カーデザイン界での学びをプロダクトに : ラヴァッツァR&Dのフロリアン・ザイドルFlorean Seidl氏に聞く  Lorenzo’s perspective Vol.8

Florian Seidl, Design Manager at Lavazza R&D, at the company’s headquarters museum in Turin.
イタリア・シエナ在住の大矢アキオ・ロレンツォさんのコラムVol.8
イタリアンコーヒーの老舗ブランドLAVAZZAが発表した新しい独自の手法をもったエスプレッソコーヒーシステム「タブリTablì」のデザインについて、元フィアットのシニア・エクステリアデザイナーだったフロリアン・ザイドル氏にお話をお聞きします。
TEXT : 大矢アキオ ロレンツォ
Photo : Akio Lorenzo OYA / Luigi Lavazza S.p.A.

ボンジョルノ!在伊ジャーナリストの大矢アキオ ロレンツォです。

読者諸氏は「ラヴァッツァ Lavazza」の名前をお聞きになったことがあるでしょう。130年の歴史を誇るイタリアン・コーヒーのブランドで、フィアットと同じトリノを創業の地としています。今回は同社のインハウス・デザイン部門を率いるフロリアン・ザイドル氏のお話をお届けします。

トリノの味は宇宙まで

2025年4月のミラノ・デザインウィーク期間中、公文書館の中庭に直径18メートルの茶色い円筒形パビリオンが出現しました。そこで披露されていたのは、ラヴァッツァによる新エスプレッソ・コーヒーシステム「タブリTablì」。100%コーヒーで作られたタブレットを専用マシーンに装填する画期的製品です。従来のようにアルミやプラスチック製カプセルを用いないので、環境負荷が極めて低いのが特徴。会場前には連日、数百メートルの列ができました。

2025年4月、ミラノ・デザインウィークで、ラヴァッツァは公文書館を舞台にした(写真左)。その中庭に設営されたパビリオン「Source of Pleasure」。デザインはブラジル人デザイナー、ジュリアナ・リマ・ヴァスコンチェロスによる。(写真右: Lavazza) 
ラヴァッツァ「タブリ」用エスプレッソ・マシーン(写真左: Lavazza)。 ラヴァッツァ・タブリは、アルミやプラスチック製カプセルを用いない新しいエスプレッソ・コーヒー用システム。

ラヴァッツァとは

まずはラヴァッツァの歴史から。1895年、ルイージ・ラヴァッツァがトリノで開業した小さな食料品店に始まります。 彼はコーヒー豆の原産地や特徴をつぶさに研究し、顧客の好みに合わせてブレンドする技術を考案しました。 当時の調合は、今日のラヴァッツァ製品の基礎になっています。1927年、ルイージは家族と共に法人化。 ほぼ同時期、コーヒーの芳香を保つため、二重の紙層からなる包装「ペルガミンPergamin」を導入して人気を博しました。 
ラヴァッツァは、CIや広告の重要性にいちはやく着目した企業でもありました。1947年には、ミラノのアエロストゥディオ・ボルギAerostudio  Borghiがデザインしたロゴを制定。中央の「A」が強調されたそれは、モディファイが加えられながら78年後の今日まで継承されています。

トリノのラヴァッツァ本社ミュージアム(左)。ロゴは1947年に制定されたものを基本としている。Aの文字はエスプレッソ用のデミタスカップを反転させた姿を想起させる(中)。ラヴァッツァの商品「カフェ・パウリスタ」の包装と同色の「アウトビアンキ・ビアンキーナ」パネルバン(右)。

やがてイタリア最大のコーヒー企業に成長。 1965年にはヨーロッパ最大の焙煎工場をトリノ郊外に開設しました。1971年には真空パック包装を導入しています。

初期のテレビCMで宣伝に用いられた「カバレッロ&カルメンチータCabarello & Carmencita」。熟年以上のイタリア人なら誰もが知るキャラクターである。1965年。(写真左) モカといわれるエスプレッソ沸かし「カルメンチータCarmencita」は、イタリア・デザイン史に名を残すマルコ・ザヌーゾが、前述の宣伝キャラクターの形状から着想を得た。1979年。(写真右)

2015年には、国際宇宙ステーションに初のエスプレッソ・マシーンを供給。参考までに2011年からグループCEOを務めているアントニオ・バラヴァッレAntonio Baravalle氏は、かつてアルファ・ロメオのCEOも務めた人物です。2018年にはトリノに企業ミュージアムを併設した新本社「ヌーヴォラ・ラヴァッツァ」を開館。2025年現在、グループは140の国と地域に展開し、年間売上高は33億ユーロ以上に及びます。

