アウディの開発担当エンジニアが明かす、寒冷地のテストメニュー

アウディが極秘の開発現場を公開! 寒冷地試験場「KALT 1」で行う新型モデルのチューニングとは?

フォルクスワーゲンの寒冷地試験場「KALT 1」で、テストを続けるアウディの車両。
フォルクスワーゲンの寒冷地試験場「KALT 1」で、テストを続けるアウディの車両。
氷と雪の世界が広がるスウェーデン北部において、12月から3月にかけてアウディの寒冷地試験が行われている。今回、キャリブレーション担当エンジニアのラファエル・キスが、一般には開放されていない極北のテストコースと、そこで行われる開発作業についてごく一部を公開してくれた。

寒冷地で行われるチューニング作業

アウディのキャリブレーション担当エンジニアのラファエル・キスは、発売前の車両をスウェーデンの寒冷地において、徹底的にテストを繰り返している。
アウディのキャリブレーション担当エンジニアのラファエル・キスは、発売前の車両をスウェーデンの寒冷地において、厳しいテストを繰り返している。

ラファエル・キスがホテル前の通りに足を踏み入れると、足元の雪がざくざくと音を立て、雪の上には真新しい足跡が残る。冷たい空気が張り詰める1月の朝、気温計はマイナス21度を示していた。ホテルの外では、数百メートル先のテストコースで、除雪車が低い音を響かせながら凍った湖に積もった新雪を除雪、テストコースを準備している。

彼は黒いニット帽を顔まで深く下げ、スウェーデンのまだ薄暗い道をワークショップに向けて、ゆっくりと雪を踏みしめて歩きはじめた。ほど近いワークショップまでの道すがら、「ホテルからそのままワークショップに直接降りていく感じですね」とキスは肩をすくめる。時刻は午前7時。アウディのキャリブレーションエンジニアとして、安定性や駆動力などドライビング特性のチューニングを担当する、キスの1日が始まった。

外界から隔絶された施設「KALT 1」

フォルクスワーゲンの寒冷地試験場「KALT 1」で、テストを続けるアウディの車両。
今回、スウェーデン北部にあるフォルクスワーゲン・グループの寒冷地試験場「KALT 1」の内部が特別に公開された。

ワークショップは、スウェーデンにあるフォルクスワーゲン・グループの広大な試験場(機密性を保つため単に「KALT 1」と呼ばれている)の敷地内にある。ラップランドにあるこの試験場は、周りをフェンスで完全に囲まれた極秘施設で、ここでアウディをはじめとするフォルクスワーゲン・グループの次世代モデルが氷雪上のキャリブレーション(基本調整)を行っている。

試験場の総敷地面積は、フランクフルト空港の約1.7倍に相当する3600ヘクタール以上。敷地内にはオフィスが併設されたいくつかのワークショップと、ベッド数440のホテルとともに、総延長83kmの寒冷地コースが設けられている。

最寄りの大きな町から数百km離れており、スーパーも徒歩圏内にはない。それでも、平均して約150名が滞在するアウディの従業員たちが困ることはないそうだ。不便のないように整えられた就業条件には、ホテルのレストランでの3食、トレーニングルーム2室、ホテルバーも含まれている。

「ここでは大勢の人と一緒に過ごすことになります。それが好きだということが条件ですね。そうでないと、長くは我慢できないでしょう」。このように話すキスは、年間20週ほどのこの仕事を14年続けているが、そのうち毎年約10週間をスウェーデンで過ごしているという。

冬のスウェーデンでのファインチューニング

フォルクスワーゲンの寒冷地試験場「KALT 1」で、テストを続けるアウディの車両。
ドライ路面でベースラインとなるセッティングが定められた後、冬のコンディションに合わせるべくスウェーデンでのテストが行われる。

この朝、キスはワークショップのオフィスの椅子に座り、発売前のアウディ製モデルのファインチューニングの準備をしていた。息子が幼かった頃は「パパは皆が安全に乗れるようにクルマを調節しているんだよ」と、自分の仕事を説明していたという。実際、この仕事は簡単な内容ではない。

「1日中コースをぐるぐる走っているだけだと思われがちですが、そうではありません」と、キス。ときには車両で新しいソフトウェアを実行する必要もあれば、エキスパートがハードウェアを調整しなければならないこともある。車両のキャリブレーションには1年以上、通常はひと冬半を要する。

キスはチームと共に、理想的にはドライな路面でベースラインを設定し、基本的なハンドリングを調整する。その後、11月後半にスウェーデンでの冬季走行が始まる前に、ウェットな路面で試験走行を行う。最終的には路面がドライ/ウェットのどちらでも、さらには路面に氷雪があっても、バランスのとれた走りを実現できなければならない。

「ABS、ASC、ドライビングダイナミクスコントロールが、アウディのDNAに合ったものでなければなりません」とキスは説明する。アウディでは独自のハンドリングを特徴づける、特定の基準を満たすものをDNAとして捉えている。

キスによると、スペインのドライコンディションでのキャリブレーションが2月に行われており、その後スウェーデンでそれに対する比較走行が再び実施されるなど、常に相互調整が続く。新型モデルのハンドリングは、山道や峠道で1年をかけて調整される。さらに来冬にはサスペンションのエキスパートたちによる最終的なファインチューニングが行われる予定となっている。

各種パラメーターをリアルタイムで細かく調整

アウディのキャリブレーション担当エンジニアのラファエル・キスは、発売前の車両をスウェーデンの寒冷地において、徹底的にテストを繰り返している。
テスト車両にはノートパソコンが持ち込まれ、ターゲットとなるセッティングに少しずつ合わせ込んでいく作業が行われる。

