復活のトランザルプ。新開発のキーワードは「ほっこりとした」乗り心地

2023年5月12日、山梨県は小淵沢インターチェンジにほど近いハーベストテラス八ヶ岳でホンダ・ニューモデルの報道試乗会が開催された。トランザルプと言う復活ネームにも興味津々。熊本製作所で生産され世界30ヶ国以上への発売が予定されている。

REPORT●近田 茂(CHIKATA Shigeru)
PHOTO●山田俊輔(YAMADA Shunsuke)
取材協力●株式会社 ホンダモーターサイクルジャパン

ホンダ・XL750 TRANSALP…….1,265,000円(消費税込み)

ロスホワイト

純正アクセサリー装着車

XL750 TRANSALP開発メンバー。左から順に平丸、辰巳、徳田、大江、佐藤、細川、野島、尾崎、畑江、辻中。(敬称略)

1987年 XL600Vトランザルプ
1992年 トランザルプ400V
欧州ではロングセラーモデルに。
万能ツアラーとして総合性能の高さと親しみやすさが特徴。

トランザルプと言えば、オールラウンドなツアラーとしての卓越した仕上がりが高く評価されたミドルスポーツ。特に欧州で根強い人気があったと記憶している。国内マーケットには1987年3月に600Vが限定発売され、1991年10月には同400Vが投入された。
スチールのセミダブルクレードルフレームには、横置きの水冷52度V型2気筒OHC583ccエンジンを搭載。ちなみに初代600Vの車両重量は197kg。後発の400Vは201kgだった。
今で言えばアドベンチャーカテゴリーに属す雰囲気があり、実際当時もパリ・ダカールラリーで2連勝したNXR750の技術がフィードバックされたとうたわれていた。しかし高い評価を集めた要因は、舗装路での快適な乗り心地とオフロードでの優れた操縦性が両立されていたこと。つまり競技車レベルの高性能より、一般ライダーに相応しい扱いやすさを大切にしたコンセプトが奏功したのである。

今回、新型XL750トランザルプに関わるお話を伺ったところ、開発に携わったメンバーは初代モデルを知らない世代ばかりだそう。初代登場は35年以上前の話なので、それは無理もないことである。
トランザルプの復活に狙いを定めるも、皆元(本来)の姿を知らない。そこでコンディションの良い中古車を購入し全員でとことん乗り回してみたと言う。さらに当時を知る先輩技術者への聞き取り調査を始め、欧州市場の調査データなどを集め、「トランザルプ」というモデルの理解を深め、改めてそこに求められるものが何なのかを煮詰めたそう。
開発陣の発言を引用すると、「今どきに無い“ほっこり”とした乗り味」を追求することに、スタッフ全員の意志統一が図られたと言う。「どこも尖っていない、ゆったり乗れるバイクに今の高性能を足す」。最新装備も施されて現在に蘇ったのが、今回のXL750トランザルプなのである。

’23 XL750 TRANSALP

初代XL600Vのデザインイメージが残されている。

今回の新規開発には、ストリートファイターとしてのCB750ホーネットを同時開発する命題があった。トランザルプとは趣の異なるモデルを、基本的にエンジンとフレームなどを共用して仕上げるというもの。
だからこそ、ナナハンエンジンの新規開発が許されたと理解することもできるだろう。ちなみに国内販売されるのはトランザルプのみで、いまのところホーネットの日本市場導入計画はないそうだ。
まず外観デザインは上のスタイリグスケッチで示す通り、全体的な印象は初代モデルの雰囲気を色濃く踏襲している。大きく異なっているのはシート脇までアップされたマフラーに対して新型では下からはね上げてフィニッシュするショートアップマフラーを採用。
フラットだったダブルシートも、一体式に変わりは無いが、前後で少し段差を設けたデザインに変更。これらはタンデムライディングや、純正アクセサリーで用意されているパニアケース装着への対応も考慮された結果だろう。
また標準装着されていたアルミアンダーガード(スキッドプレート)が非採用となった点もスッキリと新鮮。フロント21インチサイズのスポークホイールは変わらず、リヤは17から18インチに拡大されている。

