124シリーズに見るメルセデス・ベンツの思想

タイヤ交換でも実感した「124」が名車と呼ばれる理由 【渡辺慎太郎の独り言】

連載コラム「渡辺慎太郎の独り言」第13回。トビライメージ
連載コラム「渡辺慎太郎の独り言」第13回。トビライメージ。
メルセデス・ベンツが1980年代半ばから1990年代半ばにかけて生産していた124シリーズは、今も中古車市場で高い人気を誇っている。2〜30年前のクルマながら、乗ってみるとなるほど使い勝手に優れ、耐久性高く、2021年の現在でも十分に通用する商品力を備えているのが分かる。その124の300CE-24を自身でも所有する自動車ジャーナリスト・渡辺慎太郎は、あるアクシデントを通じて「名車」が「名車」たる理由を実感したという。

それは突然やってくる

連載コラム「渡辺慎太郎の独り言」第13回。300CE-24のエンジンコンパートメント
2ドアクーペというボディ形状でありながら、トランクルームはタイヤ4本を優に飲み込む。三角表示板の搭載方法にも注目。(写真=渡辺慎太郎)

「ダンッバタバタバタドスンガツンゴォー」

「うわあーバーストだ。たぶん左前タイヤだな」

第三京浜上りの都筑ICを越えてしばらくした時だった。日曜日の午後10時を少し回ったところ。橫浜で友人との食事を楽しんで「いい週末だったな」と気分よく運転していたらそれは突然やってきた。

おそらく「ダンッ」はタイヤ内のエアが完全に抜け切った音、「バタバタバタ」はタイヤが裂けてホイールから外れそうになっている音、「ドスン」はタイヤが外れてホイールハウスの内側に当たった音、「ガツン」はホイールが路面と接触した音、そして「ゴォー」はほとんどホイールだけで走っている音で、ステアリングが取られて左方向へ車体が流れたので、左前のタイヤと推測した。

「はあーやれやれ」

すぐにハザードランプを点灯し安全を確認しつつ路側帯まで車線変更して停車、とりあえず110番通報して「第三京浜上りの○○ポスト付近でタイヤがバーストしました。事故などは起きていませんしこちらも大丈夫ですが、おそらく外れてしまったタイヤが本線上に落ちているかもしれません」という旨を連絡した。

タイヤ交換のリスクヘッジ

連載コラム「渡辺慎太郎の独り言」第13回。300CE-24の車載工具
300CE-24の車載工具。必要最低限にして十分なツールをきちんと完備している。(写真=渡辺慎太郎)

次に思ったのは、「深夜の高速道路ではできれば車外に出たくないし停車したままいたくない」だった。路側帯まで移動できているとはいえ、高速道路上での停車は後続車の追突の危険が(特に深夜は)あるし、車外に出ればリスクが跳ね上がるからだ。

ふと前方を見ると次のICまで800mの標識が目に入った。クルマの現状の見立てが間違っていなければ、ハザードをつけたままゆっくり走行すれば800mならどうにか辿り着ける。一般道に降りてから安全な場所を見つけて、そこでタイヤ交換するほうが得策ではないかと考え、どうにかICの料金所を通過。屋外灯を煌々とつけている中古車ショップがすぐに見つかったので、その入口付近のスペースを拝借してクルマを停車した。

降車して左前タイヤを見ると、予想通りの有様だった。タイヤはビード部分だけがホイールに張り付いているだけで、トレッドもサイドウォールも見事になくなっていた。「いまごろ第三京浜では電光掲示板に『この先落下物あり』と表示されてるんだろうなあ、道路公団の方々が命掛けでタイヤの回収にあたってくれているんだろうなあすいません」と、第三京浜を向いて深々と頭を下げてから、タイヤ交換の作業を開始した。

本線上でのタイヤ交換を避けたかった理由が実はもうひとつあって、トランクにはほぼ新品のタイヤが4本、積んだままになっていたからだ。これを降ろして車外に置いておくのはさまざまな二次災害が想定されるのでタイヤ交換をやりたくなかったのである。

ちなみにこの4本のタイヤは同業者の島下さんのご厚意で数日前に頂戴したもので、タイヤ保管のスペースを事務所に作らないといけないなと考えていたところだったが結局、すぐに履き替えることになったのでその必要はなくなった。偶然とはいえ素晴らしいタイミングである。

作業を通して見えたメルセデス・ベンツの思想

連載コラム「渡辺慎太郎の独り言」第13回。300CE-24のジャッキアップポイント
ボディサイド、すぐに見つかる位置にあるジャッキアップポイント。ここに専用ジャッキのアームをセットするだけで準備は完了。(写真=渡辺慎太郎)

