「007と自動車産業」アストンマーティン、BMW、フォード……ボンドカー小考察・その3

左はアストンマーティンDB5 右はV8ヴァンテージ 2018年に開催された「GLOBAL JAMES BOND DAY」からPHOTO○ASTON MATIN
ショーン・コネリーのボンドカーはアストンマーティン『DB5』。ロジャー・ムーアのボンドカーはロータス『エスプリ』。4代目ボンド、ティモシー・ダルトンのボンドカーはふたたびアストンマーティンに戻った。そして5代目ボンド、ピアース・ブロスナンはBMWからアストンマーティンへ。このボンドカー交代の裏にある事情こそは世界の自動車産業の動きである。(写真は筆者撮影分しか掲載できないので、映画のシーンはほかのサイトをご覧ください)
TEXT◎牧野茂雄(MAKINO Shigeo)

第13作『オクトパシー』

ロジャー・ムーアがボンドを演じた第13作『オクトパシー』は1983年6月の公開。冒頭に小型ジェット機『アクロスター』で暴れまわるシーンは予告編で話題になったが、本編とは何の関係もないということは映画を観て初めて知った。ちなみに戦いのクライマックスも空のシーンだった。
冒頭から1時間34分40秒あたりでソ連のオルロフ将軍が乗ってきたメルセデス・ベンツ250SEを盗み、片輪走行で銃撃を交わしながら線路に入り、ボンドはメルセデスから並走する列車に飛び移る。1時間48分28秒のあたりではアルファロメオ・アルフェッタGTVを盗む。西ドイツ警察のBMWパトカーに追われながらサーカスのテントに持ち込まれた核爆弾を無力化する。ボンドが本作でクルマを運転したのはこの2回だけで、ボンドカーは出てこない。

第14作『美しき獲物たち(A View To A Kill)』

ルノー11 PHOTO○RENAULT

続く第14作、1985年5月公開の『美しき獲物たち(A View To A Kill)』は、ロジャー・ムーアがボンドを演じた最後の作品。冒頭から19分40秒でルノー『11』のタクシーを盗んで敵を追い掛ける。場所はパリ。エッフェル塔の近くだ。ルノー『11』でバスの屋根に乗る大ジャンプの後、20分15秒のあたりで鉄製進入禁止バーに突進しクルマの上半分をもぎ取られ、その15秒後には運転席から後ろのボディがなくなる。FFだから前輪だけで走る。本作のカーチェイスはここまで。

ボンドが駆るルノー『11』が真っ二つになるシーンを超スローで見ると、運転しているのはボンドと同じ服を着たカースタントマンだということがわかるが、ボンドのシーンとうまく繋ぎ合わせている。真っ二つになって走るカットはすべてスタントマンだろうが、ロジャー・ムーア演じるコミカル・ボンドならではのカーアクションだ。

第15作『リヴィング・デイライツ』

1987年6月公開の第15作、『リヴィング・デイライツ』でティモシー・ダルトンのジェームズ・ボンドがデビューした。冒頭から16分少々でティモシー・ダルトン扮するボンドはアウディ『200クワトロ』を運転する。24分40秒付近でアストンマーティン『V8ヴァンテージコンバーチブル』に乗って登場。これはボンドの愛車という設定だ。

ちなみに26分ごろに現れるイギリスの牛乳配達車は、鉛バッテリーで走る3輪BEV(バッテリー・エレクトリック・ビークル)だ。早朝に牛乳を届けるから音の静かなBEVを使うという配慮であり、日本の新聞社が「あれは販売所の自由」と責任取りを逃げている早朝のうるさいスーパーカブより紳士的な配達方法だ。自分たちが作った新聞が「どう届けられようが知ったこっちゃない」をいう主張を続けてきた彼らに、あらゆる物品の流通を批判する資格はない。