スチール製のダイヤモンドフレームは、エンジンも剛性メンバーに加えられる合理的なデザイン。各部位に使用するパイプの大径化や薄肉化、ピボット部他に組みあわされた薄板モナカ(閉断面)構造の採用等で、軽量高剛性としなやかな特性が追求されたと言う。
ステアリングブラケットはトップ側にアルミ鋳造ブリッジ、ボトム側にはアルミ鍛造ブリッジを採用。φ43mmの倒立式フロントフォークは200mmのストロークを持つSHOWA製SFF-CAタイプを採用。スプリングプリロード(イニシャル)アジャスターも装備された。
車体中央部にマウントされたモノショックには、ボトム側にアルミ鍛造製のリンク機構を持つプロリンク式サスペンションを装備。スイングアームはアルミ押出し材にテーパー状の成形を施して使用。ピボット部等は専用ダイキャスト材と一体構造を成す。
リアショックは分離加圧式のダンパーを採用。7段階のプリロードアジャストが可能。リアアクスルで190mmのトラベルを稼ぎだしている。

車体寸法を初代600Vと比較すると全長で60mm、ホイールベースで55mm長く、全高は175mm高くなっているが、幅は逆に35mm狭くなっている。シート高は変わらず850mm。210mmのロードクリアランスも同じ。車重は11kg増の208kg だがエンジン排気量の増大分を考えると、サイズアップは順当なレベルだろう。
開発の概念説明では「日常から世界一周までを叶える、新世代ジャストサイズオールラウンダー」と明記されていた。まさに“トランザルプ”らしさの追求がそこに表れている。

タンデムやパニアケース搭載も考慮されている。
ダイヤモンド式スチールフレーム。緑部分は専用デザイン。メイン部分はCB750 HORNET(輸出車)と共通している。

新開発されたエンジンは、水冷前傾横置きの直(並)列2気筒。270度の位相クランクが採用され、バルブ駆動にはホンダお得意のユニカム方式が採用されている。
OHCの4バルブ機構だが、吸気側のバルブ挟み各は9.5度。排気側は12度。程良い高回転高出力の追求と、コンパクト設計の両立が特徴。頭上のカムシャフトは後方寄りにオフセットされており、吸気バルブは直打方式。排気バルブはローラーロッカーアームを介して駆動するユニークな構造だ。
軽量化への拘りも徹底され、754ccのボリュームを感じさせない仕上がりが印象的。また左(ACG )側のクランクケースカバーにはウォーターポンプ構造が組み込まれる合理的な設計手法も新しい。
ダウンドラフト方式のエアクリーナーボックスには、左右シュラウドからの導風路に渦ダクトを設け、コンパクトながら長い吸気管長を稼ぎ出す仕組み。さらにボックスの底面に3つめのダクトを開けて柔軟で扱いやすいトルク特性と優れたスロットルレスポンスを発揮。
燃料噴射装置(インジェクター)はCBR1000RR-Rと同じ450kPaもの高圧と微粒化噴射を可能としている。排気系は2室構造の右出し1本マフラーを採用。
シリンダー内壁にはフリクションロスの低減や耐久性向上に貢献するNi-SiC(ニッケル- 炭化ケイ素)メッキが施され、ピストンの軽量化や適切なクランクマスの設定も徹底。11.0対1の高圧縮比を得て91ps/9,500rpmの最高出力を発揮している。600Vとの比較で排気量は約29%のアップに対して最高出力はなんと約75%向上、最大トルクも約40%太くなっているのだからその高性能ぶりは驚きに値するのである。

新開発された直(並)列ツインの水冷ショートストロークエンジン。OHCユニカム構造の4バルブヘッドを持つ。
ダウンドラフト式の吸気レイアウト。左右シュラウド内の渦ダクトで吸気に旋回流を発生させている。

