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冬季五輪に思うヒトとクルマの違い
この原稿を書いている時点でオリンピックは終盤を迎えたところ。いつものことなのだけれど、自分なんかは始まる前は「また連日大騒ぎか」と少し諦めの距離感なのに、大会がスタートすれば原稿そっちのけでTVにかじりついている。その上、モーグルでは「あの下半身は最強のアクティブサスペンションだな」とか、カーリングでは「自分が走る前をあんなふうにスイープしてくれる機能があればいいのに」など、すぐにクルマと結びつけようとする自分の愚行にほとほと呆れる始末でもある。
冬のオリンピックは、(だから冬にやるのだけれど)すべての競技は雪や氷の上を「滑る」ことが基本となっていて、滑ることによってもたらされる速さや回転や飛距離や技などを人間がコントロールして雌雄を決する。氷や雪のコンディションは刻一刻と変化するから、それに随時合わせるこの人間のスキルというのが尋常でなく、ただただ感心し感動してしまうのだ。
翻ってやっぱりクルマの場合を考えてみると、クルマは滑ったらオシマイである。どんなに素晴らしい4WD制御でもスノーモードでもESPでもトラクションコントロールでもスタッドレスタイヤでもスノーチェーンでも、タイヤがグリップを失い滑り出した瞬間に、ドライバーはクルマをほとんどコントロールできなくなってしまう。雪上やアイスバーンといったいわゆる低ミュー路で効能があるとされる機能や機構や装備のすべては、滑ってからの対処ではなく、いかにして滑らないようにするかを目的としている。だからドライバーは「滑らせない」ことに全集中して慎重に運転しなくてはならない。
こんなことはあえて書くまでもない当たり前のことなのだけれど、「スタッドレス履いてるから大丈夫」「ヨンクだから問題なし」といった発言はいまでもわりとよく聞くし、ましてや「ノーマルタイヤでも行けると思った」なんて根拠なき空虚な自信を、雪の降った都内の事故現場でのインタビューなどで耳にすると、当たり前のことが当たり前としてちっとも認知されていないんだなと思ってしまう。
電気自動車はヨンク向き
自動車好事家たちからはいまだにさめた目で見られているEVも、実は4WDの制御という観点では極めて有効な飛び道具となることを、日産自動車が毎年開催している氷上試乗会で実体験として学んだというのが今回のストーリーである。
「EV」と書いたけれど「BEV」ではなく、正確には今回の主役はノートやオーラのe-POWERの4WDである。e-POWERはエンジンを発電機として利用し、前輪をモーターで回している。その4WDは、リヤにもモーターを置いて後輪も駆動させているので、「モーターをふたつ使った4WD」という点ではBEVのヨンクと同じ機構と言えるけれど、この「モーターを使う」がこれまでのヨンクの概念をぶち壊す制御を可能としている。
エンジンを積んだメカニカル4WDの場合、アクセルペダルを踏むとエンジン回転数が上がってクランクシャフトが回り、この動力がトランスミッションを通過しトランスファーギヤを介して前後輪に送られ、さらに前後のディファレンシャルで左右輪に振り分けられる。現代の技術ではペダルを踏んでから4輪にトラクションがかかるまでそれほど時間はかからないものの、エンジンの後にこれだけのギヤやプロペラシャフトやドライブシャフトなどの関所を通過しているのだから、どうしてもタイムラグとエネルギー損失が発生してしまう。
ところがモーターだとこれらが劇的に解消する。モーターは電気信号を受けた途端に最大トルクを発生する。4ストロークの内燃機のような4つの工程もピストンの上下運動もない。モーターのあとにはリダクションギヤとデフがあるものの、トランスミッションは存在しないし、前後にモーターがあるので前輪と後輪を結ぶプロペラシャフトもない。そして前後のトルク配分を指示する電気信号を受ければ直ちに前後モーターは反応する。
