「BEV統一教」普及に熱心だった欧州が「悪いのはお前らだ」と中国にケンカを売った

PHOTO:BMW
EU(欧州連合)は「中国政府が企業にばらまくBEV(バッテリー電気自動車)補助金の調査を始める」と言い出した。アメリカではIRA(インフレ抑制法)が成立し「BEVの車両生産は国内」「電池部品や資源の調達率が国内50%以上」でなければBEV購入者は税控除(実質的な補助金)を受けられない。しかし世界の車載電池生産量のうち約6割を中国が 握る。こうなった背景にはもちろん、電池企業向けにばらまかれた中国政府の補助金があるが、性格としては産業振興のための政府投資だ。いまさら調査して何になるのか。そもそもEUに中国を非難する資格はあるのか。

EUは「BEV統一教」

EUはBEVしか認めない。BEV以外は一網打尽にする。そう考えている。これは「BEV統一教」だ。中国はNEV(新エネルギー車)としてBEV/PHEV(プラグイン・ハイブリッド車)/FCEV(燃料電池電気自動車)を承認しているが、BEV(ハイブリッド車)も歓迎する。化石燃料の消費を減らせれば何でもOKという姿勢だ。これはいわば「低燃費教」であり、一神教ではなく多神教だ。

アメリカはバイデン政権になってBEV普及推進派が主導権を握った。カリフォルニア州のローカル規制であるZEV(ゼロ・エミッション・ビークル)規制が連邦規制に格上げされた格好だ。国民にBEV統一教への改宗を迫っている。しかし、UAW(全米自動車労組)の大規模ストも、この強制改宗に一因がある。

中国はいま、xEV(何らかの電動機構を持ったクルマ)の普及を進めている。「x」に入る文字はB(Battery=バッテリー)、H(Hybrid=ハイブリッド)、MH(Mild Hybrid=マイルドハイブリッド)、PH(Plug-in Hybrid=プラグインハイブリッド)、FC(Fuel Cell=燃料電池)の5つ。EVはElectric Vehicle=電気動力車。一般メディアはBEVのことをEVと呼ぶが、これは誤解を招く表現である。HEVもPHEVもFCEVもすべてEVの仲間だ。

これらxEVには電池が要る。基本はどのタイプのxEVもLIB(リチウムイオン2次電池)である。だから中国の電池企業は、HEVに使う瞬発力重視型からBEVに適した持久力重視型まで、さまざまなタイプの車載LIBを開発し、量産できる体制を整えた。その支援を中国政府が行なった。

筆者の知るかぎり、中国政府がNEV規制を始めた2017年よりも前に、電池企業には補助金(というか産業奨励金)が支給されていた。どれくらいの額が投じられたかはわからないが、筆者が過去に取材した中国の電池企業は量産設備だけでなく研究開発、人材のヘッドハント、日本などからの電池技術習得にお金を遣っていた。お金を遣ったから車載電池の世界シェア6割を獲ることができた。

中国政府の狙いは「車載電池の価格破壊」だと筆者は推測する。これは荒唐無稽な推測ではなく、1990年代後半から中国取材を始め、自費で足繁く中国に通い、中国メディアにも寄稿し、人脈を広げた結果の推測だ。そして、車載電池はそのとおりになった。

BEV信奉者諸氏は「LIBは作れば安くなる」という。たしかにLIB価格は下がった。しかし、LIBを製造していたのは中国、韓国、日本であり欧米企業の存在感はほぼゼロ。日本が最初に実用化したLIBを、量産設備をバックにどんどん値下げしたのは中国だった。日本は量産体制を敷くほどの需要が国内になく、競争からは早々に脱落した。韓国は中国に挑んだ。

韓国のLG化学は車載LIB事業の単年度黒字化に10年以上かかった。日本のパナソニックはテスラ向けのLIB事業でも黒字化に同じくらいの年月を要した。車載LIBは長い間我慢しないと黒字にならない。「作れば作るほど安くなる」のではない。中国政府はそれを知っていた。だから補助金を遣った。

EUも「1兆円」の補助金を積んでいる

EUが中国の電池補助金額を知らなかったとは思えない。情報は集めていたはずだ。その結果、2019年12月、欧州委員会の委員長に就任したウルズラ・ゲルトルート・フォン・デア・ライエン女史は就任演説で「ふたたび強い欧州を!」と宣言した。それまでEUの姿勢だった「政府による補助金が公正な競争を邪魔する」を撤回した。すぐさまEU議会はLIB(リチウムイオン2次電池)など電池分野の研究開発を進めるため32億ユーロ(当時の為替レート、1ユーロ=121.3円で約3882億円)を企業に提供する案を承認した。

