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史上、もっとも過激な「A110」

現行アルピーヌA110史上、もっとも過激なモデルと言われる「A110 R」に、スペインはマドリッドで試乗することができた。国際試乗会のロケーションは、かつてF1グランプリも開催されたハラマ・サーキット。そして郊外路でも、日常的な使い勝手を確かめることができた。
アルピーヌがその「R」というイニシャルに込めたメッセージは、いわゆるありがちな“Racing”ではなく、“Radical”だという。
だが「過激な」とか「徹底的な」と訳せるこの形容詞に相応しいチューニングが施されているのかとスペックを紐解けば、まずその1.8直列4気筒ターボが手つかずなのはかなり面白い。
メガーヌRSにも搭載されるルノー製「M5P」ユニットは、最高出力が300PS/6000rpmで、最大トルクは340Nm/2000rpm。
この数値は下位グレードのA110 GT/Sと同じ数値であり、馬力・トルク共に発生回転数すら変わっていない。
今後も細かい限定車は登場するかもしれないとはいえ、実質ガソリン仕様の最後を飾るモデルであるA110 Rをして、アルピーヌがエンジンに手を着けない理由はいくつか考えられる。
ひとつは駆動系の耐久性だ。アルピーヌは前回この300PS/340Nm化に際して、一度トランスミッションの強度を上げている。そして今回出力アップを図らなかったところを見ると、このパワー&トルクが組み合わされる7速EDC(エフィシエント・デュアル・クラッチ)やドライブシャフトの強度に対する、彼らの保証できる限界点なのだろう。2026年までしか作り続けない現行A110だけに、「R」専用でさらにコストを掛けるのはフランス流ではない。
もうひとつは税制だ。フランス国内では出力やCO2排出量、そして生産台数に応じた税金が掛けられる。だからフランス国内にはフェラーリやポルシェのようなハイパワースポーツカーが極端に少ないらしいが、そのなかでA110は検討している。その理由は課税額が、少なく抑えられているからだという。

ならばとアルピーヌ開発陣が選んだ手法こそ、シャシー性能の向上だった。そのためにA110 Rには、カーボン素材がふんだんに盛り込まれている。
しかしながらさらに面白いのは、その材料置換が数字だけだとさしたる軽量化にならないことだ。具体的に言うとA110 Rは、スポーツレンジのA110 Sと比べて、約34kgしか軽くなっていない。
ボンネットからディフューザーまでぐるっとひと巻きそのエアロパーツをドライカーボン化しても、3%ほどしか軽量化できないのである。
だとしたらアルピーヌ開発陣の狙いは、何だったのか?
テーマは、空力性能の向上。カーボン素材を使ったのは、新たな空力デバイスを装着した際の重量増加を避けるためであり、なおかつ高いパーツ剛性を得るためだ。
A110 Rのダウンフォース量は、ベースとなるA110に対してフロント側で30kg、リア側ではなんと110kgにまで高められている。
かたやA110 Sはベース車両比でフロントが60kg、リアが81kgとなっている。単純にその数値だけを見ると、A110 Sの方がA110 Rより、曲がりやすいクルマに仕上がっている。
A110 Rがフロントのダウンフォース量を減らしてまで求めたのは、空気抵抗の削減だった。バンパー開口部内に仕込まれたエアロパーツは、ラジエターへの導風路を狭めることでその流速を上げ、かつバンパー回りの空気を整流してドラッグを低減している。
いわくそのCd値は、A110 Sと同じフロントスプリッターを着けた状態でも、ベースのA110と同等になった。そして最高速度は、車高を20mm低めたセッティング時に、270km/hから280km/hへと向上した。
拍子抜けするほどしなやかな乗り心地
そんなA110 Rを走らせた印象は、予想を覆すものだった。
普通サーキット走行が可能なレーシングスポーツといえば、足周りがガッチリと固められたスパルタンな乗り味を想像することだろう。
しかしA110 Rは、拍子抜けするほど乗り心地がしなやかだった。
そこには、ボディ剛性の高さが効いている。