2007年に投入した本格的な家庭用エスプレッソ・マシーン「ア・モード・ミオA modo mio」(左)。 「ストゥディオ01デザイン」によるア・モード・ミオのスケッチ(中)。 国際宇宙ステーション(ISS)用エスプレッソ・マシーン。2015年にイタリア人宇宙飛行士が初めて使用した(右)。

“コーヒー界のフィアット”

ラヴァッツァのR&D部門でデザインマネジャーを務めるフロリアン・ザイドル氏は、リンツ芸術産業デザイン大学Universität für künstlerische und industrielle Gestaltung Linzで工業デザインを専攻、英国ロイヤル・カレッジ・オブ・アートのヴィークル・デザイン科で修士号を取得しました。その後2008年からフィアットでシニア・エクステリアデザイナーとして自動車開発に従事。3代目「パンダ」「パンダ・クロス」「500L」「500(2013および2015モデルイヤー)」、そして「500X」など、人気車種のデザイン開発に参画しました。その後教職を経て2015年から現職にあります。

転職のきっかけは?との質問に、「ラヴァッツァがインハウス・デザインの強化を模索していた時期に合致したのです」と説明してくれました。参考までにラヴァッツァは、1995年にはピニンファリーナ・デザインの小型マシーン「エスプレッソ・ポイント」を発売するなど、プロダクトデザインに関しても高い理解があった企業でした。

ザイドル氏が最初に手掛けたのは、一貫したデザイン思想に基づいたファミリー・フィーリングの構築だったと振り返ります。マシーン上部のリング状ボタンは、そのひとつです。さらに家庭用エスプレッソ・マシーン「デセーアDeséa」の造形について、ザイドル氏は説明します。
「筐体の下部から上に向かった視線は、ショルダーラインとの境界で止まります」。ここからは筆者の見解ですが、そこに見られる視覚的緊張と弛緩は、ザイドル氏がフィアット時代に手掛けた500Lのエクステリア・デザインと共通します。

1: iFデザインアワード2017を受賞したカプチーノ用ミルク泡だて器「ミルクアップMilkUp」のレンダリング。(Lavazza R&D)  
2: ラヴァッツァ「デセーア」エスプレッソ・マシーン。iFデザインアワード2019受賞。(photo : Lavazza)  
3: ある製品の底部。DESIGNED WITH LOVE BY LAVAZZA ITALYの文字が。 
4: デセーアのレンダリング。(Lavazza R&D)

スタッフは現在、ザイドル氏も含め6名体制(デザイナー、エイリアス担当、モデラー)です。開発期間は初期段階のスケッチから2年が一般的と説明します。
約8年にわたるフィアットでの在職経験は、あなたに何をもたらしましたか?との質問に、ザイドル氏は「チームワーク、そしてサプライヤーとの協調です」と答えます。「もちろん、エンジニアとの強調も欠かせません」。今回ミラノで公開したタブリも、ラヴァッツァR&Dでエンジニアリング部門を率いるマルコ・サルディMarco Sardi氏との協調の成果です。
ザイドル氏は、さらに古巣フィアットとの共通点をこのように表現してくれました。「私たちラヴァッツァの製品が目指すのは、“ブガッティではなくフィアット”。すなわちあらゆる人々の手に届く製品です」。そしてこう付け加えました。「同時にフレンドリー、アニマ(魂)、官能性といったアイデンティティに心血を注ぎ、細部を詰めるところは、まさにイタリア車と共通しているのです」

ラヴァッツァ・タブリ用エスプレッソ・マシーン。ザイドル氏によれば、スライド式蓋の形状はコーヒー豆をユーザーに想起させることを意図している(左)   タブリ用コンテナも生分解性素材が用いられる(右)。

今回のミラノで公開された新システム・タブリは、従来のプロダクトより長い5年間にわたる研究と15以上の特許取得の末に誕生しました。ザイドル氏によれば、スライド式蓋の形状はコーヒー豆をユーザーに想起させることを意図したとのこと。対してサルディ氏は「その部分の開発こそ、メカニズム的・操作感双方でもっとも実現に苦労した部分です」と振り返ります。

ミラノ・デザインウィーク2025のラヴァッツァ会場で。スライド式蓋について語るザイドル氏。

タブリは、引き続き試験と改良を経て市場に投入されます。それを機に、さまざまなデザイン・アワードでザイドル氏率いるインハウス・スタジオに注目が集まるに違いありません。

それでは皆さん、次回までアリヴェデルチ(ごきげんよう)!

ラヴァッツァR&Dのエンジニアリング部門でリーダーを務めるマルコ・サルディ氏(左)と。

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著者プロフィール

大矢アキオ ロレンツォ (Akio Lorenzo OYA) 近影

大矢アキオ ロレンツォ (Akio Lorenzo OYA)

在イタリア・ジャーナリスト。国立音大ヴァイオリン専攻卒業。京都造形芸術大学(現・京都芸術大学)大学院 …