Xiaomi のデザイン:Xiaomi EV デザインヘッド 兼 Xiaomiグループ デザイン委員会副主席 ソーヤ・リー氏に聞く

Xiaomiの魅力:新しい道を切り拓くために

難波 治編集長(以下難波):今、アジアでは特に中国の新興EVメーカーの勢いが凄いですね。とてもエネルギッシュで、しかも成功しています。その中でも私はXiaomiのようなEVのスタートアップのような会社にとても注目しています。これまでの自動車メーカーとは全く違うアプローチをしているブランドですから、今日は「その中身はどうなっているのか?」という点をしっかりお聞きしたいと思っています。

まずは、リーさんのご経歴を教えていただけますか?

ソーヤー・リー Xiaomi EV デザインヘッド デザイン委員会副主席(以下リー氏):はい。少し長くなってしまうかもしれませんが…。私はもともと大学では自動車デザインを専攻していたわけではなく、工業デザイン(インダストリアルデザイン)を学んでいましたがクルマが好きだったのでクルマの絵ばかり描いていました。2009年に中国の大学を卒業し、幸運にも中国国内で自動車デザインの仕事を得ることができました。最初に入社したのは中国のローカル企業で、その後、フランスのPSA(プジョー・グループ)に転職しました。

プジョーでは、初めてフルスケールのモデルを手がけたのが2008年のコンセプトカー(アーバンクロスオーバーコンセプト)で、EXTERIORデザインの最初から最後まで携わりました。これが私にとって初の“車両全体のデザイン”に携わった仕事であり、重要な経験になりました。

2012年にはBMWの中国法人である「デザインワークス上海」が設立されたタイミングで、私は初の中国人エクステリアデザイナーとしてそこに加わりました。その後2016年にドイツ・ミュンヘンのBMW本社に異動になり、そこでiXやコンセプトカーの i ビジョン サーキュラー、7シリーズのコンセプトカーなどを手掛けました。

プジョーやBMWで長く働いている中で感じていたのは、「中国の自動車業界の進化スピードは非常に速い」ということでした。BMWのような大きな会社ではなかなか新しいトライがしにくいところがあるのですが、XiaomiやXPENG(小鵬汽車)は新しいチャレンジを難なくやってのけるのを見ていて自分としてももっと新しい視点からクルマのデザインを見直したいという思いがありました。

ちょうどその頃、Xiaomi(小米)やNIOなど、テック企業が自動車産業に参入し、まったく新しい角度から工業製品を捉え直そうとしていた時期でした。そんな中で、Xiaomiから声がかかり、「テック企業がクルマをつくるとどうなるか?」を体験できるチャンスだと思い、BMWを離れてXiaomiに加わる決意をしました。それが2021年のことです。この8月でちょうど丸4年になります。

私がXiaomiに入った当時は、チームは8人ほどしかおらず、上海のオフィスビルディングの会議室の一室で仕事が始まりました。そこから今では、デザインチームは100人以上の規模に拡大しています。それから4年、SU7のデザインから、第2モデル(YU7)の開発にも取り組んでいて、現在はXiaomiのデザイン全般を統括する立場にいます。

難波:なぜ、数ある選択肢の中でXiaomiを選ばれたのでしょうか?

リー氏:やはり最大の魅力は、「Xiaomiが自動車メーカーではなくテック企業である」という点でした。それまではずっと伝統的な自動車メーカーで働いてきましたが、今度はプロダクトを中心とした“テック企業”が、クルマをどう捉え、どう形にするのかを体験してみたかったのです。

たとえば「もしAppleがクルマを作ったらどうなるのか?」とよく言われますよね。小米も同じように、テクノロジーの知見をベースにしてクルマを構想する。そこにとても強く惹かれました。

難波:中国には既に多くの自動車メーカーがあり、国営の大手企業もありますが、あえて“Xiaomi”という新興かつ民間の会社を選んだのは、やはり「新しいことをやりたい」という気持ちが強かったということでしょうか?

リー氏:はい、まさにそのとおりです。デザイナーの本能として、常に新しいことに挑戦したいという思いがあります。だから、保守的な国営メーカーではなく、まったく異なる性格を持つ企業を選びました。新しい道を切り拓く環境に身を置きたかったんです。

ドリームカーを創る

難波:では、Xiaomiで「SU7」という第一号車を開発する中で、Xiaomiという企業ブランドと、SU7という具体的な製品との関係はどう築いていったのですか? たとえば、雷軍(レイ・ジュン)CEOから「こういうクルマをつくりたい」という指示があったのか、それともデザインチームから提案を出して、彼が承認していくスタイルだったのか。そのあたりの“開発のバランス”はどうなっていましたか?

