007最新作・映画『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』公開記念 ボンドカー研究

それにしても、なぜアストンマーティン『DB5』なのか ボンドカー小考察・その4

PHOTO◎ASTON MARTIN
6代目ジェームズ・ボンド、ダニエル・クレイグ。彼が出演した過去の4作品は、いずれもアストンマーティンが愛車であり、MI6から支給される「ボンドカー」だった。最新作でもアストンマーティンが登場する。紆余曲折を経てボンドカー=アストンマーティンという等式が完成した。果たして最新作でのボンドカーは、どんな活躍を見せるのだろうか。
TEXT◎牧野茂雄(MAKINO Shigeo)
PHOTO◎ASTON MARTIN

第21作『カジノ・ロワイヤル』

2018年に開催された「GLOBAL JAMES BOND DAY」から PHOTO◎ASTON MATIN

ダニエル・クレイグが初めてボンドを演じたシリーズ第21作『カジノ・ロワイヤル』は2006年11月の公開。冒頭から7分45秒付近、まず登場するのは悪人たちのランドローヴァー『ディフェンダー』の車列だ。場所はウガンダ。ボンドは冒頭から26分付近でフォード『モンデオ』を運転している。場所はバハマの首都、ナッソー。23分23秒ではホテル客の『レンジローヴァー・スポーツHSE』をわざとジャガー『XJ』にぶつける。

このシークエンスをストップモーションで観察すると、このホテルの駐車場に駐まっているクルマはほとんどがフォードのPAG(プレミアム・オートモーティブ・グループ)に名を連ねるメーカーの商品だということがわかる。ジャガー、ランドローヴァー、ボルボ、リンカーンである。エンドロールにはフォード・モーター・カンパニーとアストンマーティン・ラゴンダのクレジットがある。

舞台がバハマからモンテネグロに変わってから登場するのはアストンマーティン『DBS』。じつは、本作撮影時にはまだ発売されていないモデルである。ヴァンキッシュ後継モデルのプロトタイプを映画に使ったとも言えるし、本作のためにヴァンキッシュ後継モデルを仕立てたとも言える。作品の中ではボンドのための救護所のように使われ、搭載された解毒剤と除細動装置が活躍した。そして、さらわれた仲間を救い出すために出動したのち、横転し大破する。『DBS』の活躍はここまで。

第22作『慰めの報酬(Quantum of Solace)』

アストンマーティンDBS

本作のエンディングはそのまま2年後の2008年10月に公開されたシリーズ第22作、『慰めの報酬(Quantum of Solace)』の冒頭につづく。ボンドが捕らえた敵を『DBS』のトランクに入れ、敵の追っ手との間でカーチェイスを繰り広げるが、これは前作で大破した『DBS』ではない。そして舞台がイタリアから南米に移ってからは、ボンドはフォード車を運転する。

第23作『スカイフォール』

続くシリーズ第23作、2012年10月公開の『スカイフォール』では、48年前のシリーズ第3作『ゴールドフィンガー』を思わせる秘密兵器としてのアストンマーティン『DB5』が登場する。敵との戦いで満身に銃弾を受けたボンドの『DB5』はスクラップ同然になり、2015年10月公開の第24作『スペクター』の冒頭から26分36秒から30秒ほどに、修理されている最中の『DB5』が登場する。本作では007が使う予定だったアストンマーティン『DB10』をボンドがこっそり持ち出し、敵のジャガー『C-X75』と路上バトルを繰り広げる。

この作品は撮影の多くが2014年だったと思われるが、2012年12月にアストンマーティンはイタリアのプライベーチ・エクィティ・ファンド(投資会社)であるインベストインダストリアル(Investindustrial)が発行株式の37.5%を握る筆頭株主となり、翌2013年にはダイムラーAGと提携している。ただしフォードもアストンマーティン株をわずかだが手元に残していた。この時期、企業としてのアストンマーティンには目まぐるしい動きがあった。

