今やハーレーもベネリもモルビデリも中国製!? 日本のバイク市場に進出する巨大資本の正体とは……【東京モーターサイクルショー2025】

2025年3月28日(金)〜30日(日)に開催された『第52回東京モーターサイクルショー』で、初参加ながらもっとも勢いを感じさせたのが中国の「QJモーター」だ。国内4大メーカーよりやや小さなブースに、日本未発売モデルを含む18台のマシンが展示されたのだ。今回は、知られざるQJモーターの歴史と資本、経営戦略について解説する。
REPORT&PHOTO:山崎 龍(YAMAZAKI Ryu)

日本進出を決めたQJモーターの歴史と資本と経営戦略

2025年3月28日(金)~30日に(日)にかけて開催された『第52回東京モーターサイクルショー』に初出展した「QJ MOTOR(以下、QJモーター)」は、企業出展エリアに割り当てられた東京ビッグサイトの東1~3ホールのほぼ中央、東2ホールの目立つ場所に広いブースを構え、日本未発売モデルを含む18台のオートバイを並べていた。

『第52回東京モーターサイクルショー』のQJモーターブース。

前編では近く日本国内で販売を開始するスーパースポーツのSRK400RSとクルーザーのSRV400VSを中心にQJモーターの製品と日本で販売中のOEMモデルを実績とした性能や品質について話をした。今回は同社の歴史と資本関係、経営戦略について語っていくことにする。

吉利グループの支援を受けて欧州でも通用する品質を身につける

QJモーターとは、浙江省温嶺市に本社を置く銭江(チェンジャン)モーターサイクル・グループ(浙江銭江摩托股分有限公司)が製造するモーターサイクルのブランド名であり、その製造拠点となる温嶺オートバイ工場が設立されたのは、鄧小平首席(当時)による近代化と改革開放政策が推進されていた1985年のことだった。

1985年に浙江省温嶺市に設立された温嶺オートバイ工場(写真:QJモーターサイクル)。

創業当初、同社はキーウェイのブランド名で中国国内向けにコピーバイクを製造していたが、2005年にイタリアのベネリを買収したことで、東南アジアや欧州への輸出にも力を入れ始める。

2000年に温嶺オートバイ工場では100万台目のモーターサイクルをラインオフ。吉利ホールディングス傘下になるまでは小排気量車の生産が中心だった。(写真:QJモーターサイクル)

この時期までの銭江モーターサイクルの製品は性能や品質がまだまだ未熟で、市場からの評価はあまり芳しいものとは言えなかった。だが、2016年9月に吉利汽車を中心とした巨大コングロマリットの吉利(GEELY=ジーリー)ホールディングス(浙江吉利控股集団)の資本参加を受けたことが大きな転機となる。

銭江モーターサイクルは2005年にイタリアの名門・ベネリを買収。イタリアでデザインと開発を行い、温嶺オートバイ工場で生産する体制は現在まで続いている。(写真:QJモーターサイクル)

吉利ホールディングスはグループの中核に中国有数の自動車メーカーである吉利汽車を軸に、スウェーデンのボルボ、イギリスのロータス、マレーシアのプロトンなどを傘下に収めているほか、メルセデス・ベンツグループの大株主でもあることで知られる。2019年からはメルセデス・ベンツとの合弁でスマートブランドのクルマを中国で生産し、世界各国に輸出する体制を取っている。

浙江省杭州市にある吉利汽車の本社ビル。2016年に銭江モーターサイクルは吉利ホールディングス傘下に入り、事実上、吉利汽車のモーターサイクル部門となる。日本のメーカーに例えると、トヨタとヤマハの関係に近いかもしれない。(写真:QJモーターサイクル)

吉利からの豊富な資金と技術支援を受けた銭江モーターサイクルは、驚くほど短期間で技術力・品質管理・デザイン力を向上させ、商品力において欧米や日本のメーカーと肩を並べる水準まで引き上げることに成功した。

第一汽車、上海汽車、東風汽車の国有企業3社に対して吉利汽車は民間の大手メーカーのひとつ。2000年代以降、急速に成長を遂げた。ボルボ、ロータスの他にマレーシアのプロトンなども傘下にある。(写真:QJモーターサイクル)

このことは銭江モーターサイクルが生産し、ベネリブランドで販売するアドベンチャーバイクのTRK502X(デザインや開発はベネリが担当。日本国内では2023年から販売を開始)が、イタリア国内でモーターサイクル販売台数トップ(スクーターを除く)を2020年から3年連続で記録。2024年には上位モデルであるTRK702Xが引き続きトップセールスの座に輝いていることからも証明される。

アドベンチャーバイクのベネリTRX502X。イタリアで人気の同車は銭江モーターサイクルで生産される。

イタリアと言えば、ドゥカティやモト・グッツィ、MVアグスタ、アプリリアなど有力なバイクメーカーが林立するバイク王国。さらに日本やドイツなどの主要メーカーも輸出を行っており、そのような中で銭江モーターサイクルのバイクが4年連続で首位を独占したということは、同社の製品がバイクに対して目の肥えたイタリアのライダーを納得させるだけの商品力を持つことを証明した結果と言えるだろう。

名門メーカーの買収と企業間提携により短期間で急成長

そのような銭江モーターサイクルが傘下に収めるイタリアの名門・ベネリの名を借りるのではなく、自社ブランドのQJモーターで日本へと本格的に進出しようというのだ。

会場で同社のスタッフに話を聞く限り、日本市場参入の前段階として、彼らは福岡の本社とは別に広島にエンジニアリングセンターを設立し、日本人エンジニアとテストライダーを雇い入れ、日本の道でテスト走行を繰り返した上で、ユーザーがバイクに何を求めているのか? どのような製品が受け入れられるのか? 日本の道に適したセッティングとはどのようなものなのか? といったことを念入りに実地調査を行なうところから始めたという。