リー氏:まず前提として理解していただきたいのは、Xiaomiという会社は“テック企業”であって、その思考法が従来の自動車メーカーとはまったく異なるということです。製品の定義、開発の進め方、さらにはデザインという要素に対する考え方——そのすべてが異なっていました。

私たちのチーム構成自体が特異でした。チームの半数以上はXiaomi出身、つまり自動車業界の経験がなく、スマートフォンやOSなどの開発経験を持つ人たちでした。一方で、残りのメンバーは、自動車メーカー出身者。例えば私のように、フルモデルの車両開発を経験した者たちです。このふたつの文化の融合が、最初の大きな課題でした。

ですから、開発初期には、「誰かがトップダウンで目標を決める」ということはありませんでした。むしろ、“テック出身者”と“カーデザイン出身者”が一緒になって、「そもそもどういうクルマをつくるべきか?」という議論から始まりました。その議論を通して、お互いの思考法や言語、開発プロセスの違いを理解していく——。そういった“融合”に、最初の3か月から半年ほどの時間を費やしました。

具体的に、いくつもの企画を議論しました。スポーツカーにすべきか? ラグジュアリーにすべきか? それとも、もっとユーティリティに優れたモデルにすべきか? その方向性が決まったのは、約3か月後のことです。

最終的に私たちが選んだのは、自分たちが最もよく理解している“ユーザー層”を起点とするアプローチでした。私たちはスマートフォンやIoT製品で、すでに非常に大きなカスタマーベースを持っています。だからこそ「そのユーザーが求めるクルマとは何か?」という視点が、自然に導かれたのです。

もし、まったく別の市場セグメント(例えば既存の高級車市場など)に向けて製品を企画していたら、そこに対する理解が浅いため、的確な判断ができなかったでしょう。しかし、自分たちのユーザー、自分たちの製品哲学を深く理解している相手に向けたクルマなら、的確なニーズ分析ができます。つまり、「誰のためにつくるのか」が明確だったのです。

難波:なるほど。外から見ていても、Xiaomiの強みはやはり「自分たちのユーザーをすでに持っていること」だと思って見ていました。皆さんと同じ年代で、同じような生活スタイルを指向する年代の人たちだったらこういうのは絶対欲しがるはずだというストーリーがあったように。そのユーザー自身が欲しいと思うクルマをつくればいい。結果として、クルマの発表時にも若い世代を中心に“刺さる”反応が得られていたように見えました。
実に戦略的で、その戦略もよく分かってやってらっしゃるように思っていました。

リー氏:まさにそのとおりです。私たちは開発の初期段階で、チーム全員が集まって「自分が本当に欲しいクルマって何だろう?」という問いを深く掘り下げる、いわば“21日間の合宿”のようなワークショップを行ないました。

このプロセスでたどり着いたのが、「Dream Car(夢のクルマ)」というキーワードでした。これは、あとづけでマーケティング用に作ったキャッチフレーズではありません。社長自身も含めて開発チームが本気で「自分たちが乗りたい」「自分たちの心を動かす」を考え抜いた末に出てきた、真の想いなのです。

「自分たちが心から欲しいと思えるものをつくる」。エンジニアも、デザイナーも、マネージャーも、すべての職種の人間が、それぞれの専門性の中で「自分が心から納得できるか?」を大切にしていました。だから、ただの“ターゲットユーザー向けの製品”ではなく、「自分たちの分身としての製品」だったのだと思います。

ソーヤ・リー氏(Sawyer Li :李田原):Xiaomiデザインヘッド兼デザイン委員会副主席

Xiaomiのスタイリング戦略

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難波:Xiaomiの初のクルマであるSU7のスタイリング戦略は、どのように最初に設定されたのですか?