チェコスロバキア(当時)のブラティスラヴァで女性チェリストをアストンマーティン『V8ヴァンテージ』に乗せて西側に脱出するシークエンス、冒頭45分付近からチェコスロバキア警察&国境警備隊とのバトルが始まる。前輪ホイール中央から赤いレーザー光が出て、並走するラダ『2103』パトカーのサイドシルを焼き切る。前方道路の封鎖はミサイルで突破し、凍った湖に逃げるときにはボタンひとつでスパイクタイヤになり、おまけにサイドシルからスキーが出現。最後の突破はボディ後部に収納した加速用ロケットブースターを使用……という具合のギミック満載。久々登場の秘密兵器ボンドカーだ。

この映画には、ソ連崩壊前の東側と西側の自動車格差が描かれていて興味深い。パトカーのラダ『2101』『2102』や路上駐車してあるスコダ『105S』が当時の東側のスタンダードであり、夜の街は薄暗い。ボンドのアウディ『クアトロ200』や西側の都市の夜の華やかさとは対照的だ。東欧の家庭が西側のテレビ電波を受信し、そこに映っているもののあまりの違いに気付いたことがポーランドやチェコスロバキアでの革命の原動力になったとも言われているが、たしかにそうかもしれない。シネカメラが捉えた「素」の街の姿は、東西陣営ではあまりにも違いすぎた。

第16作『消されたライセンス(License To Kill)』

第16作の『消されたライセンス(License To Kill)』は1989年6月の公開。麻薬組織のボスに対する個人的復讐というストーリーだが、前作とは打って変わって、ボンドのカーチェイスシーンはない。ティモシー・ダルトンは本作でボンド役を降りた。そして第17作の『ゴールデンアイ』まで007シリーズは6年半もの間、鳴りを潜め、1995年11月にピアース・ブロスナン演じるジェームズ・ボンドで復活した。

冒頭から約14分でボンドのアストンマーティン『DB5』は、のちに敵だと判明する女性が運転するフェラーリ『F355』と峠道で競争する。アストンマーティンの出番はここまでで、武器係のQはジェームズ・ボンドに「キミの新しいクルマを紹介しよう」と言いBMW Z3を見せる。「全方位レーダー、自爆装置、ライトの奥にスティンガーミサイル……」と説明するが、本作では活躍しない。本作はクルマの協賛がBMWになった。

このあたりの事情を述べておく。アストンマーティンは第16作公開後の1991年にフォードが買収した。その2年前、1989年にはジャガー・カーズもフォードが買収した。BMWは本作の制作が進んでいる最中の1994年に英国のローバー・グループを買収した。ロータス・カーズは1986年に米・GMに買収されたのち、1993年にブガッティのオーナーであるイタリアのであるロマーノ・アルティオーリが買い取ったが、1995年にブガッティの倒産により宙に浮いた状態となり、最終的にはマレーシアの国策会社であるプロトンが商標権を買い取った。現在は中国の浙江省吉利控股集団がオーナーである。

1994年当時、英ローバー・グループの株は20%をホンダが、80%を航空機・防衛産業のBAe(ブリティッシュ・エアロスペース)が1989年以降所有していた。ところがBAeは、英国政府との約束だったローバー株転売禁止期間の5年が経過した1994年に突如、全株をドイツのBMWに売った。これは筆者の憶測だが、007シリーズにはフォードがたびたび車両協賛を行なってきたが、英国で当時「乗っ取り」と酷評されたBMWによるローバー・グループ買収への世間感情を和らげるためのBMW AG協賛だったのかもしれない。

第18作『トゥモロー・ネヴァー・ダイ』

続く第18作、1997年12月公開の『トゥモロー・ネヴァー・ダイ』はBMW協賛第2作であり、750iLのボンドカーが登場する。スパイの車としてはいささか大きいが、携帯電話(まだスマートフォンではない)の操作で遠隔操作が可能。パッドを指で2回叩くとエンジン始動。指先をパッド面に滑らせる動作がそのままステアリング操作になる。スライディングルーフからロケット弾、外装はチタン合金で銃弾を跳ね返し、フロントボンネット上のBMWエンブレムの下から強力なワイヤーカッターが飛び出す……というギミック満載のボンドカーである。

