サスペンションからADASまで。4社の協力から生まれたシナジーをしみじみ実感した、Astemo Tech Show 2025

企業の経営統合は、必ずしも好結果に結び付くわけではない。とはいえ、5月末に開催されたAstemo Tech Show 2025に参加した筆者は、日立オートモティブシステムズ、ケーヒン、ショーワ、日進工業の協力によって生まれた新しい技術に、大いに感心することとなった。

REPORT●中村友彦(NAKAMURA Tomohiko)
PHOTO●山田俊輔(YAMADA Shunsuke)

2025年4月1日から社名を変更したAstemo

自動車関連部品のメガサプライヤーとして著名な日立オートモティブシステムズが、ケーヒン、ショーワ、日進工業を吸収合併・経営統合し、2021年1月に誕生した日立Astemo(アステモ)は、2024年4月1日から社名を『Astemo』に変更した。当記事で紹介するのは、そんなAstemoが5月末に開催したメディア向け技術発表・試乗会、「Astemo Tech Show 2025」の模様で、数多くの展示内容の中から、今回は運転支援システムのADAS(エイダス)と、ハーモナイズドファンクションデザインというコンセプトに基づいて生まれたフロントフォーク+ブレーキキャリパーを紹介したい。

会場に準備されたテスト車。残念ながらADAS(エーダス)を装備するトライアンフ・タイガー1200は試乗できなかったものの、EERA Gen2(イーラ・ジェネレーションツー)を採用するドゥカティ・ムルティストラーダV4Sは走行ができたので、近日中に当サイトでインプレを紹介したい。

なおAstemoは、“先進的かつ持続可能な社会に貢献する技術を通じて、安全・快適で持続可能なモビリティライフを提供する”という企業理念を表現した「Advanced Sustainable Technologies for Mobility」、ADASは「Advanced Driver-Assistance Systems」の略である。

4社の協力で開発が進むADAS

本題に入る前に前フリ的な話をしておくと、2020年秋に日立オートモティブシステムズが、2輪業界で名を馳せた3つのブランドを吸収合併する話を聞いたとき、“2輪とはあまり縁がないはずの日立オートモティブシステムズが、なぜ?”という疑問を僕は感じた。それどころか、日立オートモティブシステムズの介入で、ケーヒン、ショーワ、ニッシンが、仕事をしづらくなるんじゃないか……と、勝手な危惧を抱いていたのだ。

グローバル設計統括本部 統括本部長の鈴木克昌さん。

ところが、Astemo Tech Show 2025でいろいろな技術者から話を聞いた今現在は、経営統合の意義を実感。以下に紹介する鈴木克昌さん(グローバル設計統括本部 統括本部長)、佐々木朋春さん(グローバル設計統括本部 副統括本部長)、櫻井辰佳さん(MC事業部 営業戦略本部 本部長兼CS BU グローバル営業本部 本部長)から聞いた話をまとめた言葉を読めば、読者の皆様にも僕の心境の変化が理解していただけるはずだ。

グローバル設計統括本部 副統括本部長の佐々木朋春さん。

「確かに、同じグループになった直後は、困惑する社員が少なからず存在したと思います。でも意外に早い段階で、4社が協力関係を築くことができました。主業務は各社各様でも、快適性や安全性を追求する姿勢は同じですからね。逆に言うなら、同じ目的を持つ4社が常日頃から密接なやり取りを行うことで、従来とはレベルが異なる技術・製品に着手できたんです」

MC事業部 営業戦略本部 本部長兼CS BU グローバル営業本部 本部長の櫻井辰佳さん。

「これまでのケーヒン・ショーワ・ニッシンは、各社が独自に新しい技術を開発し、それを車両メーカーさんに提案する、あるいは、アフターマーケットパーツとして販売するのが通例でしたが、現在はそこから一歩進んで、まとまった技術に注力しています。その最たるものが交通支援システムのADASで、走行状況に応じてパワーユニット・サスペンション・ブレーキを制御するこの技術は、4社が意見を出しながら開発が進んでいます」

日立オートモティブシステムズ製のステレオカメラは、スクリーンベースの下部に設置。

ADASのわかりやすい特徴は、前方のセンシングにステレオカメラを使っていること(もちろん後方にも使用可能)。そしてこの機構に対しては、すでに他メーカーがアクティブクルーズコントロールや前方衝突警告などのセンシングに採用している、ミリ波レーダーと同様の仕事をしていると勘違いする人がいそうだが……。

