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Rolls-Royce Black Badge Cullinan SeriesII
モダンかつスポーティなエクステリアデザイン

後に編纂されるSUVヒストリーにおいて、歴史的転換点と記されるであろう存在が、2018年に登場したロールス・ロイス・カリナンだ。高級SUVの元祖であるレンジローバーはかつて「砂漠のロールス」と称されたが、本家本元のカリナンが出てからは、その俗称も使えなくなった。そんなカリナンが、デビューから6年経過した2024年夏にマイナーチェンジを受けた。その改訂版カリナンをロールス自身は、いかにも英国的に「シリーズII」と呼ぶ。
ロールス・ロイスといえば、世界最高のショファードリブンカーとして知られる。カリナンのボディ形式も、そのいつものロールス流儀で、リヤサイドの扉は、正装でも美しく乗降できる前開きとなっている。リヤに回っても、一見するとSUVらしいハッチゲート形式だが、そのゲートを開くと、内側にもう1枚のリヤガラスがあって、居室と荷室はしっかりと分離されている。
しかし、ロールス自身によれば、カリナンはショファー用途も意識しつつも、あくまでドライバーズカーとして造られているという。顧客層の若返りが必要と考えていたロールスは、2017年には若年層のカスタマイズからインスパイアされた「ブラックバッジ」シリーズ、そして翌2018年にカリナンを世に出すのだ。
そんなロールスの目論見は見事に当たった。ブラックバッジとカリナンの登場によって、同社顧客の平均年齢は56歳から43歳へと下がり、カリナン以前のオーナードライバー比率は3割以下だったというが、カリナンのショファー利用率は、なんと1割にも満たないという。
豪華絢爛な室内に息を呑む



カリナンがいかに前例がないロールスで、しかも最新のシリーズIIであっても、ロールスデザインのお約束は破られない。そのひとつは、スピリットオブエクスタシーが必ずパンテオングリルの上に置かれて、ヘッドライトはパンテオングリルより高く置かれない……というフロントにおける三者の位置関係である。そしてもうひとつは、スピリットオブエクスタシーを起点にしたルーフライン、パンテオングリルから伸びるショルダーライン、そしてホイールハウス間に走る下部のライン(=ワフトライン)と、サイドビューが3本のラインで形成されることだ。
そのうえで、シリーズIIで最も刷新感のあるのはフェイスだろう。いわば「目」であるヘッドライトが切れ長になるとともに、それを囲むデイタイムランニングライトが、最近のトレンドでもある垂直デザインを強調した逆L字形となった。フロントバンパーは、その「目力」を強調するようにシンプル化されたと同時に、ヨットから着想を得た斜めのエアインテークが、カリナンをより低重心に見せる効果を発揮している。
インテリアも基本デザインは不変だが、相変わらず助手席前に置かれるアナログ時計が、小さなスピリットオブエクスタシーを従えて、ガラスキャビネットの中におさめられるようになった。また、メーターが3眼リングを省いたフル液晶パネルとなった(シリーズIも表示自体は液晶だった)のもシリーズIIのニュースだが、最近ありがちなタッチパネル化に走らないのも、ロールス流儀といっていい。インフォテインメントダイヤルをはじめ、ていねいに磨き込まれたボタンスイッチやノブなどの類いはすべて残されている。
シリーズIにもあったブラックバッジ・カリナンだが、よりドライバーズカー色を強めたシリーズIIでは、後日の追加ではなく、最初から用意される。というわけで、今回の試乗車も、そのブラックバッジである。6.75リッターV型12気筒エンジンの最高出力が600PS、最大トルクが900Nmまで引き上げられて(標準は571PS、850Nm)、外観の各ディテールのほか、内装でもクロックキャビン内のダーク仕上げのスピリットオブエクスタシーや鏡面仕上げのカーボンパネルが用意されるのが、ブラックバッジ特有だ。
今や貴重なV12を搭載