カーボン製のサイドスカートはフロアの面積を拡大し、後端を立ち上げ後輪にそのエアフローが当たらない工夫が採られている。そしてこれと同時に、そのボディ剛性をも高めていたのだ。
ZF製の車高調整式ダンパーが、そのボディを土台としてスムーズに伸縮する。装着されるスプリングは前後で10%、スタビライザーは前10%、後25%剛性が高められ、加えてタイヤにはミシュラン パイロットスポーツ CUP2まで奢られているのに、車高を20mm低めた短いストロークのなかで、路面の凹凸をいなすのだ。
パワー・ウェイト・レシオにして3.6kg/PSの全開加速は、腕に覚えのあるアマチュアドライバーなら手に余らない程度のスピード感だ。
ただしフロント荷重が軽いミドシップマシンにCUP2の組み合わせは、路面状況と気温を意識してしっかりとタイヤに熱を入れる必要がある。かくいう筆者もアウトラップでいきなり、1コーナーのグラベルベットに捕まりかけた。
ウォームアップを済ませてからのA110 Rは、その乗り心地と同じく、とても穏やかな挙動を示した。低速コーナーでは舵が良く利いて、高速コーナーではリアエンドが極めて安定していた。
だから路面ミューが日本とは違ってかなり低く、奥で回り込んだコーナーが多いハラマでも、初見ながら割と安心して走ることができた。特にリアグリップの高さはシリーズを通して一番高く、クリップから自信をもってアクセルを踏み込めるのはアマチュアドライバーにとって嬉しいポイントだ。そしてここには、サイズを拡大し、フィン形状も変更したディフューザーと、スワンネックタイプのウイングを、ハイマウント化して後方へオフセットした効果が現れていると感じた。
ただ、筆者はこれがA110 Rの本性ではないと思う。
試乗車は20段階の調整式ダンパーが、不特定多数のジャーナリストが試乗するのを前提に、少し緩めにセットされていた。いわゆる「一見さん様仕様」だ。よってロールスピードが早い割にタイヤへの荷重移動が遅く、クルマなりには良く曲がるのだが、マシンに一体感が得られなかった。
このセットを前後の車高バランスや、ダンパー減衰力を好みに合わせることで、さらに尖らせることは可能だろう。きっちりセットを出せばきっと、名実ともにラディカルなA110に仕上げられるはずだ。

カーボン製フルバケットシートは2脚で5kg減量
サーキット試乗のあとは、街中からワインディングまで郊外路を100kmほど走ることができた。
ロードクリアランスを確保するために車高を20mmほど高めたその乗り心地は、ストローク量も増えたのかピットロード以上に快適だった。2脚で5kgウェイトを削減したサベルト製の薄造りなカーボン製フルバケットシートも、要所に張り込まれたクッションがほどよく利いて、一般道での乗り心地を確保できている。
浅溝なCUP2のサイドウォール剛性が突き上げや横揺れを引き起こす場面はあるにせよ、雨さえ降らなければ休日に峠をひとっ走りなんて使い方も十分にできる感じだ。そしてきっと、ガレージからサーキットまでの道中も、快適にこなすことができるだろう。
ベースモデルから考えると、約2倍。1500万円のプライスタグが着けられたA110 Rは、正直「頑張れば手が届くかもしれない」と思わせてくれるアルピーヌA110のキャラクターからは大きく逸脱している。
個人的な感覚で言えばだったらA110を購入して、足周りや冷却系を仕上げながら楽しむ方が、遙かにコスパが高いと感じる。
だから当たり前な言い方をすれば、このA110 Rはアルピーヌを愛するマニアのための、ガソリン世代最後のスペシャルモデルだと結論付けることができる。
しかし現実は、そうではないようだ。というのもアルピーヌ・ジャポンが上半期に確保できた18台は、アッという間に完売した。そこにはA110 Rの価値を見抜いた、投資的な側面もあるかもしれない。また「たった18台」という味方もできるが、とりあえずその販売は好調のようだ。
ちなみにアルピーヌはA110を2026年まで作り続けると公表しており、このA110 Rもカタログモデルとなっている。ただし生産可能な台数は極端に少ないようだから、欲しいなら早めに手を打つ方がよいだろう。

アルピーヌ A110 R 全長×全幅×全高 4205mm×1800mm×1250mm ホイールベース 2420mm 最小回転半径 5.8m 車両重量 1090kg 駆動方式 後輪駆動 サスペンション FR:ダブルウィッシュボーン タイヤ F:215/40R18 R:245/40R18 エンジン 直列4気筒DOHC16バルブターボ 総排気量 1798cc 内径×行程 79.7mm×90.1mm 最高出力 221kW(300ps)/6300rpm 最大トルク 340Nm(34.6kgm)/2400rpm 燃費消費率(WLTC) ―――― 価格 15,000,000円