シミュレーターでADASを体験。速度標識に応じた自動減速や、ソツのない千鳥走行が実感できた。

前走車や前方の障害物のみを認識するミリ波レーダーとは異なり、ステレオカメラはそれらに加えて道路標識や車線ペイント、路面の段差などの認識も可能なのだ。そしてそういった多種多様な情報をベースにして、パワーユニットとブレーキの自動制御を行うのである(今後はサスペンションの制御も追加する予定。なお同社製ADASのアダプティブクルーズコントロールは、ミリ波レーダーでは正確な認識が難しいと言われている、2輪のグループツーリングで定番の千鳥走行にも対応)。

ADASのテスト車のコクピットに設置されたモニター。道路標識の速度が表示されているのがポイント。

「ADASに関しては、日立オートモティブシステムズが4輪で培ったセンシングと車両統合技術、そしてシミュレーション技術をベースにしつつ、ケーヒン、ショーワ、ニッシンが意見を出し合い、2輪用としての構築を行っています。なおレーダーとカメラには一長一短があって、理想は併用です。ただし、レーダーにしかできないことは意外に少なく、一方でカメラにしかできないことはたくさんあるので、当社はカメラを選択しました」

前代未聞のハーモナイズドファンクションデザイン

軽量化や放熱性の向上など、ハーモナイズドファンクションデザインには機能的な美点もあるけれど、それ以上に重要な要素は過去に前例がない斬新なルックスだろう。

続いては、ハーモナイズドファンクションデザインを取り入れた足まわりパーツの話。片支持式にしてボディに大量のフィンを備えるブレーキキャリパーや、大胆な肉抜きを施したフロントアクスルシャフトホルダーは、日立オートモティブシステムズからの提案だったそうだ。

パッ見ではフロントアクスルホルダーとフロントブレーキキャリパーを一体化しているように思えるものの、両者は別部品で、締結には1本のボルトを使用。

「従来の2輪の常識ではあり得ない構成ですが、ショーワとニッシンの技術者はハーモナイズドファンクションデザインに新しい可能性を感じたんです。そこで、強度や剛性、熱伝導などを解析してみたところ、この構成でも正立することが判明しました。現在は社内で実走テストを行っている段階で、2026年には全日本選手権、2027年には世界選手権に投入したいと考えています」

ブレーキキャリパーに刻まれた大量のフィンやフロントアクスルホルダーに施された大胆な肉抜きは、放熱性の向上に貢献。なお既存の構成と比較すると、ブレーキキャリパーとフロントフォークアクスルホルダーの接触面積は約30%増加している。

「既存の製品の場合は、フロントフォークを担当するショーワはブレーキキャリパーに合わせて、ブレーキキャリパーを担当するニッシンはフロントフォークに合わせて、という配慮や遠慮がありました。でも同じグループになった現在は開発がスタートする段階から協力態勢を築いているので、配慮や遠慮がほとんど無く、理想のデザインや性能を徹底的に追及できるんですよ」

Astemoが足まわりのテストに使用しているホンダCBR1000RR-R。なおハーモナイズドファンクションデザインの足まわりは、スーパースポーツとは真逆のクルーザーカスタムにも似合いそう?

「ハーモナイズドファンクションデザインのフロントフォーク+ブレーキキャリパーや、本体にECUが付属する電子制御式サスペンションのEERA Gen2(イーラ・ジェネレーション2)については、アフターマーケットパーツとして販売することも考えています。いずれにしても、2021年から4社の協力態勢が構築できたことで、グル-プ全体の守備範囲は大幅に広がりました」

EERA Gen2の特徴は、ショックユニット本体に付属するアクチュエーターに、ダンパー特性を変更するECUや慣性計測ユニットのIMUを内臓していること。

御三方の話を聞いて僕が思い出したのは、多種多様な電子制御技術や部品を世界中の車両メーカーに供給しているボッシュやマレリ、コンチネンタルだった。と言うより、4輪の世界でセンシングや車両統合技術の第一人者として知られる日立オートモティブシステムズと、2輪の世界で名を馳せたケーヒン・ショーワ・日進工業が一体となったAstemoの潜在能力は、すでにそれらを上回っている……と言っていいのかもしれない。

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著者プロフィール

中村友彦 近影

中村友彦

1996~2003年にバイカーズステーション誌に在籍し、以後はフリーランスとして活動中。1900年代初頭の旧車…