完成した1台1台を300km/h超でテストするブガッティ流“納車前点検”

ブガッティを35万km超ドライブした男。「スティーブのお墨付き」を与える孤高のテストドライバー

コルマール空港でブガッティをテストするスティーブ・ジェニー
コルマール空港でブガッティをテストするスティーブ・ジェニー。
ステアリングホイールへ添えた手に神経を全集中させ、今日もその男は走っている。わずかな音の変化も、微細な入力も一切見逃すことなく、走る、走る、ひた走る。彼の名前はスティーブ・ジェニー。フランスが誇る孤高のハイエンドブランド、ブガッティのテストドライバーである。現代のブガッティが送り出した新車の実に約95%が、彼の点検を経て納車されていったという。

ブガッティを運転して17年

ブガッティの車両を出荷前にテストするスティーブ・ジェニー
ブガッティの車両を出荷前に1台1台テストするのがスティーブ・ジェニーの仕事。これまでに累計35万km超にのぼる距離を走行してきた。

モルスハイムが生む世界最高峰のスーパーカーを、デリバリー前に“完成形”へと仕上げるのがテストドライバーであるスティーブ・ジェニーの役割だ。クルマづくりに携わる人間にとって、夢のような仕事のひとつといえるだろう。しかし同時に、大変な集中力と修練を要する仕事でもある。常に正確な運転を繰り返し行うことができなくてはならないのはもちろん、少なくとも週に2台のブガッティを、それぞれ決められた通りの複雑な項目に添ってテストする必要がある。

ヴェイロンやシロン、ディーヴォのコクピットはスティーブの仕事場。彼は過去17年にわたり、35万km超にも及ぶ距離をブガッティで走り続けてきた。乗る者誰もが「これぞブガッティだ」と実感できるクルマへと仕上げるために。

人生を変えた友人からの電話

ブガッティの車両を出荷前にテストするスティーブ・ジェニー
ブガッティはほぼビスポークでオーダーされるため、1台として同じ仕様はないと言われている。そのすべてが正しい仕様になっているかどうか、各部が正確に機能するかどうかの最終判断を行っているのがスティーブ・ジェニーである。

フランス・アルザスで生まれ育ったジェニーは、運転免許を取得するやラリーカーづくりに打ち込んだ。実戦にもコドライバーとして参加するほど熱心だったジェニーは、その後メカニック、及び測量技師の道へと進む。以降も貪欲に勉強を続けて研鑽を積み、より正確で高品質なものづくりに繋がる検査の目を磨き上げていった。マーレやBBSといった有名サプライヤーで、モータースポーツという過酷な用途に耐える部品づくりにも携わってきた。

2004年5月、ひとりの友人がジェニーに電話を寄越し、コルマールにあるプライベートサーキットで見たクルマについての話をした。そのクルマは、まるで戦闘機みたいに速かったという。「気になってすぐに走っていきましたよ。もちろんそこにいたのは戦闘機ではありません。ブガッティ ヴェイロンのプロトタイプだったんです」そうジェニーは振り返る。自分で調べてみると、フランスの伝統的なブランドであるブガッティが復活し、モルスハイムで再びハイパースポーツカーづくりに着手していることが分かった。

その翌月、ジェニーはモルスハイム近くで行われていた山岳レースを訪問した際に、ブガッティの施設へと足を伸ばしてみた。そして、伝統のワザと精密なエンジニアリング技術を融合させたブガッティのクルマづくりに大きな感銘を受けた彼は、間もなくして応募書類を投函したという。

「7月のある金曜日の午後、一本の電話がかかってきました。仕事が決まったという連絡でした。私は即座にモルスハイムへ向い、最初の従業員のひとりとして、契約書にサインをしたんです」。ジェニーの業務は、検査部門における車両の分析と製造。すべてのブガッティはブガッティらしく完璧に動き、厳しい基準に添って作られていなければならない。ジェニーは、それを厳守するための開発プロセスの責任者となった。ジェニーが承認しない限り、ブガッティはブガッティたり得ないのである。

初めて乗ったブガッティはヴェイロン

オセンバッハでブガッティ ヴェイロンをテストするスティーブ・ジェニー
オセンバッハでブガッティ ヴェイロンをテストするスティーブ・ジェニー。彼が初めて(助手席で)乗ったブガッティがヴェイロンだった。

その後数ヵ月にわたり、ジェニーは品質検査のための新しいプロセスを構築していった。顧客へデリバリーする前に車両を隅々までテストするための計測、及び分析室も導入した。