2025年夏前に国内導入を予定しているSRV400VS。

そして、手始めに2025年1月から125~250ccの小排気量車の販売を開始し、今年の夏前にはいよいよ日本市場での主力として期待されるSRK400RSとSRV400VSの販売を開始するというのだ。

夏前に国内導入を予定しているSRK400RS。

この2台に関しては以前に紹介したとおり、日本の免許制度に合わせて排気量を縮小するなどのローカライズが施されており、競合他社の製品よりも安価な値付けがされると見られている。また、それに合わせてディーラー網の構築やサービス体制の拡充、宣伝による知名度の向上なども図るという。

ストリートファイターのSRK500S。こちらは日本未発売モデル。

だが、それは日本市場で販売するための必須条件であって充分条件ではない。すなわち、それだけではバイクは売れないということだ。中国市場では高品質な製品を作る大手バイクメーカーとして知られ、欧州市場でもコストパフォーマンスに優れるバイクとして徐々に知名度を高めているとはいえ、日本においてQJモーターは、無名の新興メーカーに過ぎず、歴史と信頼に裏打ちされたブランド力が皆無なのだ。

現在発売中の125cc単気筒エンジンを搭載するミニバイクSRK125S。価格は46万8000円(税込)。

だが、彼らとてそのことは百も承知のはず。おそらく、ユーザーからの定評を得るには相応の年月が必要となるはずで、一朝一夕で日本市場の開拓ができるとは考えてはいないだろう。

QJモーターはビッグスクーターもラインナップする。写真は日本未発売モデルのFORT400。

今から20年ほど前、中国家電大手のハイアールの社長は「21世紀の企業にとってブランド以外のものはすべて負債である」との言葉を残した。これは裏を返せば、新興の中国メーカーにはブランド力、すなわち、企業や商品・サービスのブランドが持つ価値や影響力、認知度が圧倒的に足りていないことを吐露した発言とも言える。おそらく、これはグローバル市場で戦う中国企業共通の認識なのだろう。

原付2種スクーターのPKO125Zも日本未発売モデル。

しかし、後発企業には後発企業ならではの強みもある。それは先発企業との技術とブランドに対する考え方の違いだ。

日本の4大メーカーのような歴史と実績のある先発企業は、良くも悪くも自社の技術とブランドに自信と誇りを持っている。これを言い換えるなら技術とブランドへの「こだわり」であり、ときにそれが企業経営の足かせとなることもある。だが、銭江モーターサイクルのような新興メーカーにはそうした意識が薄い。

2021年のEICMAで発表されたMVアグスタ・ラッキーアドベンチャー。2気筒の5.5と3気筒の9.5の2モデルが設定され、前者は銭江モーターサイクル製のエンジンを搭載する予定だった。グループ企業(当時)のKTMが銭江モーターサイクルのライバル企業であるCF.MOTOと事業提携していたことが原因で発売が見送られたようだ。

「技術が足りないのならすでに実績のある一流企業と提携を結ぶなり、優秀な製品を購入すれば少ない投資と短い期間で同じ成果を得られる」「自国に優秀なエンジニアやデザイナーが育っていないのなら、海外の一流の人材を雇えば良い」「自社にブランド力がないのなら海外の名門ブランドを買収してしまえば労せずして企業価値を高められる」とドライな経営判断をすることに躊躇がない。

イタリアのサスペンションメーカー・マルゾッキと銭江モーター
サイクルは合弁により中国で同社製品の生産が行われている。

事実、銭江モーターサイクルは2005年のイタリアのベネリ買収以降もハーレーダビッドソンとの戦略的パートナーシップの締結、MVアグスタとの協業(KTMが同社の株式を取得したことによりのちに白紙化された)、マルゾッキとの合弁によるサスペンションの製造、1970~1980年代にMotoGPで実績を築いた名門・モルビデリの買収などを進めており、これらのコラボレーションあるいは企業買収は、同社に少ない投資で成功の果実をもたらしている。

モルビデリの1971年型50ccGPレーサー 。1970~1980年代にMotoGPで実績を築いたイタリアの名門・モルビデリは、現在、銭江モーターサイクル傘下にある。

このような経営判断は自社の独自技術や製品のオリジナリティが育ちにくいというデメリットはあるものの、新技術の開発に資金とリソースを費やす必要がなく、短期間に一定の成果を得られるというメリットがある。そして、その間に海外の先発企業から技術を学び、自家薬籠中の物にすれば良いという考え方である。

2022年、QJモーターはスペインのエスポンソラマ・レーシングと提携を結び、Moto3に参戦した。

こうした経営手法は先端分野やハイエンド製品はともかくとして、コモディティ化が進んだ商品……例えば、大型バイクでも中級クラス以下の車種や、小・中排気量のミニバイクでは価格と商品力が何よりも重視されることから問題として顕在化することが少ないように思われる。これをどう捉えるかは個々人の価値観によっても異なるだろうが、少なくとも銭江モーターサイクルのアプローチは今のところ成功していると言って良さそうだ。

2024年、QJモーターはファクトリーチームを結成し、世界スーパーバイク選手権(WSBK)のSSPカテゴリーに中国ブランドとして初参戦。参戦に当たってはクラスで唯一市販車両を用いている。

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著者プロフィール

山崎 龍 近影

山崎 龍

フリーライター。1973年東京生まれ。自動車雑誌編集者を経てフリーに。クルマやバイクが一応の専門だが、…