搭載されていたボクサー4エンジンはどこへ? たった1台きりのポルシェF1を追う

幻のF1「ポルシェ 718 RS 61 スパイダー」の完成を目指す女性ポルシェ・コレクターの夢

南アフリカGPを走った「ポルシェ 718 RS 61 スパイダー」の完成を目指す、ミシェル・ハンブリー=グロブラー
ポルシェ 718 RS 61 スパイダーとミシェル・ハンブリー=グロブラー
南アフリカの自動車コレクター、ミシェル・ハンブリー=グロブラー(Michelle Hambly=Grobler)は、あるバーンファインドを完成させたいと考えている。その最後のピースとなるのが、かつてスターリング・モスがドライブした、ポルシェ 718 RS 61 スパイダーに搭載されていたエンジンだ。

南アフリカのヘルマナスで発見された貴重なポルシェ

南アフリカGPを走ったポルシェ「ポルシェ 718 RS 61 スパイダー」完成を目指す、ミシェル・ハンブリー=グロブラー
バーンファインドとして南アフリカで発見された「ポルシェ 718 RS 61 スパイダー」を所有するミシェル・ハンブリー=グロブラー。彼女はこのレーシングカーに搭載されていたオリジナルエンジンを探し続けている。

バーンファインド(Barn find)とは、クラシックカーなどが長年納屋や倉庫に保管されたのち、偶然発見されること。実際、驚くべきお宝が収められたバーンファインドの発見は、時折起こるものだ。かつて、南アフリカで開催されたF1グランプリで使用された、60年前のレーシングカー「ポルシェ 718 RS 61 スパイダー」も、南アフリカのヘルマナス近郊で、突然発見されたのである。

ホエールウォッチングで世界的に有名なヘルマナスだが、このレーシングカーは鯨よりもはるかに見つけるのが難しい。何しろ、1点物なのだ。現在、ポルシェ 718 RS 61 スパイダーは、ケープタウン郊外のウッドストックにある、ミシェル・ハンブリー=グロブラーが所有する豪華なガレージに鎮座している。しかし、このレーシングカーは、コレクションに不可欠である決定的な要素が欠けている。

それは、オリジナルのポルシェ製エンジンだ。

ハンブリー=グロブラーは、発見後すぐにこのレーシングカーを購入し、美しくレストアした。彼女は何年にもわたってこのワンオフモデルのルーツを追い求め、搭載されていたオリジナルエンジンを探すべく、世界中で調査を続けている。排気量1587cc、547型ポルシェ水平対向4気筒カレラ・エンジンは、いったいどこにあるのだろう。

クルマ好き一家に生まれたミシェル・ハンブリー=グロブラー

南アフリカGPを走ったポルシェ「ポルシェ 718 RS 61 スパイダー」完成を目指す、ミシェル・ハンブリー=グロブラー
ミシェルと夫のデイビッド、そして3人の子供達。祖父がフォードのカーディーラーを経営し、父や伯父もカーエンスージアストという、クルマ好き一家に生まれたミシェル。自分の血管には「ガソリンが流れている」と笑う。

現在、この貴重なレーシングカーは、かつて繊維工場として使われていた建物を改装したプライベートコレクションの1階に置かれている。ミシェルは、夫のデビッドと6人の子供たちを説得して、この建物を手に入れた。 彼女はF1マシンを含む、20台の貴重なポルシェを保管するための場所を探していたのだ。

ミシェルは「私の血管にはガソリンが流れています」と笑う。祖父はフォードのディーラーを経営し、父は自分のガレージで愛車の修理をし、叔父はレースにも参加している。彼女が初めてステアリングを握ったのは、12歳のとき。20代になると、当時ケープタウンに住んでいた伝説のF1ドライバーのヨッヘン・マスと交流を持つようになった。

現在、彼女はヒストリックラリーやレースイベントにも積極的に参加。クルマへの飽くなき情熱は、彼女の言葉を借りれば「多様性に富んだ、素晴らしいコミュニティへの扉を開いた」のである。