ロールス・ロイスゆえに、内外装の仕立てはいかなるオーダーにも応えるが、ライムグリーンとブラックという斬新な内装カラーは、いかにもブラックバッジらしい。シート中央部は今回初登場の「デュアリティツイル(二重綾織り)」で、これは竹から作られた新しいレーヨン素材という。高級車のシート表皮といえば本革が定番とされるが、それはあるレベルまでの高級といってもいい。馬車時代や戦前は、防水性があって掃除も簡単な革は運転席用、オーナーのための後席空間にはウールやシルクなどの手の込んだ最上級ファブリックが使われた。つまり、本当の意味で高級生地は本革ではないのだ。
シルクを思わせる滑らかな肌ざわりのシートに座ると、カリナンはやはり、巨大なクルマといわざるを得ない。ただ、そんなカリナンを転がしていても、絶対的に狭い路地でなければ意外なほどストレスが少ないのも、ドライバーズカーたるカリナンの美点。通常のSUVよりさらに1段高い目線のうえ、四角いボディの見切りがバツグンだからだ。
さらに、運転席から鼻先のスピリットオブエクスタシーを眺めるだけで、その先にある左前輪の軌跡が即座にイメージできる。また、カリナンには当然のごとく四輪操舵が備わっており、最大操舵角などの機械的詳細は明らかではないが、ドアミラーで観察するかぎり、カリナンのリヤタイヤは目に見えて大きく切れており、想像以上に小回りがきく。
23インチという大径タイヤが用意されることも、カリナンとして、またブラックバッジとしても、このシリーズIIが初めてである。メカニズム的なアップデート内容はほとんど明らかにされないカリナンだが、新しい23インチに合わせて、今回は電子制御エアスプリングと連続可変ダンパーなどのサスペンションチューンは見直されたそうだ。今回の試乗車も35〜40扁平23インチのピレリPゼロを履いており、22インチのシリーズIと比較すると、特に後席における低速のコツコツ(ゴツゴツではない)感がかすかに増した気がしないではないが、それ以上に23インチも貢献しているであろうシュアな操縦性に感心した。
2.8tにも届かんとする超ヘビー級の巨体を、それなりの速度で、かつ山坂道でオペレートしても、ストレスを感じさせないのは素直にすごい。すべての操作系が軽く、反応もスローなのだが、そこに曖昧さはなく、正確そのものなのである。ドライブモード切り替えの類いも備わらないが、コラムシフトの「LOW」ボタンを押すと、同時に変速プログラムも高回転型になるようで、カリナンは加減速のメリハリがついたスポーティな身のこなしになる。ただ、今回最も驚いたのは、やはり静かさだった。もちろん、往年の名キャッチコピーである「時速60マイル、新型ロールス・ロイスの中で聞こえるのは時計が時を刻む音だけ」はさすがに大げさだが、外界の雑多な喧噪から隔絶された静粛性……というか静寂性はやはり普通ではない。
外界と隔絶された静粛性

一方で、V12エンジンのサウンドだけはしっかりと耳に届くのは、ドライバーズカーを標榜するカリナンならではの意図的な調律だろう。それにしても、今や量産12気筒は、ロールス以外ではフェラーリとランボ、アストンくらいしか例がなく、これらスーパースポーツカーとは違う抑制の効いたロールスの12気筒サウンドは、これはこれでたまらない。その魅力を前記コピーにあてはめるとすれば、「加速時、カリナンのなかで聞こえてくるのV12の息吹だけ」といったところだ。それはカリナンでしか味わえない世界である。
REPORT/佐野弘宗(Hiromune SANO)
PHOTO/田村 弥(Wataru TAMURA)
MAGAZINE/GENROQ 2025年4月号
SPECIFICATIONS
ロールス・ロイス ブラックバッジ・カリナン・シリーズII
ボディサイズ:全長5355 全幅2000 全高1835mm
ホイールベース:3295mm
車両重量:2725kg
エンジン:V型12気筒DOHCツインターボ
総排気量:6750cc
最高出力:441kW(600PS)/5250-5750rpm
最大トルク:900Nm(91.8kgm)/1700-4000rpm
トランスミッション:8速AT
駆動方式:AWD
サスペンション形式:前ダブルウィッシュボーン 後マルチリンク
ブレーキ:前後ベンチレーテッドディスク
0-100km/h加速:5.2秒
車両本体価格:5415万4040円から
【オフィシャルウェブサイト】
ロールス・ロイス・モーター・カーズ
https://www.rolls-roycemotorcars.com/