この32億ユーロはEUによるBEV補助金だ。EU議会がそう宣言している。「我われも補助金を復活させた」と。

今年(2023年)6月に欧州会計検査院は「2014年から2020年の間に欧州の電池産業は少なくとも17億ユーロのEU補助金を受け取り2019〜2021年にはドイツ、フランス、イタリアなどで60億ユーロ規模の国家補助が承認された」と報告した。つまりEUでのBEV関連の補助金は、最大で77億ユーロだ。過去10年間の平均為替レートを1ユーロ=135円と仮定して1兆0395億円。すべての予算が執行されたかどうかは欧州会計監査院も「把握できていない」と言い、このうちBEV購入者向けの購入補助金がどれくらいになるかもわからないようだが、とにかく補助金推定額は最大1兆円である。

中国の場合、NEV(FCEVはほとんどないのでBEVとPHEV)補助金は購入者には渡らずOEM(自動車メーカー)が受け取る。なので、一時期は「1台売れたことにして補助金を申請して受け取り、そのあとで車両を回収し、その車両を再び売れたことにして……」という大胆な補助金詐欺が横行した。

筆者は中国で「巨大な在庫BEV駐車場」を見た。フェンスの中に同じ形のBEVがずらっと並んでいた。「省の産業奨励金を受け取るために製造されたものの、売れなかったBEVだ」と聞かされた。NEVの販売台数が拡大して以降は「購入契約書があれば補助金申請できる」ようになり、そこでも「クルマを売らずに補助金だけ受領した」という件があったそうだ。

EUも中国も企業への補助金は遣っていた。これは間違いない。今回、EUが問題にしているのは「他国の同じ産業に損害を与える」イエロー補助金と「あからさまな輸出補助金」となるレッド補助金だが、どんな補助金にせよ商品が国外に持ち出されて売られるのであれば、価格競争力を高める補助金になる。だから「補助金」なんじゃないの? と言いたい。

いったい、EUは何をしたいのか

PHOTO:SVOLT

EUから中国には車載電池もBEVも輸出されていない。逆にEUのOEMは中国企業から電池を買っている。世界最大の電池企業であるCATL(寧徳時代新能源科技)はドイツに工場を持ち、元は日産とNECの合弁だったAESC(オートモーティブ・エナジー・サプライ)は中国の遠景集団に身売りされてからも英国工場の操業を続けている。長城汽車からスピンアウトした急成長中のSVOLT(蜂巣能源鍵)は現在、2つの電池工場をドイツに建設中だ。国軒高科もドイツに電池工場を建設中だ。

これら中国の電池メーカーは補助金で成長した。成長したから欧州に工場進出できた。欧州工場で作られる「中国由来」の車載電池はVW(フォルクスワーゲン)グループ各社やステランティス各社など在EUのOEMが使う。工場ができる前から「ウチに電池をください」と発注し、場合によっては株主になったりもしている。

「中国製の電池はダメ。中国企業がEU内で生産する電池はOK」とは、昔あった理不尽な制度に似ている。

かつてアメリカは、日本車の大量輸入に怯えたビッグスリー(当時はGM、フォード、クライスラー)に配慮して「日本からの輸出車はダメ。アメリカで生産するならOK」と言い出した。それと同じだ。

いっぽうEUのOEM、おもにドイツのOEM各社は、自社の中国合弁工場で生産したBEVを欧州向けに出荷し、販売価格を抑えようと計画している。そうすれば2.5万ユーロで売るBEVを持つことができる。この計画はVWやBMWがすでに発表している。メルセデスベンツは中国の吉利集団にスマート・ブランドの運営を任せており、中国製スマートが欧州に運ばれる可能性がある。

過去に筆者のコラムで何度も書いてきたが、欧州でBEVが売れている国は国民ひとり当たりGDPの額が大きい国であり、国民の平均所得が高くなければBEVは売れない。BEV普及ではポーランドやルーマニアといった東欧諸国は置いていかれている。だから安価なBEVが必要なのだが、EU域内で生産すると2.5万ユーロを下回るのは難しい。ステランティスは東欧圏にBEV工場を建てたが、最近になって「3万ユーロを切るのは困難だろう」と言い出した。