2014年9月にアストンマーティンは、日産の役員だったアンディ・パーマー氏をCEO(最高経営責任者)として迎え入れるが、じつはパーマー氏は日産の取締役会にアストンマーティンの買収を提案していた。このころ日産の経営は安定していたため、パーマー氏の提案は現在逃亡中のカルロス・ゴーンCEO(当時)によって却下され、パーマー氏自身がアストンマーティンへ移籍したという裏話がある。

本作のラストシーンは、修理を終えた『DB5』をボンドが運転するシーンだった。おそらく、この『DB5』が最新作『ノー・タイム・トゥ・ダイ』に登場するのだろう。ダニエル・クレイグ主演になってからの007シリーズは、ボンドが追う事件の設定が連続している。物語が連続しているからボンドカーもアストンマーティンで一貫しているのだろうか。

それにしても、なぜ『DB5』なのか

アストンマーティンDB5

それにしても、なぜ『DB5』なのか。1963年発売の『DB5』は、シリーズ第3作『ゴールドフィンガー』撮影時は発売前の試作車(おそらく量産試作)であり、まっさらの新型車だった。イアン・フレミングの原作では、ジェームズ・ボンドは第2時大戦へ出征したイギリス軍人であり、軍籍では中佐(コマンダー)である。誕生年は不明だが、小説から推定して1917年または1920年の生まれというのが定説だ。

ということは、ショーン・コネリー演じるボンドが1963年型『DB5』のボンドカーを運転したときは43歳または46歳という計算になる。イギリス秘密情報部の現場エージェントが45歳定年であるという考察を信じるなら、『DB5』ボンドカーを運転していたショーン・コネリー扮するボンドは現場定年間近ということになる。

いっぽうダニエル・クレイグ演じるボンドは1968年4月生まれという設定であり、当然ながら戦後世代である。007シリーズの中に登場してきた『DB5』を我われは何度も見せられ、記憶の中にはつねに存在するのだが、1968年生まれに設定が変わったボンドがこのクルマを運転する必然性はない。『DB11』や新しいほうの『DBS』が性能面では圧倒的に有利である。

それでも『DB5』がボンドカーとして登場する理由は、この映画シリーズが歩んできた60年近い月日と、筆者のように60歳を超えた昔からのファンが憶えているボンドカーの姿を、いちばん新しいシリーズ作品のなかに移植するのにもっとも適したアイコンであるからだろうか。新旧同居の道具であり、同時にあらゆる世代のファンをつなぎとめるための接着剤でもある。筆者はそんなふうに思う。

シリーズ第24作『スペクター』で修理中の『DB5』をボンドが眺めているとき、武器係の若きQが「無事に戻してくれと言ったのに、無傷だったのはステアリングホイール(ハンドル)だけだった」とボンドに小言を言った。

Qは「I believe I said bring back one-piece, not bring back one-piece」と自分で言って笑う。one-pieceは、洋服のワンピースのようにひとつの作品という意味だが、ボンドはone-piece(ひとつの部品)しか無傷で返してくれなかったということだ。余談だが、この作品に悪の秘密結社スペクターの会議シーンが出てくる。「偽薬品を売りました。WHOの邪魔者は消した」「16万人の移民女性を風俗関係の職場に確保」などと事業報告している。これと似たシーンが第4作『サンダーボール作戦』の冒頭から9分あたりに出てくる。「ソ連へ亡命した仏物理学者の暗殺に成功。仏外務省から礼金300万フラン」「英列車強盗の顧問料は25万ポンド」「米国での中国麻薬の売り上げは230万ドル」などと報告があがる。悪の秘密結社は、昔も現在も資金繰りのための多角経営に躍起なのだな、と思わせる。が、「偽薬品」と「風俗」はなんとなくセコい。かつての冷戦時代のほうが活躍のフィールドは広かったのかもしれない。

著者プロフィール

牧野 茂雄 近影

牧野 茂雄

1958年東京生まれ。新聞記者、雑誌編集長を経てフリーに。技術解説から企業経営、行政まで幅広く自動車産…