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2020モーターファンテックエキスポ特別編:トヨタ自動車 大気汚染の「本当の姿」を突き止める:トヨタの2次粒子生成メカニズム解明プロジェクト

  • 2020/05/20
  • Motor Fan illustrated編集部
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スモッグチャンバーの内部。長さ約5.5m、高さ2mの丈夫な密閉容器の中に、こようなテフロンバッグで囲まれた空間が据え付けられる。蛍光灯のように見えるのがUV(紫外線)ランプであり、UVA340を12本、FL40SBを120本使っている。このバッグの中に1次粒子と排ガス成分を入れ、温度、湿度、紫外線の波長と強さなどを変化させて2次粒子がどのように生成されるかを観察する。

トヨタが未知の分野に挑戦している。クルマから大気中に排出されるPM2.5=粒径2.5マイクロメートル(0.0025mm)程度の超微粒子やHC(炭化水素)、NOx(窒素酸化物)が自然環境のなかでどのように変化して人体などに影響を与える「2次粒子」になるのかを解明しようというプロジェクトだ。社内の研究施設に大気環境を再現できるスモッグチャンバーを設置し、すでに1年ほど2次粒子生成過程の観察と研究を行なっている。もし真相が解明されれば大発見である。
TEXT:牧野茂雄(MAKINO Shigeo)

 世界的に規制されている自動車からの排出物はCO(カーボン・モノオキサイド=一酸化炭素)、HC(ハイドロ・カーボン=炭化水素)、NOx(ナイトロジェン・オキサイド=窒素酸化物)の3つ。近年は燃費規制という形でCO2(カーボン・ダイオキサイド=二酸化炭素)も規制されているが、いわゆるテールパイプ・エミッションと呼ばれるものはCO、HC、NOxである。また、ディーゼル車では燃料の燃えかすであるPM(パーティキュレート・マター=微粒子状物質)も規制対象であるほか、ガソリン車から出るさらに細かいPMも規制対象になった。

 COは劇物だ。肺呼吸を行なう動物が吸い込むと極めて毒性が高い。HCとNOxは光化学スモッグの原因になることが確認されている。ただし、自動車から排出されるNOxのうちほとんどはNOであり、これが大気中で太陽光の紫外線に刺激されてフォト・ケミカル・リアクション(光化学反応)という反応を起こし、悪者物質へと姿を変える。

トヨタが作成した「大気中でどのように2次粒子が生成されるのか」のイメージ。自動車の排ガスだけでなく、実は森林などから発生する有機物やアンモニアも2次粒子に加担していることがわかっている。トヨタは「どの因子がどの程度の影響力を持つのかを特定する」ことで2次粒子生成の環境因子を制御しようと考えている。

 トヨタの研究者は「NOxはそのままでも有害だが、変化することでさらなる害をもたらす。NOxの90〜95%を占めるNO2は太陽光の紫外線にさらされると酸素原子(O)ひとつを放出する。これが大気中のO2と結びついてO3(オゾン)に変化するフォト・ケミカル・リアクション(光化学反応)を引き起こす。地表から約5万メートルにある成層圏でのオゾンは有害な波長の太陽光を吸収してくれる有益な『オゾン層』となるが、地表から1万6000メートル以下の対流圏では人間の気管支や肺に危害を加える。また、HCもNOxと同様に光化学反応を引き起こす」と言う。

 キーワードは2次粒子。たとえばPM2.5は、もともとは燃料の燃えカスであるすすなどであり、これを1次粒子と呼ぶ。この状態のまま人間が肺に吸い込んでも、ごく少量ならあまり問題にならないが、大気中で温度や湿度、紫外線などの影響を受けると化学反応を起こして2次粒子になると「気管支喘息や心筋梗塞をもたらす」ことが確認されている。2次粒子こそ重要なのだ。

 しかし、1次粒子が大気中でどのように2次粒子になるのか、そのメカニズムについては「まだよくわかっていない」のだ。トヨタは「さまざまな因子がからんだ結果だと推定はされているが、どのように2次粒子が生成されるかを突き止めなければ環境因子の制御はできない」と言う。だからスモッグチャンバーをつかった研究に取り組んでいる。

スモッグチャンバー内では、有害物質の濃度、気温、湿度、降り注ぐ紫外線の量を完全にコントロールすることができるため、大気観測では得られない貴重なデータを収集することができる。

 トヨタのスモッグチャンバー内では、テフロンバッグで隔離された空間内に1次粒子を入れ、HC、NOx、SOx(硫黄酸化物)などを接触させる。この外側に温度管理を行なう冷暖房ユニットを置き、バッグ内の温度を大きな幅で変化させるほか、132本のUVランプを使って波長と放射強度を管理した紫外線を発生させる。大気中の環境をバッグ内で再現するのだ。

 環境変化の中で2次粒子がどのように生成されるか。環境条件を変えた場合に生成能力がどう変わるか。実験条件を厳密に管理できるスモッグチャンバーを使うと再現性の高い検証ができる。すでに「太陽光に近い条件では2次粒子の精製量が少ない」点が観察されており、その要因としてトヨタは「紫外線としてはもっとも波長の長い400ナノメートル付近の光がNO3ラジカルを分解する」点をトヨタは挙げている。これは過去にはなかった知見であり、その検証作業も進められている。

 トヨタの研究は米国、EU、中国、東南アジア、インド、ブラジルの各研究機関や大学と連携しており、トヨタとしての研究協力と支援、トヨタからの研究委託などが行なわれている。自動車メーカーとしてこれだけの体制で2次粒子生成過程の研究を行なっているのは、おそらくトヨタだけではないだろうか。過去、欧州と米国は自動車の安全性と環境性能について無償の情報公開や特許開示を行なった。今度は日本が世界に貢献する番なのだ。その先頭にトヨタがいる。