リー氏:この問題を理解するには原点に戻る必要があります。まず前提として、Xiaomiという企業自体は、すでにスマホなどの分野では成熟しており、成長のステージで言えば「1→100」あるいは「100→1000」に近い段階にあると言えます。
ですが、自動車という分野においては、Xiaomiは“完全な新規参入者”です。私たちは自分たちを「0→1」のフェーズにあると認識しています。つまり、まずは“入り口に立つ”ことが最大のミッションなのです。

また、私たちは他社に比べて5〜6年ほど参入が遅れました。そしてXiaomiにとって最も重要な1台目であり、初めての製品を市場に送り出すためには、「受け入れられること」「メイン市場に一気に入り込むこと」が最も重要な要件になります。そのため、私たちはデザインにおいても、独自な見え方ではなく、過度に前衛的でもなく、誰にも簡単に受け入れてもらえて、“美しく、時を経ても色褪せない”タイムレスなデザインを目指しました。このタイミングで、市場に“受け入れられる”ことが最も大切だったのです。

では、私たちは「革新性(イノベーション)」を放棄したのか?というと、まったくそうではありません。外観を変化させるだけがイノベーションでは無いと考えていて、Xiaomiはおそらく世界で唯一、“自社でハードウェア(スマホ・家電)を開発しながら、自動車をつくるテック企業”です。その強みを活かして、クルマとスマートフォン、家庭のIoTデバイスをシームレスに接続する、というまったく新しいUXを提供することもイノベーティブの方法だと考えているのです。

具体的には、私たちは非常に完成度の高い独自OSを持っています。このOSと連携することで、クルマは単なる移動手段ではなく、“人・クルマ・家”をつなぐハブになれる。エアコンや照明、音楽、家電すべてがクルマと連動するような世界が実現します。

つまり、外から見れば「クラシックで整ったクルマ」に見えても、いざ使ってみると、「これまでにない未来的な体験」がそこにある——。この“表と裏のギャップ”こそが、Xiaomiらしいイノベーションだと私は思っています。

“専門家こそがラストパーソン”

難波:(先ほどの話に戻って)その“21日間のワークショップ”では、経営陣、特に雷軍CEOともかなり深く連携していたと聞いています。やはり、トップマネジメントとのコミュニケーションは、このプロジェクトにおいて非常に重要だったのでしょうか?

リー氏:そのとおりです。雷軍CEO自身が、その21日間の議論に参加してくれました。彼は他の会議をキャンセルして、毎回のセッションに顔を出した上、「ここまで議論が深まっているとは」と驚いていました。つまり、単に上からの指示ではなく、“本当の意味での共創”がこのプロジェクトの土台になっていたのです。

こうしたテック企業×プロダクト開発×ユーザー視点という三位一体の考え方こそが、XiaomiがSU7で示した最大のオリジナリティであり、“0→1”を実現できた理由だと思っています。

難波:他のメーカーと比べても、Xiaomiはまったく異なるデザイン開発スタイルをとっているのですね。

リー氏:本当に全然違います。普通の会社だと、デザイン案を一度出して、それがダメならやり直すというプロセスが一般的です。

でもXiaomiでは、雷軍CEOが私たちと一緒に座って議論を重ねます。彼には強い信念もありますが、同時に私たちの意見にも深い敬意を払ってくれます。私たちの意見と彼の意見を、何度もテーブルの上に出して、とことん議論します。それは一種の“交流”であり、“相互理解”のプロセスです。

難波:つまり、対等な立場でのやり取りなのですね。デザイナーにとってとても幸せな会社だと思います。

リー氏:Xiaomiという会社自体が、そういう意味でも非常に恵まれていると感じています。ただ、これは諸刃の剣でもあります。雷軍CEOが我々の意見に同意してくれた時はスムーズですが、意見のすり合わせに時間がかかる時もありますし、小さな衝突も少なくありません。

雷軍CEOがよく言う言葉に「専門家こそが、その分野の“門番(ラストパーソン)”である」というものがあります。つまり、私たちデザイナーが、デザイン領域の責任者であり、最終判断者でなければならない、と。たとえCEOが違う判断をしようとしても、我々はそれに異を唱える義務がある。だからXiaomiでは“3回ルール”があります。専門家として3回異議を唱えた上で、それでもCEOが意思決定した場合、その責任は彼が取る。しかし、専門家としての助言を怠った場合は、私たちが責任を負う——それくらいデザイナーの意見が重視されています。

難波:それだけデザイナーと経営者の距離が近いのは幸せですね。経営者が考えていることをデザイナーがどれだけ引き出せるか、ということはとても重要なことです。そうじゃないと、デザイナーが表現できません。それがこんなに近い関係で可能だということは、Xiaomiは良い会社だと思いますね。

