ポルシェ最新のピュアEVレーシングコンセプト

ポルシェ ミッションRの開発現場に迫る! ローリングシャシーを実走させる理由とは

ポルシェのEVコンセプト、ミッションRのローリングシャシー
ポルシェのEVコンセプト、ミッションRのローリングシャシー。
2021年9月にミュンヘンで開催された「IAA モビリティ 2021」のポルシェブースで、とりわけ大きな注目を集めたのがコンセプトカー「ミッションR」。これからの時代のカスタマーレーシングの可能性を提案するスタディモデルで、現行911 GT3 カップカー相当の性能を標榜する意欲作。しかも、ポルシェならではのパフォーマンスを追求する一方で、シートユニットごと取り外してシミュレーターとして利用できたり、コクピットのオンボード映像を中継できるセットを搭載したりと、レースがもっと面白くなりそうな機能も満載しているのが話題となった。

Porsche Mission R

ショーカーでもリアルな性能を追求

ポルシェのEVコンセプト、ミッションRのフロントビュー
ポルシェが2021年9月の「IAA モビリティ」で発表したコンセプトカー、ミッションR。911 GT3 カップ同等の性能を標榜するピュアEVレーシングマシンだ。

サーキットを愛するジェントルマンドライバーのために、ポルシェが提案するまったく新しいGTレーシングマシン。それが2021年のIAAで発表されたコンセプトカー「ミッションR」だ。

デザインだけを追求するショーカーとは異なり、ミッションRはリアルなメカニズムに基づき構築されているのが特徴。同車の開発を統括するミヒャエル・ベーア技術プロジェクトマネージャーは、「それがポルシェの哲学です」と語る。「このプロトタイプは、もちろん現時点ではショーカーです。しかし、同時に最高の技術水準も満たしてます」

「ミッションRには手本がない」

ポルシェのEVコンセプト、ミッションRの開発を統括するミヒャエル・ベーア技術プロジェクトマネージャー
ポルシェのEVコンセプト、ミッションRの開発を統括するミヒャエル・ベーア技術プロジェクトマネージャー。

たとえコンセプトカーであってもポルシェ車らしいパフォーマンスを備えるべし。それがヴァイザッハ流のやり方。ミッションRの製作過程でも、それぞれの段階でCADを用いて試作車並みのクオリティを目指してきたという。

「こういったプロジェクトは、迫り来るデッドラインの大きな重圧にさらされるものです。しかしそれは同時に、まったくの白紙から開発をスタートできるというエンジニアの夢が叶う瞬間でもあるのです。ミッションRには、倣うべき手本はありません。これ自体が手本となるのです」(ベーア氏)

ル・マンウィナー由来の冷却テクノロジー

ポルシェのEVコンセプト、ミッションRのローリングシャシー
ポルシェのEVコンセプト、ミッションRのローリングシャシー。ボディパネルや空力デバイスのないむき出しのシャシーでも、しっかりテストコースを走り込むのがヴァイザッハ流。

ミッションRは最高出力1088psを誇る全輪駆動のピュアEV。前後にそれぞれ1基ずつ搭載する電動モーター、そして1速のトランスミッションはともにツッフェンハウゼン製だ。車重は1500kgを目標値としており、0-100km/h加速は2.5秒以下、最高速度は300km/h以上を標榜している。

バッテリーを直接油冷する革新的な冷却システムは、ル・マンを3度制したポルシェ 919 ハイブリッド由来のテクノロジー。フロント側にダブルウィッシュボーンサスペンションを採用したシャシーにも、先進のレース技術を満載する。さらに、ウェットコンディションでも優れた視界をキープできるよう、フロントウインドウにヒーターを搭載するなど、細かい部分までリアルな観点に基づき作り込まれている。

軽量化だけでなく持続可能性にも配慮

ポルシェのEVコンセプト、ミッションRのローリングシャシーのステアリングコラム
ポルシェのEVコンセプト、ミッションRのローリングシャシーのステアリングコラム。ステアリングホイールやシート、ペダルなどは既存のレーシングカーの部品を流用している。

