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POLO STORICO
ポロストリコのスタッフ体験


今からちょうど10年前。ランボルギーニ社においてクラシックカー部門が正式に発足した。名付けてポロストリコ。訳せば“歴史的な中心部”にでもなろうか。その役割は極めて明確で、ヘリテージを未来へと正確に伝えることでブランドの価値を高めていくことである。伝統だけは誰にも真似できない価値であることをプレミアムブランドは知っている。
今年5月。サンターガタ・ボロネーゼのアフターサービス部門下にあるポロストリコは晴れて10周年を迎えた。彼らの主な仕事は(1)アーカイブの整理、(2)クラシックモデルの認定証発行、(3)純正パーツの供給とレストレーション、となるが、この10年で200件を超える認定証と40台を超えるレストレーションを手掛けている。
「ポロストリコのスタッフ体験をしてみないか」。ランボルギーニ社からそんな願ってもない誘いを受け、サンタガータ・ボロネーゼを訪問した。有名な本社工場エントランスを入ると、正面やや右にガラス張りのミュージアムが見える。そのさらに右側は歴史的なエントランスで、昔ながらの工場建屋が残るエリアだ。私が向かったのはそちらとは反対側、正面に向かって左側のエリアだった。
パスポートを見せて入館証を受け取り、一般人は立ち入り禁止のエリアを進む。ポロストリコ部門はチェントロスティーレの手前のビルの一階にあった。普段は我々メディアでも立ち入りが難しく、オーダーしたカスタマーくらいしか許可されない場所である。
3万点以上ものドキュメントの中から




「ポロストリコの一員として今日、検分してもらう個体はこれだ」。我々に与えられたモデルはシルバーの「カウンタック 25thアニバーサリー(以下、アニバ)」だった。まずは車両のチェックから。通常は指定された様々な箇所(モデルによって異なる)を写真撮影し、吟味することになるが、今回のようにサンタガータに車体を持ち込まれた場合は直接、重要な箇所、シャシーナンバーやエンジンナンバーなどを確認する。それをアーカイブの資料と照らし合わせるというわけだ。
カラーやパーツ、タイヤサイズ、ホイール、ガラスなど内外装60項目をチェックする。最も大事なポイントはフレーム番号とボディ番号のマッチング。バッテリーや各種コード類など換装された消耗パーツはたとえオリジナル部品でなくても許容される。同様に内外装のカラーが変わっていても、“変わっている”と認定証に指摘されるだけ。担当したアニバは純正の工具ケースが欠如していた。
この10年間に集められた3万点以上ものドキュメントの中からアニバ関連の資料を引っ張り出して、チェックシートと照らし合わせる。なかでも重要なドキュメントは“SCHEDA DATI ANAGRAFICI VETTURA”(車両個別データシート)と呼ばれるもので、生産された当時の状態記録されたシートだ。ちなみにアニバ時代には既にかなり簡略化されてA4サイズ1枚分にまとめられているのだが、黎明期1960年代半ばの「400GT2+2」あたりではそれが12ページにも及んでいる。エンジンを構成する主要部品の重量やメーカー、ベンチテストの数値などあらゆるデータが記録されていた。
古くなればなるほど判定が難しい



車体番号からデータシートを見つけ出す。このシルバーの個体は1990年5月30日にオーダーされ、6月13日に生産スタート(たまたま35年後の同じ日に今回のチェックを行った!)、7月4日にラインアウトし、翌5日にデリバリーされた、とシートには記されている。ちなみにオーダー主はランボルギーニ本社。しかもカウンタックとしての最終モデルであり、ラインアウト以来、サンタガータに留まったままの個体である。
そういう個体だったので、内外装のカラーや各部位がオリジナル状態か否かのチェックは簡単であった。けれどもミウラ以前ともなると何世代にもわたるオーナー変更で手を加えられることも多く、修理や修復も珍しくない。つまり古くなればなるほど判定が難しくなる。ポロストリコではデータシートのみならず、当時のカタログや雑誌などから可能な限り写真データも集め、また当時の従業員にも協力を仰ぐなどしてオーセンティックな状態を判断するという。この日も1966年から半世紀以上もサンタガータで働いていた人物が我々の作業を見守ってくれていた。
ちなみに、1970〜80年代あたりのクラシックモデルを維持する場合、最も面倒なパーツをご存知だろうか? それはタイヤだ。該当するサイズのタイヤが新品で見つからないため、クルマの購入を諦めるというケースを最近よく聞く。ランボルギーニのクラシックモデルに関してはピレリがかなり熱心にリメイクを担当しており、“ピレリ・コレッツィオーネ”というブランド名で多くのモデル用(チントゥラートなど)が再販されている。
記憶よりも軽快な動きに感心


最後にテスト編だ。ポロストリコの認証作業は基本スタティックのみなので、動的性能は関係ない。けれどもレストレーションが行われた場合にはダイナミックチェックは必須。今回はそれも体験することができた。
シルバーのアニバを完成品と見立て、内外装をチェックする。気になる点があればその場でメモに残す。エンジンを掛けてみる。イグニッションを回して燃料ポンプの作動音を聞き、平滑になったら軽く燃料を送り込みつつキーを捻る。小刻みにアクセルペダルを踏み込めば、V12が轟音と共にお目覚めだ。
アイドルスタート(クラッチを放すだけ)で、ドライブを始める。久しぶりのアニバ。記憶にあるよりも軽快な動きに感心する。V12の迫力は相変わらずで、エグゾーストサウンドはもとより、メカニカルノイズや吸気音、さらにはミッションの鳴りが耳に心地よい。V12のメカニカル協奏曲はクルマ好きにとって何よりのご馳走だ。重量バランスの良さが光る。それゆえ皆さんが思う以上にクイックに曲がっていく。そこにアクセルワークを組み合わせれば、カウンタックもやっぱりスポーツカーだったと納得するほかない。
今となっては“小さい”ボディサイズが嬉しい。何より、道ゆく人たちの笑顔に駆っている自分が誇らしくなる。カウンタックとはそういうクルマであり、ランボルギーニとはそういうクルマが作り上げたブランドであるということを改めて思う。ヘリテージを守り、知り、伝えるということはブランドの方向性を定めるということだ。その結果、あらたな価値が生まれるということを思い知らされた。