前述のように雪上やアイスバーンは路面状況が一定ではないので、随時最適なトルク配分が求められるが、モーターであればそれに瞬時に対応できるというわけである。実際にe-POWERの4WDで走ってみると、意図的にグリップを失うような運転動作をしても前後のトラクションをなかなか失わないことがよく分かる。だからといって調子に乗るともちろんこのシステムだってやがて滑り出す。
マイスターが雪道を“速く”走れる理由
ここでお出ましいただいたのは現代の名工にしてテクニカルマイスターの加藤博義氏である。すでに旧知の仲でもある彼の横にはこれまで何度も乗せていただいているが、その運転スキルは言葉を失うほど素晴らしい。そんな彼ならきっと、特設の氷上コースでもガンガン行くのだろうと思い、その仕事ぶりを拝見した。すると速度自体は自分と大きく変わらないのである。しかし、ステアリング操作のタイミングや量、アクセルペダルのコントロールが実に繊細で、グリップを失うギリギリ手前を探りながら走っている。
自分が走ると1周のうち数回はグリップを失っておっとっととなるものの、もちろん彼はそんな失態は犯さないから、速度がほとんど同じでもラップタイムは彼のほうがずっと“速く”なるわけである。実は「クルマなんて滑ったらオシマイ。だから滑らないように走る」は、以前彼に言われた受け売りなのである。
あらためて、e-POWERのコンセプトと作動ロジックを伺うべく、加藤氏に加えてテクニカルエキスパートの渡辺大介氏にも加わっていただいた。
「e-POWERの4WDは、発進時の前後駆動力配分が100:0ですが、走り出してからは100:0になることはなく、常に最適な配分で前後輪にトラクションをしっかりかけるようにしています。内燃機よりもモーターのほうがやっぱり駆動力配分が圧倒的に速くて細かい。タイヤのミュー判定を行っていますが、例えばVDCやトラクションコントロールなどのデバイスが作動するとワーニングランプが点灯しますよね。内燃機の場合、雪上や氷上などではランプが点滅しているのに実際の作動が追いつかない場合が実はあります。ところがモーターだと間に合うのでほぼ確実に作動します。内燃機ではどうしようもない部分がモーターでは解消できて、安定的かつ安全な走行ができるようになりました」
渡辺氏はe-POWERの4WDについてそう丁寧に解説してくださった。そもそも、日産自動車としては、4輪駆動制御についてどのような思想を持っているのだろうか。ここは加藤氏が語る。
「FFだとアンダーが出やすいし、FRだと後ろが流れやすい。だったら最初はFRにしておいて、後ろが流れたらフロントに駆動力を寄せてアンダーが出るようにして打ち消す。これが32GT-Rなどにも採用した(アテーサ)E-TSの考え方です。定常円旋回をすると、FFは徐々にアンダーに、FRは最後にオーバーステアになりますよね。その中間を狙えば、きちんとライントレースできるのではないか。そういう発想は、e-POWERの4WDでも基本的に同じです。むしろ、モーターのほうが反応が速いので、我々の理想に近い駆動力配分のタイミングになっていると思います。同時に、ブレーキを使うトルクベクタリングなどとの統合制御がよりしやすくなったし、タイムラグもなく緻密な制御が可能になりました」
これを受けて渡辺氏が続ける。
「もうじきお届けできるBEVのアリアのe-FORCEは、e-POWERの4WDよりも駆動力配分とトルクベクタリングをより積極的に統合制御しています。前後の駆動力配分はモーターで、左右の配分はトルクベクタリングで、というイメージです。どちらも反応が速いので状況対応も速く、統合制御することでよりよく走り、曲がるクルマになっています」
インタビューを終えてICレコーダーを止めたところで、「でも博義さん、やっぱりFFとかFRとかヨンクで運転の仕方は変えてるんでしょ??」と聞いたら「駆動形式なんか関係ない。そんな面倒くさいこと考えてねーよ!(笑)」と返された。そういう男に私もなりたい。
REPORT/渡辺慎太郎(Shintaro WATANABE)
PHOTO/北畠主税(Chikara KITABATAKE)