「また、すべての部分において、できる限りの軽量化を図っています」とベーアは説明する。たとえば3Dプリンタを使ったトランスミッションケースは、鋳造で作ったものに比べて30%も軽くなっているという。加えて、エネルギー回生により制動力を強化できるため、ブレーキシステム自体の重量も12kg抑えることができた。

また、ボディパネルの複合材は羽根のように軽いだけでなく、サステナビリティにも配慮したものをチョイス。CFRPだけでなく、天然の繊維を使った「Natural Fiber Reinforced Plastic=天然繊維強化プラスチック」を採用するなど、エココンシャスな素材を積極的に模索している。

ローリングシャシーでテストコースを走る

ポルシェのEVコンセプト、ミッションRのコクピットに収まる開発エンジニア兼レーシングドライバーのラース・ケルン
ポルシェのEVコンセプト、ミッションRのコクピットに収まる開発エンジニア兼レーシングドライバーのラース・ケルン。

プロトタイプのシャシーは、フラハトを拠点とするモータースポーツ部門の肝煎りだ。まずはボディのないローリングシャシーがテストコースに投入され、シートやステアリングホイール、ペダル類は既存のレースカーのものを流用したうえで、想定通りに機能するかどうかの試験に供される。最初のテストは、なんとIAAまで半年を切ったタイミングで行われたそうだ。

メカがむき出しになったローリングシャシーをドライブするのは、開発エンジニアでありレーシングドライバーでもあるラース・ケルン。彼は言う。「このようなプロジェクトに参加できるなんて、本当に心が揺さぶられる経験です。僕なんて、キャンディ屋さんにいる子供みたいでしたよ!」

ミッションRの実現可能性は

ポルシェのEVコンセプト、ミッションRのクレイモデル
フラハトで鍛えあげられたミッションRのローリングシャシーは、デザインスタジオによりショーカーにふさわしいエクステリアとインテリアを与えられた。写真はクレイモデルの製造過程。

ラースは幾度も裸のマシンをテストコースで走らせ、いくつものタイヤを試し、前後のブレーキバランスを評価する。「何に一番驚いたかというと、この時点ですでにものすごく進化を感じさせるクルマになっていたこと。強大なトルクが瞬時に立ち上がることや、全体的なドライビングダイナミクスはもちろんですが。今ここで、ものすごく楽しいものが生まれようとしている。そう実感しました」

鍛え上げられたシャシーは、のちにヴァイザッハの中でもとりわけ万全のセキュリティ態勢が敷かれたビルディング100へ移管。スタイルセンターによりエクステリアをインテリアを与えられ、IAAの華々しいスポットライトのもとへと旅立っていった。ミッションRが実車となり、世界中のサーキットでカスタマーレーシングの愛好家たちを笑顔にさせる日は来るのか、否か。しかし、およそ実現の可能性が無いであろう、絵に描いた餅のようなコンセプトカーをポルシェが手掛けることはあまりない。

ポルシェのEVコンセプト、ミッションRのリヤビュー
ポルシェのEVコンセプト、ミッションRのリヤビュー。これからの時代を見据えたサステナブルでユニークなレーシングカーであり、かなり具体的な提案内容に、ポルシェの本気度が伝わってくる。

例えば1993年のデトロイトには水平対向エンジンをミッドに積んだロードスターというコンセプトを発表したが、3年後には「ボクスター」として製品化。同社を支える新しい大黒柱となった。2000年にパリのルーブル美術館前でヴァルター・ロールが実走して見せたスーパースポーツコンセプトも、2003年に「カレラGT」として量産へ。2010年のジュネーヴショーで公開した軽やかなプラグインハイブリッド スーパーカーのコンセプトは、2013年に918台限定の「918 スパイダー」として市販されている。2019年に発売した同社初のピュアEV「タイカン」の原型も、2015年のフランクフルトショーで「ミッションE」としてお披露目されていた。

ミッションRの未来にも、おおいに期待できるのではないだろうか。

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著者プロフィール

三代やよい 近影

三代やよい

東京生まれ。青山学院女子短期大学英米文学科卒業後、自動車メーカー広報部勤務。編集プロダクション…