リー氏:本当にそうです。そして、デザイナーにとって最も重要なのは、例えばCEOが語る「トレンド」や「製品像」の本質をどう理解し、それをどうデザインに変換していくかです。その距離が近いからこそ、深く理解するチャンスがある。それは大きな強みです。CEOとの共創で印象的なのは、彼が非デザイン系出身であるがゆえに、私たちとは異なる視点を持っているということです。彼は本質的な問いから発想します。たとえば、商業的・構造的・機能的な要件を軸に考えるので、私たちデザイナーが見落としがちな視点を与えてくれます。それはとても刺激的です。

Xiaomi SU7 Ultra
Xiaomi SU7 Ultra

全体の成功がすべて

難波:このSU7のデザインに決まるまでは、色々と紆余曲折があったのでしょうか?

リー氏:初期のデザインはまったく異なるものでした。全体のプロポーションも大きく変わっています。最終的な形に至るまで検討期間もあり、それぞれデザインの視点や製品定義(プロダクトデフィニション)の視点、そして市場投入時の商業的条件といったすべてを、一緒に探して同時に突き詰めた結果です。

難波:ということは、それぞれの段階でデザイン案を出して、それを見て、違うとなればやり直して…という繰り返しだったのでしょうか?

リー氏:いえ、Xiaomiのやり方は少し違います。初期の段階では複数案を出して、CEOに選んでもらう方式をとっていましたが、ある時点から彼が言ったのです。「君たちが“正しい”と信じる案を2〜3案に絞って見せてくれ」と。つまり、無目的に試すのではなく、まず“共通言語”をすり合わせてからデザインを進める——そこが特徴です。

難波:そうは言っても、見た目だけでなくパッケージやエンジニアリングの課題もありますよね。その点はタフなやりとりとなりましたか?

リー氏:そのとおりです。特にEVでスタンスを低く保ち、大径タイヤを履くというのは、技術的に大変難しい。低床化すればバッテリーとの干渉が生まれますし、大径タイヤはコストも重量も嵩みます。開発チームとの間で多くの衝突がありました。エアロダイナミクの方でもいろんな厳しい目標がありますので、やっぱそこら辺が厳しいですね

でもXiaomiでは、製品開発において“共通認識(コンセンサス)”を最も大切にしています。「全体の成功がすべて」であり、「部門ごとの目標達成」ではありません。例えば、「低いスタンス」を最優先キーワードにすれば、人間工学チームもそれを前提に考え直します。そうした共通認識があるからこそ、全体最適が実現できるのです。そして会社の成功が1つ1つの部門〜みんなの部門の成功に繋がる。これが重要なのです。

Xiaomi 上海デザインスタジオにて:中央がソーヤ・リー氏(Sawyer Li :李田原):Xiaomiデザイン委員会副主席。その右側がシニアデザインディレクターの武藤晨一氏。右端がCar Styling China の王 洪浩氏

“自動車メーカーとしての第一歩”として世に出す覚悟

:YU7のインテリア

難波:では、ちょっとクルマの近くに移動してお話を続けましょう。バッテリーが床下にあるとヒップポイントが上がり、そうするとアイポイントもあがってどうしても全高は高くなります。そうなるとタイヤも大きくしなければならない。EVならではのバッテリーを収める難しさもある中で、SU7のプロポーションは非常にバランスが良く見えますね。

リー氏:ありがとうございます。実際、エクステリアのデザイン作業の60%はプロポーション調整に費やされました。そのために、バッテリーパックの薄型化(CTB=セル・トゥ・バッテリーの採用)だったり、ボディ下部をブラックアウトしたりと、色々な手法を採っています。また、後席は足元スペースを最大化するためにシートの座面高さや背もたれの角度、座面の長さ、クッションの硬さまで何度も調整しました。小さなスツールのような座り心地にならないように、人間工学的な快適性にも細心の注意を払いました。

難波:ちょっと座ってみてもいいですか。…なるほど、ガラスルーフの採用も後席のヘッドクリアランス確保に役立っているのがわかります。フロア高はICE(内燃機関車)より若干高くて、やや後傾する座り方になりますが、スポーティセダンだからそれほど気にはならないですね。ルーフのピークの位置は思ったよりも高い。だからここからなだらかに後ろにスロープしても頭上のちょうど良いところをとおるのか。

リー氏:おっしゃる通りでここにブレークを設けたくはなかったんですね。気持ちいい線で後ろまで通したかったので、、やはりここを少し高くして、1本のカーブで通しました。

難波:次に、インパネのデザインについてお伺いします。
インパネがモニター中心になっていくと、いわゆるそれまでの「ザ・インストメントパネル」というデザインではなくて、フラットなテーブルがあればいいっていうようなデザインになっているクルマが多いのですが、SU7はそうではなく割と造形感っていうのがあって、そこが「クルマらしい」趣を醸し出していますね。あの大きなセンターディスプレイを中心に据えたレイアウトは、やはり最初から画面を優先した設計だったのですか?

