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1937〜74年に行われた氷上のモータースポーツ
ミュンヘンからクルマで北東へ2時間ほど走ると、風光明媚な山々と煌めくツェラー湖に囲まれた美しい湖畔の街、ツェル・アム・ゼーに到着する。オーストリア屈指の景勝地として知られるその場所は、かつてフェルディナント・ポルシェ博士が家族のために通称「シュットグート(Schüttgut)」を建てたことでも知られている。ポルシェにとっては第二の故郷と言える場所だ。
かの地では古くより、スキージョーリング(馬や犬に繋いだ手綱をとり、スキーヤーが氷や雪の上を進む競技)が行われていた。雪原の中で速さを競うことがエンターテインメントの一部となっていたその場所で、自動車レースが行われるようになったのも道理といえるかもしれない。1937年に始まったアイスレースは、1974年に一度幕を閉じるまで、ウィンターシーズンのトップイベントとして人々に愛された。1952年2月10日には、前年1月にこの世を去ったフェルディナント・ポルシェに捧げるメモリアルレースも開催されている。
「現代のGP アイスレース」に帰ってきたブガッティ
ブガッティがこのアイスレースへ最初に参戦したのは1960年のこと。当時の写真には、2台のオートバイに挟まるようにしてスタートラインに並ぶタイプ35の姿が収められている。その頭上ギリギリを飛ぶ複葉機も往時の雰囲気を色濃く感じさせる。
そして2019年、ツェル・アム・ゼーの雪原に「GP アイスレース」が帰ってきた。ヒストリックカーやラリーカー、最新のレーシングカーが一堂に会し、その美と性能を競うイベントはもっぱら“氷上のグッドウッド”として人口に膾炙している。
セーフティカー役を務めたミニチュアEV
現代に蘇った「GP アイスレース」の第3回は、広大な飛行場を会場に2022年1月28〜30日に実施された。昨年の第2回大会ですでに1万6000人を数える観客数を記録したものの、今回は新型コロナウイルス感染症(COVID-19)対策の観点から無観客での開催となった。ブガッティが久しぶりのツェル・アム・ゼーへ投入したのは、古典の名作タイプ51と、“最新の”ブガッティ ベイビー IIである。
英国のリトル・カー・カンパニーと共同製作したブガッティ ベイビー IIは、タイプ35を75%のスケールで再現したミニチュアEV。最新の電動パワートレインを搭載した本格派の電気自動車は、今回の「GP アイスレース」でセーフティカーとして活躍した。
フレンチレーシングブルーをまとったベイビー IIは、最上位グレード「ピュール サン」をベースに仕立てた“アイス仕様”である。足元にはトレッド部に滑り止め用の鋲を施したスタッドタイヤを装着し、セーフティカー用ライトもボディ後部に搭載。「35」のデカールをまとったベイビー IIは、氷上のレースへ挑むマシンの隊列を堂々たる走りでスタートラインへと導いた。
パフォーマンスを解放する“スピードキー”モードも
ブガッティ ベイビー IIは3グレードをラインナップする。標準モデルは複合材で仕立てたボディに1.4kWhのバッテリーを搭載。上位グレードの「ヴィテス」はカーボンファイバーボディを採用し、バッテリー容量は2.8kWhにアップ。シロンやヴェイロンが搭載するスピードキーも装備し“高速走行”にも対応する。
フラッグシップの「ピュール サン」はコレクター向けの仕様。パワートレインは「ヴィテス」と同じものを搭載するが、ボディは美しい手仕上げのアルミニウム製となる。オリジナルのタイプ35と同様、伝統的なコーチビルド技術を用いて形づくられ、各ボディは熟練職人が200時間以上費やして完成するという。
すべてのベイビー IIは後輪駆動で、リヤにはLSDを装備。ベースモデルは最高速度20km/h・最大出力1kWに制限する初心者向けモードと、最大出力を4kWまで解放して45km/hの最高速度を実現するエキスパート向けモードを用意する。「ヴィテス」と「ピュール サン」はその2モードに加え、さらに「スピードキーモード」を設定。同モードでは最大出力が10kWまで高まり、最高速度は70km/hに。車両重量わずか230kgのベイビーIIとあって、0-60km/h加速は実に6秒ジャストを記録するという。
ブガッティ ベイビーIIは邦貨で約400万円〜というプライスタグを掲げるものの、本格的なつくりと限定500台のみ生産という希少性があいまって、発表から3週間で完売の札を掲げていた。