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物語調の描写と事実情報のバランス


今回は、「ベントレー コンチネンタル GTCスピード」と「マセラティ グランカブリオ トロフェオ」という2台のオープンカーを比較試乗した記事を読んでみた。執筆は『Car』誌などに寄稿しているベン・バリー氏。前回のアンドリュー・フランケル氏による原稿は、終始、情緒的かつ文学的なトーンで語られていたのを紹介した。一方バリー氏は物語調の情景描写も一部に採り入れながら、スペックやドライビングインプレッションなどクルマの情報を盛り込んだバランスの良さが印象的だった。
導入は比喩を多用した情景描写

この企画では、2台の超贅沢なオープンカーを田園風景が有名な英国の湖水地方で試乗している。最初は当日の気候・天候や風景を比喩の多用で描写している。記事は以下のように物語調で始まる:
“This isn’t Beatrix Potter’s Cumbria of woodland paths, chatty rabbits and tourist coaches grinding by like plate tectonics.”
「ここは、ビアトリクス・ポッターが描いた木立の小道や、おしゃべり好きなウサギたち、そして地殻変動並みにゆっくりと進む観光バスが行き交うカンブリアではない。」
ビアトリクス・ポッターは「ピーターラビット」を生み出した絵本作家で、イギリス北部の自然豊かなカンブリア地方に暮らした。今回の試乗コースが物語の舞台とも近いことから、バリー氏は“woodland paths, chatty rabbits” (「林の小道とおしゃべりなウサギたち」)として、ピーターラビットたちが冒険する林の中にある静かな小道を想像させる表現を使っている。絵本に描かれた物語を使った風景描写から始まる試乗記というのは、英国人独特のスタイルという印象を受けた。
マセラティのプラットフォームは“白紙”から

中盤以降はスペックなどの事実情報とドライビングインプレッション中心の試乗記らしい構成と表現に変わる。グランカブリオ開発にあたって、マセラティがまったく新しいプラットフォームを用意したことを以下のように表現している。
“Design might again be distinctly evolutionary, but that rather underplays the fact Maserati has invested in a clean-sheet approach for its Granturismo coupe and GranCabrio twins – …”
「デザインは一見すると(先代モデルからの)進化型に見えるが、マセラティはグランツーリスモ クーペとグランカブリオ(の開発)にあたり白紙からのアプローチに投資した」とある。“clean-sheet”、つまり、白紙の状態という表現によって、既存のものを一切流用せずゼロから設計・開発したことをあらわしている。電動バージョンとICE仕様で共用することを前提に、まったく新しいプラットフォームの開発をゼロから行ったという。
地球の自転を加速するベントレーのパワー

ベントレーに関しては、そのパワーが印象的だったようだ。先代が採用したW12エンジンからプラグインハイブリッドシステムを組み込んだV8に変わったパワートレインには、「地球をもっと速く回転させる」様なパワーだと表現している:
“… this is tidal, gravitational performance of such magnitude I’d swear it makes the world rotate more swiftly.”
直訳すれば、「これは、海の潮の流れのような、重力のようなパフォーマンスだ。そのスケールは、世界(=地球)を今よりも速く回転させるほどだ」となる。地球の重力をあらわす形容詞“gravitational”を使うことで、新パワーユニットの圧倒的な存在感を表現している。バリー氏のインプレッションを筆者なりに意訳すると、「潮の満ち引きのようなすさまじさと、抗うことのできない重力のようなパワーをもっている。そのスケールは、地球の自転をも加速させそうに感じた」となる。
今回紹介したバリー氏の文章は、単にドライビングインプレッションにとどまらず、クルマを通した物語性も大切にした書き方に特徴があると感じた。
PHOTO/Maserati、Bentley Motors
MAGAZINE/GENROQ 2025年6月号