厳戒態勢下で行われたマセラティならではの発表会とは

午前3時の発表会。マセラティ MC20プレミアの舞台裏【渡辺慎太郎の独り言】

連載コラム「渡辺慎太郎の独り言」第15回。トビライメージ
連載コラム「渡辺慎太郎の独り言」第15回。トビライメージ。
マセラティは2020年9月9日(日本時間9月10日)に、最新モデル「MC20」のワールドプレミアを実施。その発表会の様子はNYと日本にも生中継された。日本ではメディアを招待して特別なライブビューイングイベントを行ったが、ときはコロナ禍。徹底して3密を避けることを前提に行われた異例のイベントは、じつにマセラティらしい創意工夫に満ちていた。

手触りを失った2020年の春と夏

連載コラム「渡辺慎太郎の独り言」第15回。MC20発表会イメージ
2020年9月9日(日本時間9月10日)に開催されたマセラティ MC20のワールドプレミア。イタリア本国では、モデナのテストトラックに特設ステージを準備(写真)。その模様は東京とNYに生中継された。

前回からずいぶん間が空いてしまってすいませんでした。

実は何度も何度も原稿は書いたのだけれど、浮き世の動向があまりにも目まぐるしく、時事ネタを書いてもすぐに状況が急転して、ほんの数日後に読み返したらなんともトンチンカンな内容になっていた、みたいなことを繰り返していたらあっという間に数ヵ月が経過、挙げ句の果てには総理大臣まで代わる始末である。一方で、コラムに自分の好きなことを綴るという行為が、精神的にも心情的にも自ら進んで楽しくできるような気分ではなかったというのも事実だった。

それがどうしてなのかはよくわからない。ただ、秋の気配をようやく感じるようになったいま、あらためて振り返ってみると、自分の中では今年の春と夏がぽっかりなくなっていたことに気が付いた。満開の桜や目に眩しい新緑も見たし、酷暑で汗だくになったり蝉の大合唱も聞いた。それにもかかわらず、春と夏が消去されていると感じるのはなぜなのか。

コロナ禍だろうと何だろうと四季は今年もいつものようにやってきてくれたのだけれど、そこに身を置く者がそれを「春」「夏」と認識して受け入れる気持ちがきちんと整っていないと、臨場感のようなものが伴わないからかもしれない。大好きなアーティストのオンライン配信ライブを自宅で観て、もちろん楽しかったんだけどなんかこういまひとつ盛り上がれなかった気分に似ている。自分にとっての2020年の春と夏は、まるでテレビに映し出される映像を見ているようだった。

そんなこんなの中で、久しぶりにこのコラムを書いてみようという気になったのは、とあるイベントに参加させていただいて、なんとなく前向きな楽観的思考になれたからである。マセラティ MC20の発表会がそれだった。

あえなく断念したモデナ出張

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9月10日の深夜、ひとときだけ東京タワーはマセラティ ブルーに染め上げられた。

当初、自分は2020年9月9日に開催される本国モデナでの発表会に招待されていた。しかしコロナ禍で、一時は開催自体が危ぶまれていたところ、8月中旬にマセラティから「発表会は開催することになったが、イタリア入国後2週間のホテル隔離措置はまだ解除されていない。もし発表会の2週間前に入国できるなら、ホテル内でゆっくり夏休みを過ごしていただいても構わない」との連絡があった。「隔離」を「休暇」と見なすイタリア人のポジティブな発想は誠に天晴れであり、一瞬それも悪くないかなと思ったものの、日本へ帰国してからの2週間の隔離措置もまだ続いていて、そっちのほうが仕事への影響が大きいためやむなく断念した。

9月に入ると「9日にオンラインで発表会をやることになりました。ついてはせっかくなのでみなさんと一緒に発表会を見る場を設けますのでぜひご参加ください。詳細は追って連絡します」との連絡がきて、9月4日にインビテーションが届いた。そこには「発表会は日本時間の10日午前3時30分からなので、9日から一泊で芝公園のザ・プリンスパークタワー東京のお部屋をご用意しました。各自でチェックインしていただき、午前3時にロビーへ集合ください」と書かれていた。

「バンケットルームかなんかに大画面のスクリーンでも用意して、そこでみんなで見るんだな。それにしてもプリンスパークタワーとは、マセラティにしてはフツーのホテルだな」と正直思った。というのも、3年前の1泊2日の国内試乗会では、スタート前のプレゼンテーションのためだけにアマン東京、試乗後の宿は修善寺のあさばというように、マセラティのイベントにはいつも食と宿に強いこだわりが窺えるからだ。

芝のプリンスに彼らが部屋をとった理由

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観客席代わりのギブリの車内にはピザやフルーツも用意されていた。

迎えた当日。21時過ぎにチェックインして部屋に入ると、例によってマセラティ・ジャパン社長のサイン入りウェルカムレターがあり、そこには「午後10時になったら東京タワーをご覧ください。タワーがマセラティブルーに染まります」と書かれていた。カーテンを開け放つと目の前には東京タワー。午後10時。一瞬照明が消えて見えなくなった東京タワーは、マセラティブルーになって再び姿を現した。これは後でわかったことなのだけれど、マセラティのゲストには全員、東京タワーが見える部屋がブッキングされていたという。あえてプリンスパークタワーを選んだ理由がその時ようやく分かった。

