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畑村耕一博士の「2020年の年頭に当たって」完結編 カーボンニュートラル走行を目指す将来のパワートレーンは? エンジン博士畑村耕一「マージナル(限界)電源に着目せよ」:自動車用パワートレーンの将来

  • 2020/01/14
  • Motor Fan illustrated編集部
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③将来のパワートレーンとしてシリーズハイブリッドと対向ピストンエンジンを提案する

図7

 2050年には先進国のCO2排出量を80%削減することが求められており、トヨタは環境チャレンジ2050で90%削減を打ち出している。ここまで来ると、将来のパワートレーンを考えるときは、2050年にカーボンニュートラル走行ができることが必須条件になる。カーボンニュートラルと言えば短絡的に排ガスを出さないEVとFCVを思い浮かべてしまうが、図7に示すように(2019年の④カーボンニュートラルを実現する燃料 水素とCO2から合成するe-fuelに注目!)、燃料が変わればHEV(従来エンジン車)もカーボンニュートラル走行が可能になる。つまり、クルマに使う燃料のエネルギーの元はどこから来るのかが重要で、化石燃料は太古の太陽エネルギーで使うとCO2を排出する、原子力はウラン原子の核分裂で使うと放射性廃棄物ができる、再生可能エネルギーを一世代の範囲の太陽エネルギーとすれば環境への影響は無視できる。今後の技術革新によってどれが本命になるのかは今は見えない。

 一方で、石炭火力が残る2030年頃までは系統電力を使うEVとFCVは、計算上は別として、実際のCO2削減効果は期待できないのでHEVを普及すべきだというのが前節の結論だ。EVやFCVが補助金とユーザー負担だけでなくエネルギー供給のインフラの整備が必要なのに比較して、HEVの普及にかかる社会的コストは大幅に少なくて済む。2050年に向けての新燃料(e-Gas、e-Fuel)の技術開発と製造プラント整備を10年くらいのスパンで進めていくことで、スムーズにカーボンニュートラル走行に移行できる。唯一EVに対して劣位にあるのが、その無骨な走りだ。

図8

 クルマの走りを追求しているマツダは図8に示す躍度(加加速度/ジャーク)という言葉を持ち出して、快適な走りのクルマを目指して開発している。アクセルの踏み込み力でクルマの加速度を、踏み込み速度で加速度躍度を制御するものだが、エンジンと車輪が機械的につながった車では理想的なアクセルコントロールはできないというのが筆者の見解だ。当然e-Pedalのようにアクセルで減速の制御をするは簡単ではないまでは制御できない。それに対して第2章(1)で述べたように、モーター駆動は加速度、躍度ともに狙いの通りに設定できる。理想の走りのモーター駆動と環境にやさしいHEVを実現するのがe-POWERのようなS-HEVだ。(2019年⑤ノートe-POWER 走りと環境性能を両立するパワートレーンとは?)S-HEVに必要な性能要件を図9に示す。

図9
図10

 ここでは2019年(⑦2ストローク対向ピストン・ガソリンエンジンの可能性)に紹介したS―HEV専用の対向ピストンガソリンエンジンの具体的な仕様検討結果を紹介する。図10に示す構成の単気筒ガソリンエンジンについて、GT-POWERという1次元のエンジンシミュレーションソフトをmodeFRONTIERと呼ぶ遺伝アルゴリズム*の最適化ソフトと組み合わせて各部仕様の最適設計を行った。(*:最初に10組程度の仕様のエンジンを設定して、それぞれ組み合わせて子供を作り、その中から性能が優れた10組を選んでまた子供を作る。この操作を50-100世代繰り返すと優秀な子孫に収束していくという計算法)

 ノートe-POWERの3気筒1.2ℓエンジンに代えて単気筒1.2ℓ対向ピストンエンジンを搭載するという設定だ。具体的には、熱効率最大を目標にして、容積比、S/Cの大きさ(過給圧)、吸排気ポートタイミング、吸気管と排気管長さ、LP-EGR率などの11のパラメータを最適化するという計算になる。11のパラメータは複雑に相互依存があるので、全てまとめて最適化しないと本当の最適解は求まらない。