リー氏:はい。あの大型ディスプレイをいかに自然に内装に融合させるかが、非常に大きなチャレンジでした。当初は細長い横型ディスプレイや湾曲ディスプレイも検討しましたが、最終的に選んだのは16:9のスタンダードな比率のもの。これは、スマートフォンや家電などのエコシステムと接続・拡張性を高めるという目的からです。異なるプラットフォームのアプリも表示しやすい比率になっています。
ですが、このサイズのディスプレイはクルマのインテリアとの統合が非常に難しい。そこで私たちは、インパネを“机のような水平面”に見立て、ディスプレイを三分割されたテレビ画面のように配置しました。また、スポーティなクルマではありますが、ドアやインパネのロワ部を掘ったりして、室内スペースを稼ぐようにデザインしています。

Xiaomi SU7 Ultra

難波:SU7のユーザーには、車内でどんなことをして楽しんでもらいたい、と考えてデザインされたのでしょうか?

リー氏:最初に考えたのは「ユーザーと車のインタラクションがどんな場面で起こるか」。そして次に、「どんなユーザーがこの車を使うか」。すでにEVに慣れている人もいれば、まだガソリン車に乗っている人も少なくありません。その両者にとっての“痛点”——つまりEVに乗り換える際の違和感、あるいはEVからガソリン車に戻れない理由——を検討しました。
例えば「物理スイッチは必要か?」という議論は社内でも非常に白熱しました。XiaomiはITカンパニーでもありますから、当然「操作はすべて音声やタッチにすべき」という意見がありました。しかし、最終的に私たちは“物理スイッチを残す”という選択をしました。結果として、ガソリン車から乗り換えたユーザーが違和感なく操作でき、EVユーザーにとっても“クルマを楽しむ接点“という感覚をもたらしました。

難波:なるほど。EVだからといってガジェットではなく、スポーツカーとして違和感のない本格的な“クルマ”につくり込まれていますね。

Xiaomi SU7 Ultra

リー氏:SU7の内装を見た瞬間に、単に大画面を置いた“電気製品”ではなく、きちんとした“クルマ”になっていると感じていただけたなら、それは私たちの狙いどおりです。

開発中も「いいクルマとは何か?」を何度も問い直しました。他メーカーのEVと比べると、パッと見ではそれほど新しいカタチではないかもしれません。開発中の社内では「一番ガソリン車に近いEV」という声もありましたが、私たちは、SU7を“スマホの延長”としてではなく、“自動車メーカーとしての第一歩”として世に出す覚悟で開発していました。

難波:おっしゃった意図はよくわかります。実際、エクステリアもインテリアも、“クルマ”の領域を守ってデザインされていますね。

:YU7のエクステリア

ランプデザインについて
新しい世代のクルマはライト類のデザインが重要になると思いますが、SU7もかなりこだわられたのでは?

リー氏:ライトに関しては、開発の最初から非常に重要なテーマとなっていました。特に「EVらしさとは何か?」という点で、細くて鋭いライト形状にした方がいいのか、議論を行ないました。

しかし、私たちはあえてそうしませんでした。理由のひとつは、すでに細長いライトが“流行りすぎて”いて、埋もれてしまうからです。発表のタイミングで市場にあふれてしまっては意味がない——つまり“同質化”を避けたかったのです。

そこで採用したのが、“大きな眼差し”をもったようなライトです。クルマのフロントフェイスは“人の顔”に例えられますよね。目があって、視線があって、感情がある。私たちはそこに重きを置きました。

Xiaomi(小米)の“米”の文字をモチーフにしたLEDのデイライト(DRL)を、大きなライトモジュール内に4分割して組み込んでいます。これが点灯すると、まるで漢字の“米”のように見えます。この案はCEOとのディスカッションの中で決まりました。つまり、単なる造形ではなく、ブランドのアイデンティティを視覚に埋め込んでいるのです。

