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ボンジョルノ!在伊ジャーナリストの大矢アキオ ロレンツォです。
読者諸氏は「ラヴァッツァ Lavazza」の名前をお聞きになったことがあるでしょう。130年の歴史を誇るイタリアン・コーヒーのブランドで、フィアットと同じトリノを創業の地としています。今回は同社のインハウス・デザイン部門を率いるフロリアン・ザイドル氏のお話をお届けします。
トリノの味は宇宙まで
2025年4月のミラノ・デザインウィーク期間中、公文書館の中庭に直径18メートルの茶色い円筒形パビリオンが出現しました。そこで披露されていたのは、ラヴァッツァによる新エスプレッソ・コーヒーシステム「タブリTablì」。100%コーヒーで作られたタブレットを専用マシーンに装填する画期的製品です。従来のようにアルミやプラスチック製カプセルを用いないので、環境負荷が極めて低いのが特徴。会場前には連日、数百メートルの列ができました。


ラヴァッツァとは
まずはラヴァッツァの歴史から。1895年、ルイージ・ラヴァッツァがトリノで開業した小さな食料品店に始まります。 彼はコーヒー豆の原産地や特徴をつぶさに研究し、顧客の好みに合わせてブレンドする技術を考案しました。 当時の調合は、今日のラヴァッツァ製品の基礎になっています。1927年、ルイージは家族と共に法人化。 ほぼ同時期、コーヒーの芳香を保つため、二重の紙層からなる包装「ペルガミンPergamin」を導入して人気を博しました。
ラヴァッツァは、CIや広告の重要性にいちはやく着目した企業でもありました。1947年には、ミラノのアエロストゥディオ・ボルギAerostudio Borghiがデザインしたロゴを制定。中央の「A」が強調されたそれは、モディファイが加えられながら78年後の今日まで継承されています。

やがてイタリア最大のコーヒー企業に成長。 1965年にはヨーロッパ最大の焙煎工場をトリノ郊外に開設しました。1971年には真空パック包装を導入しています。

2015年には、国際宇宙ステーションに初のエスプレッソ・マシーンを供給。参考までに2011年からグループCEOを務めているアントニオ・バラヴァッレAntonio Baravalle氏は、かつてアルファ・ロメオのCEOも務めた人物です。2018年にはトリノに企業ミュージアムを併設した新本社「ヌーヴォラ・ラヴァッツァ」を開館。2025年現在、グループは140の国と地域に展開し、年間売上高は33億ユーロ以上に及びます。

“コーヒー界のフィアット”
ラヴァッツァのR&D部門でデザインマネジャーを務めるフロリアン・ザイドル氏は、リンツ芸術産業デザイン大学Universität für künstlerische und industrielle Gestaltung Linzで工業デザインを専攻、英国ロイヤル・カレッジ・オブ・アートのヴィークル・デザイン科で修士号を取得しました。その後2008年からフィアットでシニア・エクステリアデザイナーとして自動車開発に従事。3代目「パンダ」「パンダ・クロス」「500L」「500(2013および2015モデルイヤー)」、そして「500X」など、人気車種のデザイン開発に参画しました。その後教職を経て2015年から現職にあります。
転職のきっかけは?との質問に、「ラヴァッツァがインハウス・デザインの強化を模索していた時期に合致したのです」と説明してくれました。参考までにラヴァッツァは、1995年にはピニンファリーナ・デザインの小型マシーン「エスプレッソ・ポイント」を発売するなど、プロダクトデザインに関しても高い理解があった企業でした。
ザイドル氏が最初に手掛けたのは、一貫したデザイン思想に基づいたファミリー・フィーリングの構築だったと振り返ります。マシーン上部のリング状ボタンは、そのひとつです。さらに家庭用エスプレッソ・マシーン「デセーアDeséa」の造形について、ザイドル氏は説明します。
「筐体の下部から上に向かった視線は、ショルダーラインとの境界で止まります」。ここからは筆者の見解ですが、そこに見られる視覚的緊張と弛緩は、ザイドル氏がフィアット時代に手掛けた500Lのエクステリア・デザインと共通します。

2: ラヴァッツァ「デセーア」エスプレッソ・マシーン。iFデザインアワード2019受賞。(photo : Lavazza)
3: ある製品の底部。DESIGNED WITH LOVE BY LAVAZZA ITALYの文字が。
4: デセーアのレンダリング。(Lavazza R&D)
スタッフは現在、ザイドル氏も含め6名体制(デザイナー、エイリアス担当、モデラー)です。開発期間は初期段階のスケッチから2年が一般的と説明します。
約8年にわたるフィアットでの在職経験は、あなたに何をもたらしましたか?との質問に、ザイドル氏は「チームワーク、そしてサプライヤーとの協調です」と答えます。「もちろん、エンジニアとの強調も欠かせません」。今回ミラノで公開したタブリも、ラヴァッツァR&Dでエンジニアリング部門を率いるマルコ・サルディMarco Sardi氏との協調の成果です。
ザイドル氏は、さらに古巣フィアットとの共通点をこのように表現してくれました。「私たちラヴァッツァの製品が目指すのは、“ブガッティではなくフィアット”。すなわちあらゆる人々の手に届く製品です」。そしてこう付け加えました。「同時にフレンドリー、アニマ(魂)、官能性といったアイデンティティに心血を注ぎ、細部を詰めるところは、まさにイタリア車と共通しているのです」

今回のミラノで公開された新システム・タブリは、従来のプロダクトより長い5年間にわたる研究と15以上の特許取得の末に誕生しました。ザイドル氏によれば、スライド式蓋の形状はコーヒー豆をユーザーに想起させることを意図したとのこと。対してサルディ氏は「その部分の開発こそ、メカニズム的・操作感双方でもっとも実現に苦労した部分です」と振り返ります。

タブリは、引き続き試験と改良を経て市場に投入されます。それを機に、さまざまなデザイン・アワードでザイドル氏率いるインハウス・スタジオに注目が集まるに違いありません。
それでは皆さん、次回までアリヴェデルチ(ごきげんよう)!