「ブガッティは、常に満点の状態で顧客に納車されなくてはいけません。400km/h超で走るハイパースポーツカーは、すべてが完璧である必要があるのです」

ジェニーが初めてヴェイロンに乗ったのは2005年3月のこと。「ものすごく緊張しました。熟練のエンジニアが運転する隣りに座って、たくさんのテクニカルな点に集中しなければいけなかったのでドライブを楽しむことなんてまったく出来ませんでした」とジェニーは振り返る。

当時、品質保証製造部門長であったクリストフ・ピオションは、情熱をもって仕事に取り組むドライバーを探していた。そして2005年9月、ジェニーは新しいミッションを与えられる。それは、点検を終えたすべてのヴェイロンを、顧客に渡す前にテストするというものだった。

「彼にこの仕事を任せてもらえたときは、光栄でありがたいことだと思いました。私にとって、人生で最も素晴らしい日のひとつとなりました」

全身全霊でクルマを感じる

コルマール空港でブガッティをテストするスティーブ・ジェニー
コルマール空港でブガッティをテストするスティーブ・ジェニー。クローズドコースで急制動やスラロームなどをチェックするのも、ハイパースポーツカーを標榜するブガッティにとって欠かすことのできないプロセスだ。

まず最初に、専門スタッフ同士でテストに必要な走行距離は何kmくらいなのかを話し合った。顧客が実際の使用シーンで遭遇するであろうあらゆるシチュエーションをカバーするには、どれだけのテスト走行をすれば良いのか。高速道路や一般道だけでなく、急加速やスラロームといったテストもサーキットや空港で行わなくてはいけない。

テスト走行にあたり、ジェニーはまず車両の仕向先、及び顧客の注文に沿って正しい仕様になっているかどうかを確認する。顧客の望むマテリアルがしっかり使われているか、オプションは正確か。その後は電装関連のチェックへ。機能的な問題が見つからなければ、ここでようやくW16エンジンに火が入れられることになる。

アトリエからゆっくりと車両を出発させ、夏や冬など異なるシチュエーションを想定したルートを走る。アルザス地方をおよそ300km走行し、最大5時間ほどを費やして各部を入念にチェックしていく。ペダルの重量やレスポンス、ステアリングのフィール、音の変化。石畳の道路を80km/hで走り、サスペンションまわりから騒音が出ないかどうか、快適な乗り心地が保たれているかどうかも厳しく点検する。

「全身全霊でクルマを感じ、その反応を正確に解釈しなければいけません。技術的な知識は非常に有用ですが、最も重要なのは経験ですね」。ちなみにヴォージュ山脈のワインディングロードはテストに最適なコースだという。

どんな小さな批判も許されない

ヴォージュ山脈でブガッティをテストするスティーブ・ジェニー
ヴォージュ山脈でブガッティをテストするスティーブ・ジェニー。ブガッティの新車は最低350kmから最長750kmのテスト走行を経て、“スティーブの承認”を得た上で出荷プロセスに入る。

コルマールの空港を使ったクローズドコースでは、限界域までをカバーする高速走行テストを実施する。ここでブガッティは、300km/hを超えるスピード下でローンチコントロールやエアブレーキといった様々な機能が正確に働くかどうかチェックされる。急なレーンチェンジや200km/hからの急制動、ESPの点検も重要な確認項目だ。

「1台1台の仕様が異なり、手作業で組み上げられる車両は、すべてが完璧にできあがっていなくてはなりません。例えどんな小さな要因でも、批判を浴びるようなものがあったらそれを修正し、クルマを出荷することが我々の目的とするところです。そうでなくては、お客様に喜んでいただけないでしょう」

コルマール空港でのテストを終えると、ゆっくりとしたペースでアトリエへとジェニーは帰還する。そして、ずらりと並ぶ数多くの基準をすべて満たしているかどうかをノートに書き留めていく。その後、メカニックによりギヤボックスのオイルやホイールが交換され、オリジナルのアンダーボディを取り付けられた車両は、50km程度の最終テスト走行を1時間実施。すなわち、ブガッティのすべての新車は、少なくとも350kmから750kmのテスト走行を経た上で、ようやく顧客の元へと渡っていくということである。

スティーブ・ジェニーは、自身の仕事に飽きたことがないという。

「1日として同じ日はありませんし、このような素晴らしいクルマを運転することは、私にとって喜びの源であり続けているんです」

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著者プロフィール

三代やよい 近影

三代やよい

東京生まれ。青山学院女子短期大学英米文学科卒業後、自動車メーカー広報部勤務。編集プロダクション…