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Mercedes-Maybach EQS 680 SUV
BEVで富山までロングツーリング



BEVは長距離をズバーンと一気呵成に走るより、ちょこまかとストップ&ゴーの多い市街地や郊外に向く、というのが近頃のコンセンサス。だが自動車の大量消費地であるアメリカや中国、そして欧州でも随一の高速道路網、アウトバーンを長年運用してきたドイツ。それらが、お得意先である以上はそうも言っていられない。欧州では、電気の方がエネルギー効率が良く、化石燃料のざっと5倍を引き出せるといわれる。だからこそエネルギー消費量をグローバルに抑えるには、電気の方が有利だという考え方だ。
だが「メルセデス・マイバッハ EQS 680 SUV」の実車を前にすると、堂々たる体躯と艶めいたツートン外装の存在感に、そんな切羽詰まった事情は吹き飛んでしまう。BEVは絶対の静粛性と外界との隔絶を担保するための積極的選択でしかなく、世界の終わりにも泰然自若とラグジュアリーに浸かれることを目的としているかのような、強烈なエゴが漂っているのだ。今回は富山までひとっ走り、ロングツーリングをこなしてみた。
スポーツとランニング・エコノミー、そして環境


週末の始まった朝、混み始めた東京・環七をEQS 680 SUVで走り出すと、全長5135×全幅2035×全高1725㎜という圧倒的ボディが、まるで車の方から手の内に収まって来るように扱いやすい。他の車が近づいてこないからではなく、低速域での小回りと中高速域でのスタビリティを高めるリヤ操舵の効きが自然で、もてあますことのない車両感覚の中で操れるのだ。
今回のグランドツーリングには、じつは人生初のフルマラソン挑戦を絡めていた。メルセデス最新鋭のハイエンドBEVと、五十路のヨレヨレ老体で随分なコントラストはあるものの、スポーツとランニング・エコノミー、そして環境を意識して走るのに丁度いいと思われたのだ。
移動中に寛ぐという概念



関越道をEQS 680 SUVで巡航するのは、並の高級車で走るのとは異質の経験だ。というのも955Nmものトルクで、3t超えの巨躯がグイグイと加速する。巡航速度に入っても風切り音がまったくせず、多少のロードノイズこそあるが、車内で会話の声が素晴らしくよく通る。
手元のパドルで回生の強弱を変えるのもたやすいが、息の長いコースティングによって車重が正当化されたかのように感じさえする。それでいてACCの制御は優しく、加減速Gやレーンキープ時にクセやカドもなく、ひたすら滑らかに距離を呑み込んでいく。
エコモードではアクセルの踏み込み初期が丸められ、やや電制のエアサスが制振性がコンフォートモードより控えめになる印象で、関越道のパッチ路面で上下に揺すられる心地はするが。でもホワイト基調の優雅なシートと、ピアノブラックにストライプの入った優雅なインテリアに包み込まれ、走行しながらマッサージ機能やらエナジャイジングコンフォート・プログラム各種を試していると、移動中に寛ぐという概念が、荒唐無稽な話ではないことをまざまざと実感させられる。
ファーストクラス・パッケージにはクーラーというか本気の冷蔵庫と、43.5度までリクライニング可能なリヤシートが備わるが、そこには水かスポーツドリンクを仕込んで、完走後にマッサージ機能ごと味わうことにしよう。
リチャージ環境における民度の低さ



一充電で640kmという脚の長さは流石に頼もしい。出発時の85%弱でも予想航続距離は550km強。東京〜富山間はざっと350kmで、途中の小布施PAで40~45kWhの中速充電を30分ワンショット挟みつつ、富山に到着後も40%弱が残っていた。軽井沢あたりの標高差を越えてこの電費感なら、乗り心地は電制のエアサスをフル稼働させるコンフォートモードよりやや劣るが、エコモードで走って来た甲斐アリというものだ。
だが計画に狂いが生じたのは、着いてからだ。あらかじめ調べておいた富山市内のコインパーキング内の普通充電器には、国産セダンのPHEVが420分超ほど、つまり7時間以上も止まっていた。6kWの充電器でそんなに長々と止めていたら理論的には40kWh以上も入っているはずで、車か充電器の故障を疑って欲しいところだ。
そもそも経由地の充電スペースは、電気がないと走れない(=より脆弱性の高い)BEVが優先というロジックもあるのだが、呑気に停めているユーザーが現状は優勢なのが、残念ながら日本のリチャージ環境における民度の低さ、なのだ。
BEVでの遠出は運任せ




肝心のマラソンは何とか完走したが、黒部から宇奈月温泉までの緩やかな上りルートが、EQS 680 SUVと違って圧倒的にトルクの細い成年男子の身体に堪えた。帰路は編集担当氏と代わる代わる、リヤシートに身を預けてはメニューあれこれのマッサージ機能とエナジャイジングコンフォートを堪能しながら、ADASをフル動員して戻って来た。富山をフル充電で出立できなかった分、2度の経由地充電を強いられ、1発目の流入速度が40kWに満たなかったのは痛かったが、2発目で90kW近く出たのには助けられた。
かように、まだBEVでの遠出には運任せの要素は排除し切れない。しかしBEVは違う世界を見せてくれるというか、今までと違う一歩を踏み出せる感覚にしてくれる。それこそが、メルセデス・マイバッハ EQS 680 SUVの場合は、突き抜けた快適性というかウェルネスの充実に集約されているのだが。
BEVにはインフラが必要で、人間にはトレーニングが必要。それを経験として実感として、得られた気がした。