Xiaomi=小米の「米」を表現するヘッドライト : Xiaomi SU7 Ultra

もうひとつの挑戦は、「灯火類とボディ面の完全一体化」でした。ライトユニットをボディと同じサーフェイスに収めて突起をなくすことで、クラシカルな佇まいとテクノロジーとの融合を表現しています。

中央が武藤氏。向かって右がリー氏

難波:こうして見ると、よく計画してデザインが出来上がっていることがよくわかります。プランビューも破綻がありませんね。

Xiaomiのデザイン言語:継承すべき3つの約束

難波:こうしてSU7が完成して、次はYU7の発表が控えているわけですが(インタビューはYU7の正式発表前に実施)、この立体感というか、「身体付き」がXiaomiを表していると僕は感じます。
一般的にはクルマのブランディングというと、グリルやヘッドライトのカタチを揃える、いわゆるデザイン言語を統一する自動車メーカーが多いのですが、Xiaomiもそこを目指すのでしょうか。それとも、僕が先ほど言ったようなクルマ全体が醸し出す雰囲気を揃えていくのでしょうか。

リー氏:とてもいい質問です。SU7を発表した時、私たちは多くのメディアから「Xiaomiのデザイン哲学は何か?」という質問を何度も受けました。BMWにはキドニーグリル、メルセデスにはスリーポインテッドスターがある。ではXiaomiは? SU7が登場したばかりの頃は、それを定義することがとても難しかった。なぜなら、まだ1台しかなかったからです。しかし、2台目のプロジェクトをやり終えた今、ようやく「何を継承すべきか」を明確にお答えすることができます。

Xiaomi SU7 Ultra

第一に「極限まで突き詰めたプロポーション」。
これがXiaomiの最重要項目です。私たちはプロポーションを“クルマの骨格”だと考えています。どんな“衣服”(ディテール)をまとうかはその次の話です。

Xiaomiのプロポーション ・Aピラーの延長線上にほぼ前軸が位置する。 ・タイヤ4つ分のW/B  ・aとbのラインは共に僅かに後ろ上がり、その関係性はリアに向かってボリュームを増やし、おおらかなリアフェンダーをフォローし、パフォーマンス性と運動性の高さを感じさせる。 ・ヘッドライトとテールライトを結ぶ線(白ライン)が気持ちよくウェッジを作り、ボディ体幹を形成する。そしてテールランプの位置がやや高めであることもスポーティーカーの基本。 ・x:yは約1:1.81で黄金比ではないがグッドバランス。
しかし全高を感じさせないようにとしてロッカーパネル位置をブラックアウト化してボディを薄く見せているがそのために車体がやや浮き加減の傾向にある。とはいえ非常にバランスのとれたプロポーションをしている。

そして第二に「サーフェイスとボリューム」。ボリュームのある中に彫刻的な線を取り入れることで、エモーショナルを表現すると同時に、女性にも受け入れやすいデザインとしています。SU7は特に女性ユーザーの支持が高く、実際の購入者の4割以上が女性です。男性が女性にプレゼントする例も多くありました。曲線とシャープさ、優雅さと力強さを共存させることで、幅広い層に好まれる“均整の取れた造形”として、クルマをタイトに見せることを狙っています。

第2 : サーフェイスとボリューム
偶然見えたサーフェイスの動きとそれらを明らかにしてしまうリフレクション。サーフェイスの精度も高いがプレス技術も高い。

さらに三つ目の特徴が、“顔”としての大きなヘッドライトです。電動車はフロントグリルが不要なため、“顔つきがない”車が増えましたが、私たちは逆にヘッドライトをデザインの柱に据えました。そしてテールライトは“惑星の輪(スターライトリング)”のように繋がって光ります。

第3 : 顔 (ヘッドライトとテールランプ)  Xiaomi SU7 Ultra

“テクノロジー感”:Xiaomiの解釈  

難波:テック企業である小米としては、LiDARなど先進センサー類の見せ方も気になります。それらを目立たせようとデザインするのか、それとも隠すのか。どちらでしょうか?