だからEUのOEMは中国からの逆輸入を計画している。しかし、EU委員会が「中国での補助金がEU企業に損害を与えている」と判断した場合は、EU標準税率である10%を超えた報復関税を中国製BEVに課するはずだ。そうなると在EUのOEMによる中国からの逆輸入計画は意味がなくなる。一部では「関税率27%程度」と言われている。

1台の仕入れ価格2万ユーロで中国から輸入しても、関税によっていやおうなしに2.5万ユーロになる。輸送費、販売管理費、利益を乗せたら3万ユーロになってしまう。

いったい、EU委員会やEU議会は何をしたいのか。中国にイチャモンをつけることが目的なのか?

「BEV統一教」の布教が目的ならどんなBEVでも構わないはずだが、補助金にどっぷり浸かったBEVは嫌だと言う。しかし電池は中国に握られている。中国政府は補助金を遣って電池産業の生産能力を高め、技術面でも優位な位置まで導いた。すでに中国国内では車載電池が余っている。単価も下がった。生産過剰によって過当競争になったわけではなく、中国が世界の車載電池を牛耳るために行なった投資の結果だ。

中国のOEMは、ICE(内燃機関)も捨てていない

そのいっぽうで中国のOEMは、ICE(内燃機関)も捨てていない。日本ではBEVメーカーと言われているBYDは、PHEVが飛ぶように売れていて、その利益でBEV事業を有利に進めた。新興BEV企業が相次いで倒産し、生き残っていても累積赤字を抱えている例が多い中国にあって、BYDは別格である。その地位はPHEVが作った。

吉利グループはルノーやメルセデスベンツからICE開発を請け負っている。「もうICE車はやめる」と宣言した欧州OEMは、いまになって「2030年まで残るICEが、ひょっとしたら中国製になるかもしれない」という焦りをおぼえている。BYDと吉利は、ともに正味熱効率43%という高効率ICEを量産している。

その原動力になったのはマツダのSKYACTIV ICEであり、内閣府が所管したSIP(戦略イノベーション創造プログラム)での正味熱効率50%のガソリンICE開発だった。中国自動車産業に「我われもICE開発を推進すべきだ」との機運を盛り上げたのは日本だった。

じつは日本が一番いい位置にいるのではないか?

中国でのNEV普及を見ていると、販売台数は増えているものの、保有台数に占める比率はサーチュレートしてきた。BEVについては「大都市では30%、中小都市では25%、内陸部の小都市では20%が限界だろう」との分析が中国のなかにもある。すでにNEV補助金は廃止され、購入者へのインセンティブは自動車購入税の減免だけだ。

欧州のほとんどの国は、まだBEV購入補助金を交付している。来年からフランスでは制度が変わり、中国製BEVは「クリーン電力を使っていない」との理由で補助金対象ではなくなる。原発比率70%のフランスだからできる差別だが、韓国・LGがポーランド工場で製造している車載電池はステランティス傘下のプジョー/シトロエンが使っている。ポーランドは火力発電がメインだが、それは構わないのか?

EUに中国の補助金を批判する資格はない。筆者はそう思う。そして「BEVしか認めない」などという左翼的思考では、強い欧州など実現できるはずがない。もちろん、これは世界のどの地域、どの国にも当てはまる。つねに選択肢を広く持ち、柔軟な思考を持ち、プランAがダメなときのプランB、さらにプランCを用意しておく。それが国家戦略ではないのか? 

日本はxEVすべてを作ることができる。足りないのは車載電池だが、日本に電池企業は何社もある。政府が2000億円程度を支援すれば量産体制は確立できる。そして中国製よりも均質な電池を量産できる。中国製と韓国製のLIBを使い始めた日本のOEMが直面している「LIB性能のばらつき」は解消できる。トヨタは選別に漏れたLIBをどうしようか……と考えたが、その心配は無用になる。

それでも「じつは日本が一番いい位置にいるのではないか?」とは、日本の新聞やテレビや経済誌は、絶対に言わないだろう。彼らは不安を煽ればそれでいい。「日本は遅れている」という常套句が好きでたまらないだけなのだ。

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著者プロフィール

牧野 茂雄 近影

牧野 茂雄

1958年東京生まれ。新聞記者、雑誌編集長を経てフリーに。技術解説から企業経営、行政まで幅広く自動車産…