ボンドを窮地から救う活躍はしたが、最後は駐車場ビルから落下してAVISレンタカーのオフィスに突っ込んだ。AVISもタイアップだった。また、中国でのカーチェイスでは、敵の追っ手はレンジローバー。まだジャガー・ランドローバーになる前の、BMWが買収したローバー・グループ内のブランドである。本作もBMW AGの協賛だった。

第19作『ザ・ワールド・イズ・ノット・イナフ』

BMW Z8 PHTO○BMW

1999年11月公開の第19作、『ザ・ワールド・イズ・ノット・イナフ』ではふたたびBMWのボンドカーが登場する。『Z8』だ。「チタニウム製、マルチ機能のモニター、ヘッドアップディスプレー……」とQ後任のRが説明するが、登場は1度だけ。冒頭から1時間31分付近、キャヴィア工場で敵に襲われたボンドは『Z8』装備の対空ミサイルで敵のヘリを撃墜するが、最後は巨大なチェーンソーで真っ二つという哀れな最期だった。これも「BMW憎し」が根底にある演出なのだろうか。撮影中の1998年にはロールス・ロイス買収でBMWは一悶着起こしていた。

第20作『ダイ・アナザー・デイ』

アストンマーティン V12ヴァンキッシュ

2002年11月公開、21世紀に入って最初の007映画は、第20作『ダイ・アナザー・デイ』。ボンドカー総決算的な作品である。冒頭から34分35秒付近で、キューバにいるボンドは1957年型のフォード『フェアレーン・コンバーチブル』を運転している。キューバはアメリカが国交断絶に踏み切った1960年以降はアメリカからの製品輸入が途絶えたため、実際にいまだにキューバ革命前のアメリカ車が多く現役という国だ。

1時間05分50秒付近で、ボンドは新しい秘密兵器を武器開発係のQから「アストンマーティン・ヴァンキッシュ(征服者)ならぬ、ヴァニッシュ(消える)」と紹介されるボンドカー『V12ヴァンキッシュ』が本作では大活躍する。アイスランドでの氷上決闘だ。敵はジャガー『XKR』であり、ボンドと敵のギミックマシン同士が1対1で戦うというシリーズ初めてのシークエンスが実現した。無数の小型カメラが周囲を撮影し、クルマのボディを覆う発光性ポリマーの表面に画像を投影して「消える」というボンドカーのアイデアは、のちにほかの映画でも使われた。

筆者所有のミニカー。これがボンドのV12ヴァンキッシュ
こっちが敵役のジャガーXKR

『リヴィング・デイライツ』へのアストンマーティン協賛は、当時のオーナーである大富豪ヴィクター・ガーントレッドの働きかけによるものだったが、ちょうど『リヴィング・デイライツ』公開直前の1987年5月、ガーントレッド氏は欧州フォードのウォルター・ヘイズ副社長とたまたまミッレ・ミリアのパーティで会い、ここからフォードによるアストンマーティンへの資本参加の話が進む。最終的にフォードがアストンマーティン買収を完了したのは1991年だが、フォードはかつてアストンマーティンを率いたデイビッド・ブラウン氏を役員として招き、アストンマーティンのモデル名にふたたび「DB」が使われるようになった。

『ダイ・アナザー・デイ』のエンドロールにはアストンマーティン・ラゴンダ、フォード・モーター・カンパニー、ジャガー・カーズ、レンジローバー、ボルボ・カーズと、自動車メーカー5社の社名が書かれていた。007シリーズは自動車メーカーの協力なしには成り立たない。同時に自動車メーカーもこのシリーズに参加することでのPR効果に期待を寄せているのである。

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著者プロフィール

牧野 茂雄 近影

牧野 茂雄

1958年東京生まれ。新聞記者、雑誌編集長を経てフリーに。技術解説から企業経営、行政まで幅広く自動車産…