図11

 結果を図11にエネルギーバランスで示す。燃料の燃焼エネルギーがどこに行ったかを示すものだ。上から、排気損失、冷却損失、ポンプ損失、機械損失を表している。残った緑がエンジン出力になる。左からHCCI燃焼の場合の最適仕様、SI燃焼の場合の最適仕様、その基本仕様を使って可変部分を変更してHCCI燃焼した場合、さらに高回転でSI燃焼する場合を示す。S/V比の小さい対向ピストンエンジンでは、高容積比になってもS/V比が大きくならないので、超高容積比31.8で熱効率(緑)50%が得られる結果になった。図12に、SI燃焼のクランク角に対する吸排気ポートとシリンダの圧力を示す。SI燃焼では、EXクランクの遅角(一般的な新進角と異なる)によって圧縮開始が遅くなるとともに、吸気ポートが閉じて排気ポートが閉じる間に長い排気管の負の圧力波が到達して、シリンダ圧力が低下(図12)する効果が得られている。これは広い意味での遅閉じミラーサイクル効果が得られているだ。S/Cで充分な掃気をすることと合わせて、容積比24にもかかわらず従来エンジンアミノ並の圧縮温度に収まってノッキングを抑制、大量EGRの超リーンバーンで50%近い熱効率が得られている。低負荷はHCCI燃焼でほぼ同等の熱効率が得られる。高回転の高出力運転は4500rpmで44%の熱効率のSI燃焼ができる。ただし、新気の吹き抜けがあるので三元触媒が使えないという課題がある。

図12

 結果、e-POWERと同じ2400rpm70Nm(BMEP3.7)付近で無振動のHCCI燃焼、高負荷でSI燃焼、高回転で75kWのSI燃焼が可能なので、S-HEVに必要な定点運転、高負荷運転、高出力運転の高効率運転ができる可能性が見えてきた。S-HEV専用エンジンとして開発するに値する魅力的なエンジンの基本仕様が設定できた。
以上の一1次元の検討では、燃焼については大胆な仮定を置いているので、3次元のシミュレーションと実験で燃焼を確実なものにする必要がある。HCCI燃焼ではNOxはほとんど出ないので問題ないが、騒音を放射するクランクケースがふたつある対向ピストンエンジンはHCCIの燃焼騒音が問題になる。SKYACTIV-Xの仰々しさを見ると、できればSIのスーパーリーンバーンを採用したくなる。NOxが生成されないスーパーリーンの状態で安定燃焼できればNOx後処理が不要で大幅なコスト低下が可能になる。

図13

 スーパーリーンバーンを実現するには筒内に強い乱れを形成する必要がある。そこで注目するのが第1章(3)で紹介した副室リーンバーンの技術だ。対向ピストンエンジンの掃気中の筒内流動を3次元で計算された結果を図13に示す。左が排気ポートで、右の吸気ポートから冷たい新気(青)が押し込まれて高温の既燃ガス(赤)を排気ポートに押し出す様子がよくわかる。白枠で囲った掃気の後半の様子を見ると、高温の既燃ガスが中央に集まって新気が排気ポートに吹き抜ける様子が示されている。これは、燃焼を促進するために吸気ポートで強いスワールを生成して、遠心力で冷たく重い新気が外側に振り回されているのが原因だ。

図14

 スワールは弱くしたい、圧縮上死点の乱れは強化したい。そこで注目するのが第1章(3)で紹介した副室リーンバーンの技術だ。となると副室リーンバーンがピッタリだ。図14のパッシブ副室を上死点付近のシリンダ壁に設置して、その対面に燃料噴射弁を搭載すれば(図9)、噴射時期によって副室内のA/Fを制御できる。混合気は連通口を通る時に受熱してながら混合気が副室内に入ってさらに圧縮されるので、副室内には主室より高温の混合気が形成される。また、残留ガスが排気側に偏在してるので、圧縮工程の終盤までは残留ガスが副室に入らない。この混合気はSKYACTIV-Xと同様にA/F≒30で点火可能で、NOxが生成されない副室燃焼が起こる。この意味で、副室を燃料冷却してしまうアクティブ方式は使えない。副室から吹き出すジェット噴流で超リーンの主室の混合気が急速燃焼するのはレースエンジンと同じだ。
 このような対向ピストンガソリンエンジンをS-HEVに搭載する新しい自動車用パワ-トレーンを提案する。次は三3次元のシミュレーションと試作である。一部の大学でチェーンソー用2ストロークエンジンのヘッドを外して、2機を組み合わせて対向ピストンエンジンを試作するという話も聞いており、いる。これからの発展を楽しみにしているところだ。   <完>

エンジン博士畑村耕一「過給リーンバーンの技術競争が始まった」:自動車用パワートレーンの将来:マツダSKYACTIV-Xの評価は?

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