トランクからタイヤを降ろし、1本はクルマ止め代わりに使って右前タイヤにかまし、残り3本はクルマの脇に積んで置いた。通りかかった人からすれば「どんだけタイヤ好きかよ」「いまからここで4本交換する気か」とさぞや怪訝に思ったに違いない。ちょっと恥ずかしく思ったけれど雨予報が出ていたし、さっさと交換しなければとあらためて奮起して、フロアカーペットとフロアパネルを外し、工具とジャッキとスペアタイヤを降ろした。

それから10分後。自分はタイヤのなくなったホイールをスペアタイヤの場所に収め、工具とジャッキとフロアパネルとフロアカーペットを元の位置に戻し、4本のタイヤを荷室に収めてトランクリッドを閉めていた。タイヤ交換はあっけないほど簡単に済ませることができたのである。そしてこの時代のメルセデス・ベンツの自動車作りの思想にあらためて感銘を受けたのであった。

画期的な三角表示板の搭載法

連載コラム「渡辺慎太郎の独り言」第13回。300CE-24のジャッキ
300CE-24のジャッキは一本足タイプ。操作自体は簡単だが傾斜など不安定な場所での作業は要注意だ。(写真=渡辺慎太郎)

いまの愛車は1992年式のメルセデス・ベンツ300CE-24である。いわゆる「イチニーヨン」のクーペである。イチニーヨンは名車だとよく言われるけれど、それは何も操縦安定性や乗り心地や動力性能に限ったことではない。細部にわたるさまざまな緻密な設計も高く評価されてしかるべきなのである。

路上でタイヤ交換をする際にまず最初にやるべきなのはトランクを開いて三角表示板を出し、後続車に注意を促すこと。当時のメルセデスは、トランクリッドの裏側に三角表示板が“三角のまま”収納されているので、トランクを開けた瞬間から自動的に三角表示板が威力を発揮することになる。細長いケースから本体を出して三角形に組み立てる手間は必要ない。もちろん必要であれば、トランクリッドから外して自車の後方に置くことも可能である。これ以上に優れた三角表示板の収納法を自分は知らないし、どうして他の自動車メーカーがもっと真似をしないのかもわからない。

あるべきものをあるべき場所へ

連載コラム「渡辺慎太郎の独り言」第13回。300CE-24のスペアタイヤ
300CE-24の荷室床下には、テンパーやタイヤ修理キットではなく「スペアタイヤ」を積む。(写真=渡辺慎太郎)

さきほどサラッと「トランクにはほぼ新品のタイヤが4本、積んだままになっていたからだ」と書いたけれど、標準装着サイズ(195/65R15)のタイヤが4本、きちんとトランクに収まるクルマなんていまどきいったいどれくらいあるだろう。

くどいようだが、このクルマは2ドアクーペである。同じイチニーヨンのセダンやワゴンよりホイールベースも短い。それにもかかわらず、トランクには広大なスペースがきちんと確保されている。リヤシートは倒していない。というかそもそも可倒式ではないし、これだけの容量があれば可倒式にする必要もない。実際、4本を収めてもそれが動いてしまうくらい、まだスペースに余裕があった。

この素晴らしいトランクのフロア下に隠れていたスペアタイヤ/ジャッキ/工具にも、それぞれ見るべきところがある。標準装着サイズよりも小さいテンポラリータイヤ、通称「テンパー」ではなくあえて「スペアタイヤ」とここまで書いてきたのは、フロア下に置かれていたのは標準装着ホイール+標準装着タイヤだったからである(つまり今回は、トランク内には計5本の標準装着サイズのタイヤが入っていたことになる)。これまで一度も使用された形跡はなくホイールは新品だったので、交換したらむしろバースト前よりも綺麗な見栄えになってしまった。そもそも昔はこのクルマのように、標準装着と同じタイヤ&ホイールがトランク内に収納されていたクルマが少なくなかったのだ。

タイヤ交換が10分で済んだ理由

連載コラム「渡辺慎太郎の独り言」第13回。300CE-24のタイヤ交換
最近はハブ側に備わったボルトをナットで締める方式が多いが、この頃のメルセデスはハブ側にねじ溝があり、ホイールボルトで締め込む方式。(写真=渡辺慎太郎)

そもそも、テンパーは「80km/h以下で最大100kmの走行距離」が一般的(実際の航続距離はもう少しあるはずだが、タイヤの経年変化や空気圧にもよる)な使用基準なので、この条件下でタイヤショップを探すのはなかなか難しい。たとえタイヤショップを見つけたとしても、深夜はやっていないし日中でも休業日かもしれないし欲しいサイズの在庫がないかもしれないから、当初の予定を遂行するのは事実上諦めざるを得ないだろう。

最近ではテンパーの代わりに“パンク修理キット”を搭載しているクルマも多いけれど、おそらくタイヤ交換のできない人はパンク修理キットを正しく使うことも出来ない。それくらい、パンク修理キットによる作業は意外と手間がかかる。自分はパンク修理キットのお世話になった経験がなく、正直に言ってきちんと正しく使える自信もない。

