目次
TAG Heuer Porsche Formula E Team
レース直後のルーティンと電力管理


電動レーシングカーによる新時代モータースポーツ、フォーミュラEが進化を続けている。2023年のシーズン9に現行のGEN3に置き換えられたマシンは、今年シーズン11でついにGEN3Evoに進化し、要所(予選やアタックモードなど)でフロントモーターを駆動させることで類稀なAWDフォーミュラカーとして大幅に性能が向上した。
今回第9戦東京E-Prixを取材して分かったのは、その最先端マシンを使用して、EVならではの技術的工夫、チーム運営、エネルギー戦略、さらにはサステナビリティへの取り組みに至るまで、世界選手権にふさわしいレベルに達していると言うことだ。決勝直前のタグ・ホイヤー ポルシェ フォーミュラE チームのピットを訪れ、その現場を支える舞台裏を取材した。
取材はお昼頃だった。取材担当のチームスタッフに招じ入れられたピットでは、予選が終わったばかりのマシンはすでに分解され、冷却系のチェックやセットアップ調整が行われていた。撮影は許されなかったので、フォーミュラEの広報写真をご覧いただきたい。ここでは同時に決勝に向けてバッテリーの普通充電(80kW)も開始されていた。電動マシンによるレースだけあって、ピットに設置された充電ステーションと専用ケーブルを使って、2台同時に並行充電できる体制が整えられている。この“スプリットチャージ”方式により、限られた時間内でも確実なエネルギーマネジメントが可能だという。
共通パーツと独自開発が混在する最新EVマシン

フォーミュラEマシンは、ボディワーク、タイヤ、ブレーキ、バッテリーパックといった部品は全チーム共通だという。パーツを共通化することでコストを削減している。一方で、モーター、ギアボックス、高電圧システム、エネルギーマネジメントソフトウェアといった性能差が出る部分については、各チームごとに独自開発が許されている。技術的自由度を残しながらも、コストと公平性のバランスを取った設計思想だ。
現地に帯同できるチームメンバーは最大30名で、そこにはドライバー、メカニックのほか、各種エンジニアが含まれるという。中でも注目は「ハイボルテージエンジニア」や「ローボルテージエンジニア」など電気系統専門メカニックの存在だ。バッテリーの取り外しや高電圧システムのシャットダウン・再起動といった作業は、特別な資格を持つスタッフのみが担当する。EVレースならではの新しい役割と言えるだろう。
タイヤ戦略にレイン用は不要?

フォーミュラEでは、すべてのマシンが溝付きのオールウェザータイヤを装着する。レースがドライでもウエットでも、同一のコンパウンドで走行するのが基本だ。これは、フォーミュラEが重視する環境配慮の一環だ。
タイヤ開発・輸送・廃棄の各段階で環境負荷を減らすというのが狙いで、今回の東京E-Prixで使えるタイヤは3セットのみ(プラクティス2回と予選2回を含む、つまり2レース分)。F1では1戦に60セット以上を持ち込むこともあるそうだが、それと比較すれば、はるかに環境負荷の少ない仕組みだと言える。
ところでフォーミュラEは都市部での公道レースであることが多い。それはより多くの観客がアクセスしやすい環境を作るためもあるが、大量の電力を使用する側面もあるそうだ。今回の東京や英国ロンドンなど都市型レースでは、チームごとに仮設ピットレーンを設営する。水曜に現地で組み立て、日曜のレース終了後には即座に分解。専用コンテナに再収納され、次戦(上海)までDHLによって輸送されるという。この効率的なサーキット間物流も、持続可能な運営に貢献しているのだ。
理想はバッテリー残量0.0%でゴール

なお前述の充電についても、ピット裏に設置された発電機は、無公害なグリセリン燃料を使ったカーボンニュートラル仕様だ。一般的なディーゼル発電に比べてCO2排出量が大幅に削減され、実質的な“Eフューエル”と位置づけられているという。さらに、レース中の新たな目玉として今シーズンから導入されたピットブーストと呼ばれる急速充電(最大600kW)にも対応可能だ。
なおマシンのバッテリー容量は38.5kWhなので、基本的にこれで1レース(約35周)を走り切る。最終的には「バッテリー残量0.0%でのゴール」が理想とされるが、最大で使用エネルギーの50%近くを回生ブレーキによって回収できるそうで、その戦略は複雑だ。半面この極限の省エネバトルこそEVレースの醍醐味だ。
すでに次世代パワートレインの開発も進行中だ。今年の9〜10月には新型車GEN4のシャシーが納入され、新モーター搭載後に本格的なテストが始まる予定だという。電動レーシングは今、技術革新とサステナビリティの両立という、かつてない挑戦の真っ只中にある。