窓の外では、ワークショップの明かりに照らされた大粒の雪が舞い降り続けている。「スウェーデンの12月と1月は暗く、かなりつらいですね(笑)」とキス。当日の日の出は午前9時、午後2時には再び日が沈んでしまう。キスは「3月と4月には、この北の王国に美しい季節がやってくる」と教えてくれた。

「でも、暗さにも慣れるものです。ルーフに装着したヘッドライトでどの道路も十分に明るくなりますから」と言いながら、キスはノートパソコンを抱えてデスクの上にあったクルマのキーを手に取った。

彼のノートパソコンは、カモフラージュフィルムで覆われた車両の助手席に、ブラケットを介してしっかりと収められていた。目標の特性に徐々に近づけていくため、パソコン上で各種パラメーターを変更。限界領域も含め、容易にコントロールできなければならない。すべての制御システムが目の前の走行条件にしっかりと対応できる必要がある。優れたトラクションもアウディの特徴のひとつであり、EVが登場してもこれまでのチューニングには基本的な違いはないという。

凍結した湖に作られた3kmのテストコース

フォルクスワーゲンの寒冷地試験場「KALT 1」で、テストを続けるアウディの車両。
氷上に設けられた3kmの周回コースでは、安定したグリップレベル下においてコーナリングが繰り返される。

キスが試験場で次に向かったのは凍った湖の上のコースだった。保存されたGPSデータに基づいて毎年同じカーブを描く総延長約3kmのコースだ。

早朝に除雪された雪によってコース脇にはスノーバンクができあがっている。岸辺の針葉樹は雪の重みに耐えかねてきしみ、枝が垂れ下がったままになっている。キスは車両のアクセルペダルを踏み込み、左側の最初のカーブへと向かう。車両がカーブをドリフトして駆け抜けると、雪の粒が凍てついた空に2メートルほど舞い上がった。

「仕事が本当に楽しいのは、こういう瞬間です」と、キスは言う。ハンドリングのスペシャリストである彼はデータが十分に揃うまで、いつものようにコースを数周走った。

湖の氷が車両を支えきれなくなることを心配する必要はない。シーズンの初めにスノーモービル・チームが氷の厚さを計っているのだ。車両が走行するには少なくとも25~30センチの厚さが必要とされる。氷が薄い場合は、ホバークラフトで表面の雪を何度も押し出す。雪には保温効果があるため、そうしないと氷が厚くなるのに時間がかかってしまうからだという。こうした努力の結果、氷は最大90センチもの厚さになる。

「quattro」が表現するアウディらしさ

フォルクスワーゲンの寒冷地試験場「KALT 1」で、テストを続けるアウディの車両。
トラクション変化の多い雪路において、アウディは4WDシステム「quattro」の繊細なセッティングを行っている。

厳しいスウェーデン北部で行われるテストの目標は、寒冷環境における挙動を繊細に設定することにある。開発担当者は主観的走行テストを実施し、あらかじめ定められた基準が実際の走行で達成できているかを確認。寒冷環境下の緊急制動をはじめとする、いわゆる「実際に使用される状況」がテストの基本となる。

高い精度で制御され、予測可能で安定した走行特性を目指して開発担当者が微調整を行う段階になると、初期減速や操舵サポートなどに関連する客観的なデータ測定がチューニング作業をサポートする。

直進安定性、操舵の必要性、減速性能などは、雪道及び凍結路上のさまざまな速度で作動する「ABS」を評価する基準となる。チューニング作業の結果は走行特性の評価に影響を与えるが、その挙動はモデルごとに用意されるレーダーチャートとして記録される。

チャートの基本は、テストモデルとその特徴のポジション付けを行い、走行特性と開発哲学を定義。ステアリングレスポンス、ターンインする時の挙動、トラクション、ステアリング特性といったドライビングに関する特徴によってアウディらしさが表現される。これこそが「quattro」の長所が強調されるところであり、コーナリング時の高いトラクションと優れた直進安定性、そして負荷変化時のステアリングと挙動の安定性により、アウディの4輪駆動システム「quattro」は競合モデルの水準を上回る性能を発揮するという。

1日を締めくくるワークショップでの結果分析

アウディのキャリブレーション担当エンジニアのラファエル・キスは、発売前の車両をスウェーデンの寒冷地において、徹底的にテストを繰り返している。
1日かけて走行を行い、得られたデータはワークショップへと持ち帰り、スタッフによって徹底的に分析される。

走行を終えたキスは、ワークショップへと戻った。ホテルのレストランで昼食をとった後は、機能開発担当者とシステムパートナーを交え計測結果の分析だ。キャリブレーションにはある程度個人的な感性も認められるが、キスは開発チームのリーダーや他の同僚たちとそのモデルが目標とする特性について事前に話し合う。

意見のニュアンスは人によって様々。キスは「例えば、もう少しオーバーステアにした方がいいのではないか、という意見をもつ人がいたりします」と言いつつ、「最終的に、どのような挙動に落ち着かせるかについて、全体としてほぼ同じ理解を持っています」と明かしてくれた。

キスが椅子にかけたジャケットを手に取り帽子をかぶった時、試験場は再びすっかり暗闇に包まれていた。10時間に及んだ1日もようやく終わりを告げる。「夕食、同僚との雑談、自宅へのビデオ電話。そしてまた明日です!」そう言うとキスは緑色に光るホテルのロビーへと吸い込まれていった。

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