作業はジャッキアップする前に交換するホイールのボルトを緩めることからスタートする。この時に使うのは車載工具の中のホイールレンチ。通常はL字型が一般的なのだけれど、これだと長すぎて、下側のボルトを回す時に地面に当たってしまうときがある。このクルマのホイールレンチは長さがワンタッチで二段階で変えられるスグレモノなので、ボルトの位置によって使い分けた。

次はジャッキアップ。車載のホイールジャッキはパンタグラフ式が広く普及しているが、これは1本足タイプ。ジャッキアップポイントはAピラー下あたりのサイドシル部にあって、カバーを外したら出てくる穴にジャッキアームを差し込んで、後はハンドルをクルクルと回すだけ。

ジャッキアップで1番面倒なのは、ジャッキアップポイントを探し、そこに正確にホイールジャッキをかます作業である。ジャッキアップポイントはアンダーフロアにある場合が多く、フロア下を覗き込むか潜り込んで場所を特定し、その下にパンダグラフ式ジャッキを置いて、少しずつジャッキを上げながら正しくジャッキアップポイントに合わせる必要がある。これがなかなか難儀であり、暗い夜だとさらに時間がかかる。このクルマはポイントがボディサイドにあって穴もあいているため、フロア下を覗く必要も手探りする必要もない。あっという間に左前輪が持ち上がった。

エンジニアの「声」が聞こえる

連載コラム「渡辺慎太郎の独り言」第13回。300CE-24のマウンティングボルト
こちらが「マウンティングボルト」。これで“仮留め”すれば位置が狂うこともない。(写真=渡辺慎太郎)

さっさと外したら、スペアタイヤの装着。最近のクルマはハブ側にボルトが備わっていて、それをナットで締める方式が多いが、この頃のメルセデスはハブ側にねじ溝が切ってあり、ホイールボルトで締め込むタイプ。これだと、ハブ側とホイール側の穴を同じ位置に合わせる必要があり、タイヤ&ホイールを持ち上げたまま位置決めをしなくてはならない。

ところが車載工具の中には“マウンティングボルト”と呼ばれる棒状の細長いボルトが1本入っていて、コイツをまずハブ側の穴のひとつにねじ込む。ホイールの穴のひとつにこのマウンティングボルトを差し込むと残りの穴の位置決めがピタリとできるようになっているのだ。こうして真新しいホイールの装着も程なく終了。ジャッキダウンして増し締めをして外したホイールと工具とジャッキを片付けてすべての作業が完了した。これで正味10分である。

もし、このクルマでなかったら「タイヤ交換10分」は無理だったろう。同時に、工具の種類やジャッキアップポイントの位置を決めたエンジニアは、きっと過去にタイヤ交換で痛い目に遭ったに違いないと思った。タイヤ交換は本来、とても面倒で大変な作業だった。それは一度でも経験したことがある人なら誰もが口を揃えてそう言うはずである。

ジャッキアップポイントをボディサイドに置き、専用のジャッキを揃え、ホイールレンチの長さを変えられるようにして、マウンティングボルトまで用意されていることから、「こうすればきっとタイヤ交換が誰にでもラクにできて、スケジュールを大きく変更することなく旅行を続けられる」とのエンジニアの想いが窺い知れるように感じた。

効率優先の現代こそ見習うべき姿勢

連載コラム「渡辺慎太郎の独り言」第13回。300CE-24のフロントビュー
実際にタイヤ交換をしたことがある(しかも切羽詰まった状況で)人間の気持ちをよくよく斟酌した設計、装備が調えられている124。30年前のクルマから学ぶことは日々多い。

スペアタイヤやテンポラリータイヤの採用は減少傾向にある。昔と比べるとパンクが圧倒的に減り、日の目を見ないまま廃棄されるスペアタイヤの処理の問題はもちろんのこと、自動車メーカーのエンジニアとしてはできれば重く大きなタイヤは積みたくない。荷室を侵食するし、リヤのオーバーハングに重量物を置くという慣性モーメントの観点では絶対に避けるべきことをやらざるを得なくなるからだ。

そんなことは重々承知していても、今回のような実体験をしてしまうと「ぜひスペアタイヤの装備を!」と自分なんか思ってしまう。たとえそれがNGでも、せめて三角表示板の有効な収納方法や、パッケージの優先順位がもっと高いスタイリングなど、いまのクルマにも見習うべきことはたくさんある。

REPORT/渡辺慎太郎(Shintaro WATANABE)
PHOTO/小林邦寿(Kunihisa KOBAYASHI)

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著者プロフィール

渡辺慎太郎 近影

渡辺慎太郎

1966年東京生まれ。米国の大学を卒業後、1989年に『ルボラン』の編集者として自動車メディアの世界へ。199…