこともある。それでもそのうちお客様の方もどんどんレベルが上がり、目も肥え、舌も肥え、評価も厳しくなる。このような状況のなかで生き残らなくてはならないお店は本当に大変だ。リピーターをしっかりと捕まえることが長く営業を続けることにつながるのだが移り気なお客様の足を止めておくことは簡単ではない。いきおい目先の変化で惹きつけようとして、そちらを追い求めることに注力してしまうお店もあるのかもしれない。

 この状況は最近の日本車のデザイン傾向にもあるように思う。あまりにも表面のモチーフに頼りすぎたデザインが多すぎるように感じる。この傾向は特に生産台数の多いメーカーに多いのでその影響がとても大きいのだが、どうしてこうなってしまうのだろうか。ひとつにはクルマが多すぎること、商品が多すぎることが原因となっているように思う。これだけ多くのクルマがあってはやはりどうにか違いを出したいと思うのも無理はない。さらに欧州プレミアムブランドが小さなセグメントにまで商売の範疇を広げてきて成功を収めているのも一因だし、アジアの新興国の自動車が販売を伸ばし日本車をおびやかしていることも日本の自動車メーカーが焦る原因にもなっている。

 このような日本車を取り巻く状況のなかで、クルマの開発には3桁の億の単位の開発費がかかるので、デザインの現場ではどうしても「間違いたくない」「売れないクルマをデザインしたくない」という観念と「個性的にしたい」という思いや「独自性を出したい」という双方の思いが強すぎてしまい、考え得るデザイン要素をいくつも盛り込んでしまうことにつながっているように見える。デザイナー達も造形テーマを求めてクリエイティブにデザイン開発をしているのだが、表層的な記号性を生み出すことに躍起になってしまい、何か目につく印象をいたずらに増やしていたり、ついつい「売れ線」の要素を盛り込んでしまっていることに気づいていない。またそうでないと安心できないようになってしまっているのだ。これは評価をくだす側にも大いに責任があるのだが、このような状況は昨今の私たち日本人の文化性や国民性に依るところが多いのと、これまでの日本の企業がデザインに求めてきた姿勢の結果でもあるように思っている。

 結果として「あれ」も「これ」も「それ」も入っているデザインになり立体をグラフィック(2次元)で説明するような表面的なデザインに陥っている。本来はその前にきちんとした身体づくりができているのかをデザイナー同士で徹底的にやりあってもらいたいのだがそれができていない。そういうことよりも見た目に派手な意匠や、いかにもカッコイイ意匠の競い合いにデザイナー達は終始してしまっている傾向が見て取れる。言い方は悪いが驚かせた方が勝ちというようにも感じるのである。果たしてそのモチーフは長続きするものなのか?

 一体何を求めているのだろうか。毎度毎度新型車を開発するたびにそのクルマの姿が移り変わって良いと思っているのだろうが、それではブランドも車種も育っていかないのではないかと考えてしまう。これは何が大事であるかを見分けられるデザイナーもマネージャーもいなくなってしまったということを物語っているのではないだろうか。

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