ロールス・ロイスがブラックカラーを伝統にするワケ

ロールス・ロイスが「黒」にこだわる理由。英国公爵やジョン・レノンが愛した漆黒のファントムとは

1933年製ロールス・ロイス ファントム II コンチネンタル(94MY)のフロントビュー
1933年製ロールス・ロイス ファントム II コンチネンタル(94MY)のフロントビュー。
伝統的にブラックを基調とした内外装を生産モデルに与え、近年ではカリナンやレイス、ドーンなどに「ブラック・バッジ」シリーズを導入するなど、ロールス・ロイスはブラックカラーに並々ならぬこだわりを見せるブランドである。ロールス・ロイスがレガシーとする「黒」の歴史を紐解く。

大陸を横断するためのファントム II

1933年製ロールス・ロイス ファントム II コンチネンタル(94MY)のリヤセクション
1933年製ロールス・ロイス ファントム II コンチネンタル。サミュエル・コックスヒル氏の車両“94MY”は、ガーニー・ナッティングにより匂い立つような美しいコーチワークを与えられていた。

1930年、ヘンリー・ロイスの個人的なリクエストにより、デザイナーのアイヴァン・エヴァーンデンはファントム II コンチネンタルのプロトタイプ、“26EX”をスケッチした。目指したのは、雄大な大陸を快適に旅行するための長距離ツアラー。短いシャシーの上に4座をタイトにレイアウトし、ラゲッジコンパートメントの後ろには縦に2つのスペアタイヤを装着することで重量配分にも配慮。高速走行と強力なブレーキを想定した頑丈なサブフレームの上には、バーカー社が架装したエレガントなボディがあしらわれた。

同車が完成すると、エヴァーンデンはドン・カルロス・デ・サラマンカ卿(スペインにおいてロールス・ロイスのエージェントを務め、スペインGP第1回にロールス・ロイスで出場し優勝している)を連れ立って、初めての“遠出”へと出発した。向かったのはフランス南西部のビアリッツで開催されていたコンクール デレガンスで、見事26EXは「グランプリ ドヌール」を受賞。ロールス・ロイスはこの26EXのスペックを元に、“量産モデル”の展開に乗り出すこととなった。

1933年製ロールス・ロイス ファントム II コンチネンタル(94MY)のフロントセクション
1933年製ロールス・ロイス ファントム II コンチネンタル(94MY)。大陸間を横断できる長距離ツアラーとして、最大限の快適性を持たせるべく作り込まれていた。

1933年にはサミュエル・コックスヒル氏の車両、“94MY”が完成する。ロンドンのコーチビルダー、ガーニー ナッティングによる“オーウェン フィックスド クーペ”スタイルを与えられたファントム II コンチネンタルは、調整式のバケットシートを前席に設置。2本のワイパー、そしてサイドウインドウの後ろに埋め込み型のウィンカーを採用するなど、長距離ツーリングを念頭においた各種装備を取り揃えていた。

当時、ロールス・ロイス車の多くはブラックで塗装されていた。マルーンやブルーといった塗色もあったが、それらも夜の闇にまぎれればほとんど黒に見えるものがほとんどだった。サミュエル・コックス氏の94MYもブラックのボディカラーをまとい、内装にはライトブラウンでパイピングを施したブラウンレザーを使用。カーペットや天井まで色合いを整え、そこにピカピカに磨き込まれたウッドパネルを組み合わせていた。

デザイナーのアイヴァン・エヴァーンデンは、こんな言葉を残している。

「ひとりのドライバーが1日中長い道のりを運転してもなお、体はまったく疲れておらず、ディナーを十分に楽しむ余裕がある。それが良いクルマの基準である」

英国公爵がこだわった「2つの黒」の使い方

1960年製ロールス・ロイス ファントム V(5AT30)のフロントビュー
グロスター公爵ヘンリー王子がオーダーした1960年製ロールス・ロイス ファントム V(5AT30)。

1959年、シルヴァーレイスの後継がデビュー。より大きくなり、ショーファードリブンでの用途を意図して開発されたファントム Vである。その多くにリムジンボディを与えられたのは当然であっただろう。もちろんほとんどの車体はブラック一色にペイントされ、フォーマルからプライベートまで、富裕層の生活シーンの一部として活躍した。

例外もある。グロスター公爵ヘンリー王子が購入したファントム Vだ。ジョージ5世と妃メアリーの三男にして、エリザベス2世女王陛下の叔父にあたる人物である。1960年9月にデリバリーされた5AT30は、ジェームズ・ヤングにより“PV15”と呼ばれる非常にエレガントなボディを架装されていた。

公爵は愛車のファントム Vのカラーリングについて、はっきりとしたアイデアを持っていた。ボディの中央部分はマットブラック、サイド面を光沢のあるグロスブラックと、「2つの黒」でコントラストを表現したのである。

