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起源はポーランドで見た木製歯車

シトロエンのロゴは、2つの逆V字を上下に重ねた「ダブル シェブロン(Double Chevron)」。この起源は産業用の製粉機にさかのぼる。1900年に創業者アンドレ・シトロエン(André Citroën)がポーランドを訪れた際、製粉機にV字形状が刻まれた木製の歯車が使用されていることを知った。シトロエンはこの構造の特許を買い取って産業用の“ダブルヘリカルギア”を開発。高効率かつスムーズで静かな動力伝達を実現して事業を成功に導いた。なお、“シェブロン”はフランス語で逆V字形や山形を意味する。
シトロエンの起源であるダブルヘリカルギア

この事業の成功を基に、シトロエンは1919年に自動車製造を開始。ダブルヘリカルギアをモチーフに、技術的な革新性を象徴するダブルシェブロンの企業ロゴが誕生した。時代の流れの中で変更が加えられてきたが、ダブルシェブロンは100年以上にわたってシトロエンブランドの象徴であり続けている。初代ダブルシェブロンは、黄色い縁取りの青い楕円に囲まれている。
ダブルシェブロンのエンブレム

そのロゴをベースにしたエンブレムをまとって世に出たのは、10馬力のエンジンを搭載した「シトロエン 10 HP タイプ A」。シトロエン初の自動車は、リーズナブルな価格とメンテナンスコストを抑えることに注力したモデルだった。デザインと生産手法に関しては、「T型フォード」を参考にしたといわれている。このクルマに装着されたのは、ブルーの背景に黄色の楕円とダブルシェブロンおよび“CITROEN”の文字が刻まれた八角形のエンブレムだった。
“フローティングエンジン”には白鳥のバッジ

1932年のパリモーターショーでデビューした「シトロエン ロザリー」(Rosalie)には、白鳥がシェブロンの前に浮かぶエンブレムも並行して使用された。同モデルはエンジン取り付け部にラバー製ブッシュを使う防振構造を採用した。エンジンの振動がキャビンに伝わらないことを訴求するため、シトロエンは「浮いているエンジン」 = “floating engine”と呼んだ。このスワンのエンブレムは、1935年までロザリーに装着されたという。
企業ロゴとクルマのエンブレム





自動車ブランドの場合、企業ロゴが必ずしもクルマに取り付けるエンブレムと同じではないケースが少なくない。フォードの古いモデルに、いわゆる「フォードオーバル」が装着されていない例がある。シトロエンもこのケースだ。例えば1934年に発売された「トラクション」には、八角形のエンブレムもスワンバッジも見当たらない。
代わりにフロントグリルに大きなダブルシェブロンの意匠が確認できる。このモデルの位置づけやデザインから、装飾的な企業ロゴでなく象徴的なアイコンであるシェブロンのみのエンブレム構成が選ばれたと考えられる。
これ以降もデザインのリファインを続けながら、モデルに合わせたダブルシェブロンの配置やサイズの調整が行われた。近年では、ボンネット先端などにダブルシェブロンが統合されたデザインが印象に残っている読者も多いのではないだろうか。シトロエンでは、エンブレムがクルマ全体のデザインを構成する要素として扱われていたことがうかがえる。
時代に合わせた企業ロゴの変遷


クルマには常にダブルシェブロンのエンブレムが使用される一方、企業ロゴは1959年以降、10年から20年ごとに合計5回のリニューアルを経て2022年に現在のデザインに変更された。これまでよりも角度が広がり、主張が強めのダブルシェブロンを「ソフトな縦型オーバル」(byシトロエン)が囲むことでコントラスト効果を醸し出しているという。今後のモデルには、このロゴと同じ意匠のエンブレムが装着されていくだろう。
シトロエンが「ブランドの原点に立ち戻った」というように、1950年代のラジエターにつけられたエンブレムを彷彿とさせるデザインだ。同時に、「責任ある未来に歩みを進めるためのシトロエンブランドの変革と進化」への決意を込めて、時代に合わせて再定義したという。ダブルヘリカルギアの発明から始まったシトロエンは、1950年代の「ハイドロニューマチックサスペンション」など技術的な革新性を意識したブランドといえる。ダブルシェブロンが100年を超えて伝えているのは、シトロエンの変革と進化に向けたスピリットということだろう。
PHOTO/STELLANTIS、石川徹