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1956年に「ベスト・オブ・ショー」を初受賞
ペブルビーチ・コンクールデレガンスのチェアマンを務めるサンドラ・バトンは、ブガッティの貢献について次のように説明する。
「初期のペブルビーチ・コンクールデレガンスは、主にニューモデルに重点が置かれていて、コレクターズカーは特に評価されておらず、あまり参加も多くありませんでした。状況が変わり始めたのは、50年代半ばのこと。主催者が、ニューモデルではなく、ヒストリックモデルにアワードを与えるようになったことが大きかったと考えています」
ペブルビーチ・ゴルフリンクスの18番フェアウェイに展示されたクルマと、カーメル湾の美しく輝く海を背景に、ブガッティが初めて頂点に立ったのは1956年。この年、ミルトン・R・ロス博士が所有するグランプリカー、ブガッティ タイプ37が「ベスト・オブ・ショー」を受賞した。
以降、ブガッティのあらゆるモデルが、ほぼ毎年ペブルビーチ・ゴルフリンクスの18番フェアウェイに登場してきた。これまでブガッティは、9回の「ベスト・オブ・ショー」を受賞しており、これは自動車メーカーの最多獲得数である。
タイプ41 ロワイヤルが6台集結した1985年
「ブガッティ・ブランドは、ペブルビーチの歴史の中で特別な位置を占めています。ブガッティのモデルがフェアウェイを飾るたびに、来場者、そしてもちろん審査員を魅了してやみません。実際、1985年のイベントに貴重なブガッティが勢揃いしたことによって、ペブルビーチが今日のような国際的な成功を得たと言っても過言ではありません」と、バトンは振り返る。
バトンが指摘するように、1985年にペブルビーチで行われたイベントには、6台のブガッティ タイプ41 ロワイヤルが集結した。まさに息を呑むような光景であり、1926年から1933年にかけて生産されたタイプ41 ロワイヤルが一堂に会したのは、この一度きりである。
ブガッティの創業者エットーレ・ブガッティは、「最高の高級車」、つまり貴族や王族のためのクルマを作ろうとしていた。全長6.4メートル、12.8リッター直列8気筒エンジンを搭載したタイプ41 ロワイヤルは、技術的にもスタイリング的にも完璧なまでにその目的を果たしていたと言えるだろう。しかし、登場時期が世界恐慌と重なったことで、わずか6台の生産に留まることになった。
外交特権を使ってフランスから運んだ2台のロワイヤル
6台のブガッティ タイプ41 ロワイヤルを一堂に集めようという野心的なアイデアは、当時の現場スタッフであり、現在はこのイベントのチーフジャッジであるクリス・ボックが提案した。しかしそのためには、6台のうち2台に米国政府から外交特権を与えてもらう必要があった。外交特権は通常は個人に与えられるものであり、それまで自動車に与えられることはなかったのに、である。
「ブガッティ タイプ41 ロワイヤルの全6台中4台はすでにアメリカにありましたが、残りの2台はフランスにありました。ミュルーズのシュランプフ兄弟の自動車コレクションの一部で、フランス政府が接収しフランス国立自動車博物館が管理していました。しかし博物館側はクルマがフランスを離れると、シュランプフ兄弟が返還を求めて訴訟を起こすのではないかと心配していたのです」とボックは振り返る。
外交官特権が認められたとしても、乗り越えなければならない大きなハードルがあった。フランスから米国への一般的な航空貨物便はカナダで給油するが、米国の外交特権ではカバーできない。そのため、パリからロサンゼルスへと直行するエールフランスの特別便を手配しなければならなかったのである。
フランス国立自動車博物館では、リスクを最小限に抑えるために1台ずつ別の航空機、別のトラックで輸送することを求めていた。1985年当時の輸送費は約8万5000ユーロだったが、ペブルビーチでブガッティの伝説的なモデルの集結を求める多くの熱狂的なカーコレクター、審査員、コンクール関係者らによって寄付が集められたという。
他の2台のロワイヤルは、リノのウィリアム・F・ハラー・コレクションから、5台目はミシガン州ディアボーンのヘンリー・フォード博物館から参加した。
「このクルマは、GMの元幹部であるチャールズ・チェインから、ヘンリー・フォード博物館に寄贈されたものです。チェインは、ニューヨークの寒い冬でエンジンブロックが割れてしまった後、行き着いたロングアイランドの廃品置き場でこのクルマに出会い、数百ドルで購入したのです」と、ボックは説明する。
「私たちは細心の注意を払って、ゴルフ場に隣接する個人宅のガレージに5台のロワイヤルを保管していました。そこへ、ブリッグス・カニンガムが所有していた、6台目のロワイヤルが到着したのです。なんとフォード F250ピックアップトラックで、あの貴重な名車をオープントレーラーに載せて運んできたんですよ! 彼は『大丈夫だ、シートをかぶせりゃ、問題ない』と言っていましたが、私たちは過呼吸になるほど慌てふためきましたよ(笑)」と、ボックは懐かしそうに笑った。
数々のニューモデルがペブルビーチでワールドプレミア
1990年にはラルフ・ローレンが所有する、タイプ57 SC アトランティークが「ベスト・オブ・ショー」を受賞するなど、ブガッティは長年にわたってペブルビーチで多くの話題を提供してきた。2003年にはマリン・コレクションが保有するタイプ57 SCとラルフ・ローレンの車両が再会を果たしている。また2019年には、4台のブガッティ タイプ59 グランプリが、1934年以来初めて一堂に会したこともあった。
そして70回目となる今回のペブルビーチ・コンクールデレガンスでは、数台のベスト・オブ・ショー受賞車を含む多数のブガッティが特別展示される。「ブガッティは、技術、スタイル、希少性が完璧に調和しています。すべての機械部品は、エンジニアの目だけでなく、デザイナーの視点でも作られているのです。まさに芸術品ですよ」と、ボック。
近年もブガッティはニューモデルのアンベールを行うことはもちろん、ステファン・ヴィンケルマン社長やデザインディレクターのアキム・アンシャイトがペブルビーチ・コンクールデレガンスの審査員を務めるなど、このイベントに深く関わっている。
例えば、ブガッティ ヴェイロン 16.4 グランスポーツは、2008年の前夜祭でワールドプレミアされた。このクルマはグッディン・アンド・カンパニーが主催するペブルビーチ・オークションに出品され、290万ドルで落札。販売価格を90万ドルも上回ったため、ブガッティはその全額をペブルビーチ・カンパニー・ファンデーションのチャリティに寄付している。
「ペブルビーチ・コンクールデレガンスは、カーエンスージアストにとって、世界で最も偉大な自動車の祭典です。1950年の第1回から、ブガッティがこのイベントに関与してきたことを誇りに思っています。そして過去70年間、最も多くのアワードを獲得してきてきたことも光栄な事実です。毎年、ペブルビーチではお客様と交流し、新しい友人を作るための完璧な舞台を提供してくれます。私たちはペブルビーチ・コンクールデレガンスとの特別な関係を、今後も続けていきたいと考えています」と、ヴィンケルマンは語っている。