リー氏:これは社内でも長く議論されました。ICEからEVに移る中で、グリルが消え、ライトが主役になりました。そして今は、LiDARなどのセンサーがそれに取って代わりつつあります。
初期の段階では、あえて目立たせることで、テクノロジーをデザインで表そうとしていました。なぜなら、高性能なドライバーアシスト機能(ADAS)を持つという差別化要素があるからです。ルーフ上のLiDARやサイドミラーのカメラなどは、それ自体が“性能の証”だったわけです。

しかし今や、それらは20万元以上のクルマでは“標準装備”になり、珍しいものではなくなりつつあります。こうなると、かつての超音波センサーのように、できる限り目立たないよう処理するのが正解だと考えるようになりました。
そこでSU7では視覚的なノイズを減らし、クルマ全体の造形美を損なわないようにすることとしました。そのため、私たちはサプライヤーから提供されるレーダーのカバーも再設計することで、一体感をより強めています。

面白いエピソードがあります。私たちデザイナーの視点から見ると、例えばBMWやMINIのインテリアとSU7のインテリアでは、それぞれに明確な違いがあると思います。でも、消費者の視点からは、意外とそこまで違っては見えていないということがわかりました。
SU7のデザインプロセスにおいて、インハウスのクリニックを行なった際、「テクノロジー感のあるデザインとはどういうものか?」という問いを投げかけました。すると、私たちのように自動車業界出身の人間は、スクリーンの大きさやレイアウトといった要素にテクノロジーを感じる傾向があるにですが、スマートフォンやOSなどテクノロジー業界の人たちは、逆に「そういうのはもう毎日見飽きている」と言うのです。

彼らが本当に“テクノロジー感”を抱くのは、例えばフェラーリやランボルギーニにあるような物理スイッチ、ああいったメカニカルな要素にこそある、という意見でした。つまり、テクノロジーの感じ方は人によって大きく異なるというわけです。私たちとしては違いがあると思っていても、消費者から見ればその違いはそこまで明確でないかもしれない。
だからこそ、インテリアデザインを進める上では、異なる部門や異なる視点をもつ人たちと意見を交わしながら、「どういうインテリアにするのか?」を一緒に決めていくプロセスがとても大事だと感じました。

難波:なるほど、私も先ほど運転席に座ってみたとき、ステアリングのロータリースイッチなど、細部の操作感に感心しました。しっかりとつくり込んでいますね。

Xiaomi SU7 Ultra

次世代を担うデザイナーへの提言

難波:最後に、これから自動車デザイナーを目指す若い人たちへ、メッセージをいただけますか?

リー氏:ちょっと時間をください(笑)。真剣に考えます。…私自身、デザイナーとして14〜15年ほどやってきました。カーデザイナーは憧れのある職業ですが、実際はとてもハードです。多くの妥協ややり直し、そして数えきれない摩擦もあります。だからこそ、若いデザイナーの皆さんには「初心を忘れないでほしい」と伝えたいです。

この仕事は非常に“感情的”な仕事です。情熱を失いがちになることもありますが、心を込めないと決して“生きたプロダクト”は生まれません。困難な局面でも、「自分がこの仕事にワクワクしているか」「自分の中の喜びを見失っていないか」を常に問いかけてほしいですね。

スキルや経験は、後からでも身につきます。でも、“原点の気持ち=情熱”が、何よりも大切だと私は思っています。

難波:素晴らしいメッセージをありがとうございました。

今日はお時間を頂戴し、ありがとうございました。武藤さんもサポートしていただきありがとうございました。

※武藤晨一氏 Shinichi Muto 
米国のCollege for Creative Studies(CCS)卒業。その後15年にわたって自動車デザインの分野で活躍。BMWグループのDesignworksにおいてシニアインテリアデザイナーとして勤務し、BMW X1、2シリーズ、Z4などの内装デザインを主導。iXコンセプトカー、7シリーズ・5シリーズの初期フェーズデザイン、電動バイクのコンセプトモデルにも携わり、BMWの電動化への移行をインテリア面から支えてきた。
BMW退社後、デザインコンサルティング会社Hylight & Partnersを設立。グローバルな自動車ブランド向けに市場調査やデザインソリューションを提供し、戦略的な洞察力とリーダーシップを発揮している。
現在は小米汽車(Xiaomi EV)シニアデザインディレクターを務め「直感的デザイン」をブランドに吹き込み、SU7、SU7 Ultra、YU7といったモデルのインテリアデザインを主導している。

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著者プロフィール

難波 治 / Osamu NAMBA 近影

難波 治 / Osamu NAMBA

筑波大学芸術専門学群生産デザイン専攻卒業後、スズキ株式会社入社。軽自動車量産車、小型車先行開発車輌…