2018年の10月にモデナを訪ねた思い出を綴るストーリー、今回はマセラティのお話です。
イタリアのボローニャに近い小さな街、モデナはスーパーカー発祥の地です。エンツォ・フェラーリの生まれ故郷であり、フェラーリは今でもすぐ近くのマラネロ本社で生産されています。ランボルギーニもほど近いサンタアガタに工場と本社があり、ミュージアムも併設、そしてモデナの街外れには、大きなトライデント(三叉銛を象ったマセラティのエンブレム)を頂いたマセラティ本社ビルが立ち上がっています。
日本から集まったメンバーは、モデナでマセラティ本社へ移動し、ショールームに並んだ、可愛らしいミニカーを使ったマセラティの歴史ジオラマを見ながら、素敵なお姉さんからレクチャーを受けました。そこで僕が感銘を受けたのは、ショールーム中央にライトアップされた、大好きな紅いマセラティティーポ63パードケージでした。
ル・マンを走ったプロトタイプレーシングカーで、鳥かごのような細い鋼管を組み合わせたフレームは大人が手で持ち上げられるほど軽く、「バードケージ(鳥かご)」の愛称が付きました。1961年、セレニッシマチームからエントリーしたル・マン仕様は、ミッドシップエンジンとなり、後ろから突き出したマフラーとともに独特で魅力的なスタイルです。この歴史的なレーシングカーは、クラシック マセラティのコレクションを管理するパニーニミュージアム(ウンベルト・パニーニ モーターミュージアム)からの貸出とのことでした。もちろんパニーニ ミュージアムも次の訪問先だったので、期待が高まります。
クルマでひたすら続く農地の中を進んでいきます。モデナは街を出るとずっと見渡す限りの畑の風景が連なります。そんななか、門が見えてきて、長い農道を入っていくと牛の匂いとともに牛舎が建ち並ぶ古い建物が見えてきました。
ここ、パニーニ ミュージアムのオーナー、ウンベルト・パニーニ氏は、若い頃はマセラティのメカニックをつとめ、古くからサッカーなどのトレーディングカードの発行で財を成した方です。今でもワールドカップの公式カードなどを販売、古いものはすごい値打ちとなっているそうです。そして、もう一つの家業がこの地の名産、チーズの王様、パルミジャーノレッジャーノチーズの生産です。
そんな豊かな地で、なぜ古いマセラティが維持されているのでしょうか? マセラティ本社が持っていたクラシック マセラティのコレクションは、大変な価値のあるものでしたが、幾度も襲う経営危機で国外散逸の可能性にぶつかります。ここで手を差し伸べたのが、地元の名士でありエンスージアストであったパニーニ氏だったのです。
現在では古い農家の広い納屋のような空間に、戦前からの美しいマセラティ、戦後のレーシングカー、プロトタイプといった貴重なクラシック マセラティのコレクションが素晴らしいロケーションで立ち並んでいます。ボクは時間を忘れてその場所の雰囲気を堪能しました。
さらに脇の納屋の軒下には、トラクターのコレクションも。ランボルギーニの丸っこい古いトラクターから蒸気機関で走る機関車のような外観のものまでたくさん。さらに使わなくなったパニーニのチーズの文字が大書きされたチンクエチェントや、サッカーの古いシールで覆い尽くされたオンボロのキャトルまでいました。
2階にはランブレッタのスビードブレーカーやバイクのコレクション、ロータスのフォーミュラといったパニーニ氏のコレクションも並び、自動車への愛情ある眼差しを感じとることができます。戦前のマセラティGPレーサーやスターリング・モスが走らせたエルドラド、美しいドローゴボディのバードケージ、さまざまなプロトタイプなど、貴重なモデルに見惚れ、時を忘れてしまいました。
もちろんパルミジャーノチーズを1キロ購入してお土産に。さらにこのあと地元の名産である熟成バルサミコ酢の生産地も訪ね、25年ものの宝物のようなバルサミコを手に入れました。バルサミコはとろっとした風味で、バニラアイスクリームに少しかけたり、スプーンでちょっと口に含んだりして楽しみます。それらは帰国した後、アッという間に消費してしまいました。豊かな地での豊かな文化、その肥沃な土壌を感じる素晴らしいツアーの思い出です。
(現在はここでのパルミジャーノチーズの生産はパニーニ家の手を離れていて、マセラティのコレクションも移転が想定されているそうです。)