ミシェルが所有する膨大なポルシェコレクション

南アフリカGPを走ったポルシェ「ポルシェ 718 RS 61 スパイダー」完成を目指す、ミシェル・ハンブリー=グロブラー
当初、アメリカ車に嵌っていたミシェルだが、あるミーティングをきっかけにポルシェの虜になる。現在、各世代の911やスピードスターなど、貴重なコレクションを所有している。

20年以上前、クルマのコレクションをスタートした当初、彼女が注目していたのはV8エンジンを搭載したアメリカ車だった。1968年式フォード マスタング ファストバックに続き、1958年式シボレー コルベットを手に入れると、ケープタウンで開催されたカーミーティングに参加を決める。

この日を境に、すべてが変わってしまったという。知人からポルシェ911カレラRSのキーを渡され、アメリカ製大排気量V8ではなく、ドイツ製ボクサー6を試さないかと誘われたのだ。背中から響く乾いたエンジンサウンドを聴きながら、彼女の感情は大きく揺さぶられることになった。

夫のデイビッドは当初、妻が愛するようになったこのデリケートなスポーツカーを「レンジローバーのラゲッジに収まりそうだね」とからかっていた。しかし、その時にはすでに運命は決まっていたのである。

現在、ミシェルのポルシェ・コレクションには、1958年製ポルシェ ディーゼル ジュニアトラクターや1958年製フィヨルドグリーンのスピードスターをはじめ、S、T、E、SCなど様々な911のバリエーション、2台の911 タルガ、911 GT3 RS、ケイマン GT4、2台のGシリーズ911ターボ、928Sなど、多岐にわたる。そして2015年、彼女はインターナショナル・ポルシェ・パーソナリティ・オブ・ザ・イヤーにも選出された。 

ビル・ジェニングスが独自に作り上げたポルシェ

南アフリカGPを走ったポルシェ「ポルシェ 718 RS 61 スパイダー」完成を目指す、ミシェル・ハンブリー=グロブラー
ミシェル・ハンブリー=グロブラーが所有するシルバーのF1マシンは、南アフリカ出身のエンジニア、ビル・ジェニングスが、ポルシェからエンジンなどを手に入れて、独自に作り上げたマシンだった。写真にはコクピットに収まるジェニングスと、それを覗き込むスターリング・モスが写っている。

数年前、1台の銀色に輝くレーシングカーが、彼女の素晴らしいコレクションに加わった。1960年代に撮影された写真を集めたアルバムを見ながら、ミシェルは「ポルシェ 718 RS 61 スパイダー」の歴史について説明してくれた。 

物語の主役は南アフリカ出身のエンジニア、ビル・ジェニングスという人物。彼はたったひとりでフォーミュラカーを製作した。参考にしたのは、当時スターリング・モスが耐久レースでドライブしていた、ポルシェ718 RS 61 スパイダーだった。

ジェニングスはツッフェンハウゼンのポルシェに手紙を出し、718のエンジンとトランスミッションを譲ってもらえないかと問い合わせた。エンジニアとしての才能を認められたジェニングスは、ポルシェのオリジナルエンジン、トランスミッション、ホイール、リヤサスペンション・アセンブリを実際に受け取った。それはスターリング・モスの718用スペアパーツであり中古だったが、ポルシェによってオーバーホールが済まされていた。

「キャラミで開催された南アフリカGPで撮影されたふたりの姿があります」と、ミシェルはスターリング・モスとビル・ジェニングスが映るモノクロ写真を見せてくれた。

どこかに販売されてしまったポルシェ製ボクサー4

ジェニングスは、ハンドメイドのポルシェ・レプリカで数年間参戦した後、あっさりとモータースポーツ活動から引退し農家に転身した。その後まもなく、エンジンはクルマから取り外されてどこかに売却。一方、ボディシェルはレッドにペイントされ、ボルボやアルファロメオなど様々なエンジンが搭載されることになった。

ミシェルは、ジェニングスのレースプロジェクトに関する資料をほぼすべて集めつくしたという。彼女の夢は、いつかこのフォーミュラカーでグッドウッド・フェスティバル・オブ・スピードに参加すること。そのためには、どうしてもオリジナル・エンジンを見つけなければならないのである。

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