午前3時の集合時間までまだ5時間ある。さてこれからどうするか。なんて頭を抱えてしまう自分は、きっとホテル滞在を楽しむセンスに欠けているに違いない。すぐに寝て午前2時くらいに起きるか、あるいはこのまま起き続けるか。起きているなら何をするか。どうしようどうしようとウダウダしているうちに午前0時を過ぎ、いまから寝るのは中途半端だからやめようと思った瞬間に眠くなる自分にはほとほと愛想が尽きたが致し方ない。シャワーを浴びてリフレッシュして、ようやく時間になったのでロビーへ。そこで今回は約20名のメディア関係者が招待されていることがわかった。

“観客席”のギブリはショーファーへ

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東京タワーの麓の駐車場で、ドライブインシアター形式により開催されたマセラティ MC20の“ライブビューイング”発表会。

「では時間になりましたのでこちらへどうぞ」と案内されたのはバンケットルームの方角ではなく正面の車寄せ。停車中のバスに乗るよう促された。当然のことながら車内では「どこに行くの??」との声が飛び交う。ホテルを出ると程なくしてバスは東京タワーの駐車場に滑り込んだ。そこには大きなスクリーンと、スクリーンに向けてずらりと並んだマセラティ各車が。「ドライブインシアター形式か」と事態を飲み込んだ。

東京タワー駐車場へ行ったことがある人ならご存じかと思いますが、あそこは東京タワー側へ地面がなだらかに傾斜している。ドライブインシアターとしてクルマを並べると、前のクルマの位置が低くなるのでスクリーンが見やすくなんとも都合がいいのである。

密を避けるため、乗車はもちろんひとり1台ずつ。助手席に座って待っていると、やがて小さなピザとフルーツが届く。車内にはあらかじめ飲み物やお手ふき、簡易扇風機が用意されていた(東京都の条例でアイドリング禁止のため、エアコンが使えないので)。

音声はFMトランスミッターで飛ばすので、エンジンは始動せずアクセサリーの状態でクルマのラジオを使用。ただし、バッテリー上がり防止のため、一定時間が過ぎると電源が自動的に落ちるから、またすぐにエンジンスタートボタンを押すようアナウンスがあった。感心したのはバックアップ用として、後席にポータブルのラジオが置かれていたという点。これならオンライン発表会を一瞬たりとも聞き逃すことはない。念には念の入れようがお見事だった。

サプライズと至れり尽くせりのオンライン発表会は無事終了。運転席にドライバーが乗り込んできたので、「なるほどこのままホテルへ送り届けてくれるのか」と思ったら「ホテルへは向かいません」と。「え?じゃあどこへ連れて行かれるの??」「原宿の所定の場所までお連れするようにしか私たちも聞いていないのです」。しばし明けの明星と橙色の東の空の共演に見とれながら、マセラティ ギブリは六本木を抜けて246に入り、表参道を通って原宿駅前のイベントスペースに到着。そこにはなんと、さっきまでスクリーンの中にあったMC20の実車がベールを被って鎮座していたのである。

ここで、マセラティ・ジャパンのルカ・デルフィーノ社長が今日初めて登場してMC20をあらためてアンヴェールした。聞けば現存するMC20はわずか4台で、動体はモデナの発表会の1台とバックアップ用、残り2台はパワートレインだけが載っていない個体で、それが東京とニューヨークに空輸されていたという。マセラティが米国と日本のマーケットをいかに重要視しているのかを再認識させられた。

こうして、午前3時に始まったMC20発表会は息もつかせぬサプライズ続きのまま午前6時に終了、もちろんホテルまではまたひとり1台ずつ、マセラティでの送迎だった。

コロナ時代をどう生きるか

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芝公園から原宿へ。朝焼けの都心をギブリで運ばれていくと、MC20の実車がサプライズでゲストを迎えた。

コロナ禍で「イベント=自粛」という方程式が自動的に適用され、それが世界中で当たり前となってしまった。そんな閉塞感漂う中にあっても「それでもなんとかどうにかできないか?」と知恵を絞りアイデアを出しそれを実現したマセラティの並々ならぬモチベーションと実行力には恐れ入る。

私たちはこれからしばらくの間、黒と白との間を行き惑いながら、そういう空気を吸って吐く生活を余儀なくされるだろう。何が本当に正しいのか釈然としないまま、やらなきゃいけない、あるいはやったほうがいいとされることを実践し、いつの間にか実践すること自体が目的となってそれを漫然とこなすようになり、そしてそれ以上の思考を停止する状態に私たちは陥っているのかもしれない。

考えることを止めてはいけないと、ギブリの車窓に映る新しい1日が動き出した東京を眺めながら思ったのでした。

REPORT/渡辺慎太郎(Shintaro WATANABE)

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著者プロフィール

渡辺慎太郎 近影

渡辺慎太郎

1966年東京生まれ。米国の大学を卒業後、1989年に『ルボラン』の編集者として自動車メディアの世界へ。199…