フレンドリーな扱いやすさと余裕のある穏やかな乗り味。

試乗車は基本的に標準車だが、唯一純正アクセサリーのクイックシフター(24,420円)が装着されていた。つまりクイックシフターは注文装備品というわけ。
余談ながらトランザルプに相応しい魅力(価値)向上策としては、むしろスポーツ・グリップヒーター(19,580円)の標準装備化を望みたい(あくまで個人的な意見)。
早速シートに跨がる。ミドルクラスのバイクとしては十分なボリュームを感じさせてくれる立派なフォルムだが、直感として実に親しみやすい。
足付き性は次のチェックを参照頂きたいが車体の引き起しや取り回す時の扱いに手強さを覚えない。ちなみにシート高が30mm下がるローシートも純正アクセサリーに揃えられている。
乗車姿勢をとるとハンドルまでの距離が遠過ぎず、幅も広過ぎず、そのフレンドリーなライディングポジションに好感がもてる。決して大柄ではない体格の筆者が乗っても、自分の手の内に納まる程良い大きさ感覚に好印象を覚えた。
42度の切れ角を持つステアリングをフル操舵するのも自然に扱えてしまい、実際林道で小回りUターンする時も楽だった。
小ぶりなウインドスクリーンは適度なウインドプロテクション効果と、積極的にオフロード走行したい時にライディングの邪魔をしないデザインに程良さが感じ取れる。
そして何よりも、上体の起きた姿勢で前方を広く見渡せるライディングポジションがツアラーに相応しい快適な乗り味を提供してくれ、全対に落ち着きも感じられる心地よさが素晴らしい。     

下の一覧に示すライディングモードはフルパワーのSPORTで走行。その他にも3種類が選択できるが、自分が所有した場合は、主な使い方を吟味した上で、自分好みにプリセットができるUSERモードを使うだろう。またRAINはタンデム走行で積極的に活用すると思えた。
エンジンパワーは過激さこそないが、穏やかに感じられる出力特性が好印象。断っておくがパワー不足はない。600Vよりもショートストローク化されたツインエンジンは、レッドゾーンの10,000rpmまで何のストレスもなく綺麗に吹き上がる。前後にレイアウトされたバランサーウエイトの効果は絶妙で、不快な振動は皆無。スロットルレスポンスは軽妙かつスムーズで実に扱いやすい。エンジン回転は軽快で伸びも良いのに、どの回転域でも適度な穏やかさが伴う。落ち着いた気持ちでクルージングできるし、ダートでの微妙なスロットルワークも扱いやすいものだった。
発進時にクラッチミートする2,000rpm付近までは穏やかながら、それを超えるとトルクも頼り甲斐のある太さを実感日常的には5,000rpmにも満たない範囲で峠道でも悠々と駆け抜けてしまうことだろう。
クイックシフターも操作フィーリングが小気味よい。発進後から停止に至るまでは、ノークラッチ操作が許されるのだからロングツーリングでも快適性向上は間違いないのである。
なお、ローギアで5,000rpm回した時のスピードは38km/h。6速トップギアで100km/hクルージング時のエンジン回転数は3,600rpm程度だった。

荒れた路面も十分な衝撃吸収性を披露するフットワークの良いサスペンションも優秀。前後にプリロード調節が装備され、タンデムや荷物満載までの対応も十分成された模様。 記者は体重が軽いので、ギャップによってはややゴツゴツと固く感じられるケースもあったが、前後サスペンションはスムーズに作動し、このタイプのバイクとしてはストロークも十分なものと感じられた。
一番魅力的だったのは、終始ゆったり感のある乗り味。操縦性の素直さも特筆物だが、バイクの挙動は常に落ち着きがある。直進安定性、コーナーに向けて倒し込んで行く時の動きもしかり。
それでいて旋回性も高いし、走行ラインを変更できる自由度もある。さらにエンジンの出力特性も相まって、常に悠然とした乗り味を楽しめるところに、改めてトランザルプの魅力が感じられた。

クランク軸前後に位置する赤い部分がバランサーとして機能している。
性能曲線図に回転数のスケールはなく、あくまで出力特性のイメージが表現されている。(緑線の回転数は諸元値を示す。)

足つき性チェック(身長168cm / 体重52kg)

標準シート
ローシート…….33,660円
標準シート
ローシート
写真左列、標準のシート高は850mm。通常の使い方でバイクを支えるのに支障は無い。目線の高さやステップとの位置関係は標準シートが適切で快適だ。
写真右列、ローシートの高さは820mm。写真では大差無いように見えるが、指の付け根でしっかりと接地でき、バイクを支える時の安心感は大きい。

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著者プロフィール

近田 茂 近影

近田 茂

1953年東京生まれ。1976年日本大学法学部卒業、株式会社三栄書房(現・三栄)に入社しモト・ライダー誌の…