1960年製ロールス・ロイス ファントム V(5AT30)のリヤビュー
公爵の1960年製ロールス・ロイス ファントム V(5AT30)は、ツヤ消しのブラックと光沢ブラックという「2つの黒」を組み合わせたユニークな仕立てとなっていた。

他にも、比較的小さめなバックライトや、大きなフォグランプ、ドアにマウントしたサイドミラー、リヤウインドウ用のスライド式シャッター、Stephane Grebelのスポットライトなどこだわりのビスポークが満載。ヘッドライトも、通常の埋め込み式のものからルーカス R100に変更されていた。また、パンテオングリルの上にはお馴染みのスピリット・オブ・エクスタシーの代わりに、公爵のマスコット「飛翔する鷲」が鎮座している。

いまではロールス・ロイス車の標準装備としてお馴染みとなった純正アンブレラだが、その原点となっているのもこのクルマである。ロールス・ロイスとして“初めて”「収納付きアンブレラ」を搭載していたことがこのクルマのシャシーカードに記載されているのだ。

ところで、このファントム Vは思わぬところで実力を示すこととなる。1965年1月30日、侯爵夫人と共にサー・ウィンストン・チャーチルの葬儀に出席した帰り路のことである。横滑りしたファントム Vは、道路からはみ出して土手に滑り落ち、3回転した後に真っ逆さまになってようやく停止。ところが、乗員の誰一人として怪我をせずに済んでいるのだ。かつ修理後には長くオーナーのもとで働き続けるなど、ジェームズ・ヤングの優れたコーチワーク技術を図らずも証明するカタチとなった。

ジョン・レノンが自身に贈ったプレゼント

バッキンガム宮殿に入ろうとしているジョン・レノンのロールス・ロイス ファントム V
ジョン・レノンが乗ったロールス・ロイス ファントム Vがバッキンガム宮殿へ入ろうとしている。いまにも道路になだれ込みそうな人々の様子に、当時の人気のほどが伺える。1965年10月26日撮影。 (Photo by Daily Express/Archive Photos/Getty Images)

ビートルズ3作目のアルバム「ハード・デイズ・ナイト」が全世界で大ヒットとなっていた1964年。その12月にジョン・レノンは、自分への贈り物としてロールス・ロイス ファントム Vを注文した。イングランド南東部のメイデンヘッドにあるディーラー、R.S. ミードで購入し、マリナー・パーク・ワードがコーチワークを担当した彼のファントム Vは、じつに個性的だった。

ジョン・レノンは徹底的に黒にこだわった。とにかく内外装の全てが黒。リヤシートはコーデュロイのように重厚なうね織りのファブリック製で、フロアマットは黒のナイロン仕立て。フロントシートは黒のレザー仕様。ホイールからバンパー、さらには銀色が当たり前のステンレスやクローム仕上げ部品まで、すべてを黒で埋め尽くしたのである。黒い衣装をまとっていなかったのは、パンテオングリルとスピリット・オブ・エクスタシーだけであった。

当時珍しいダークティンテッドガラスを使ったワケ

ジョン・レノンのロールス・ロイス ファントム V
ジョン・レノンは所有していたロールス・ロイス ファントム Vを、のちに鮮やかなイエローに塗り替えている。本車両は現在カナダのロイヤル・ブリティッシュ・コロンビア博物館が所蔵する。

また、ジョン・レノンのファントム Vは英国で最初期にダークティンテッドガラスを採用したクルマの1台でもあった。これはプライバシーのためだけでなく、ジョン・レノンならではの“実用性”を見込んでのものであった。1965年の『ローリング・ストーンズ』誌で、彼はインタビュアーにこう答えている。

「人々は、隠れるために黒いウインドウを使うのだと考えています。もちろんそれも理由のひとつでしょう。しかしこれは、遅くに帰宅するときのためのものでもあるのです。もしも家についたとき日が昇ってしまっていても、すべての窓を閉めていれば、車内は闇に包まれている・・・クラブの中に身を置いていられるんです」

車内にはラジオやPerdio社製のテレビジョンセットを搭載。ブラック仕立てを施した7種のラゲッジセットも装備していた。また、伝えられるところによれば、レコードプレイヤーや無線電話、冷蔵庫、書き物用テーブル、さらには赤いムード照明までしつらえられていたという。確かな証拠は残されていないものの、たとえばリヤシートは引き出し式ベッドとして作り替えられていた、などという記述も多く見られる。

ジョン・レノンのファントム Vは、のちにサイケデリックなイエローカラーに塗り替えられている。星座やカラフルな花々、エキゾチックなパターンの描き込まれた車体は、画期的かつ独創的で、世界にふたつとないロールス・ロイスとして広く知られている。しかしその本来の姿は、外から中、ガラスまで黒にこだわった唯一無二のロールス・ロイスだったのである。

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著者プロフィール

三代やよい 近影

三代やよい

東京生まれ。青山学院女子短期大学英米文学科卒業後、自動車メーカー広報部勤務。編集プロダクション…