HEVでもEVでもない第3のエコカー、ダイハツ「ミライース」の低燃費と低価格を両立させたその技術を深掘り【歴史に残るクルマと技術076】

ダイハツ・ミライース
ダイハツ・ミライース
トヨタやホンダのハイブリッド車が低燃費で注目される中、2011年にダイハツから第3のエコカーを名乗った「ミライース」が登場した。80万円を切る価格で、ハイブリッドに匹敵するJC08モード燃費30km/L(プリウスは30.4kn/L)を達成して、軽自動車の熾烈な燃費競争の火付け役となった。
TEXT:竹村 純(Jun TAKEMURA)/PHOTO:三栄・ミライースのすべて

基幹モデル・ミラの後継車として登場したミライース

ダイハツ・ミライース
ダイハツ・ミライース

ミライースは、2011年に7代目「ミラ」の燃費訴求モデルとしてデビューし、その後ミラは2018年に生産を終えたので実質的にはミラの後継モデルとなった。

初代スズキ「アルト」
1979年にデビューした初代スズキ「アルト」。軽ボンネットバンという新しいジャンルを開拓

ミラの歴史は古く、スズキの「アルト」に対抗する形で1980年に誕生した。アルトはスズキの基幹モデルとして、同じくミラもダイハツの基幹モデルとして熾烈な販売競争を繰り広げながら、長くライバル関係を続けた。

ダイハツ「ミラクォーレ」
1980年にデビューしたダイハツ「ミラクォーレ」

つねに軽の販売トップ争いをしていたが、1993年に登場したスズキのハイトワゴン「ワゴンR」が登場すると、軽市場にハイトワゴンブームが到来。ダイハツからはハイトワゴン「ムーヴ」が登場して、セダン系のアルトとミラの人気は徐々に勢いを失っていった。

ミラは、2006年に登場した最後の世代7代目ミラを最後にミライースにバトンを渡して2018年に生産を終えたのだ。

第3のエコカーを名乗って登場したミライース

ミライースは、“エコノミー”、“エコロジー”、“スマート”の3つテーマを開発の軸とした。

ダイハツ・ミライース
ダイハツ・ミライース

エコノミーは、徹底した原価の低減を行ない、80万円を切る価格を実現。エコロジーは、JC08モードで30km/Lの燃費を達成。スマートは、4人乗りで5ドアの実用性とシンプルで飽きのこないデザインを実現した。ちなみに車両価格は、2WD仕様で79.5万~112万円だった。

ダイハツ「ミライース」
ダイハツ「ミライース」のリアビュー

3つのテーマを実現する具体的な技術は、“e:Sテクノロジー”と名付けられ、代表的な技術は以下の通りである。

・エコイメージが感じられる先進的なスタイリング
シンプルで無駄のないエコイメージが感じられる先進的なスタイリングを採用。また低燃費を実現するため、空気抵抗の少ないシルエットや面を積極的に採用。

ダイハツ「ミライース」の張力鋼板使用による軽量化
ダイハツ「ミライース」の張力鋼板使用による軽量化

・形状見直しや部材数の減少によるコストと重量の低減
アンダーフロアやクロスメンバーなど剛性を落とすことなく、構造や部材数の減少などでベースのミラに対して60kgの軽量化。また、適切に高張力鋼板を使うことで軽量化と低コスト化を実現。

・エンジンの熱効率向上
シリンダーヘッドの水回りを改善してノックの発生を抑えて圧縮比を10.8から11.3に向上、またイオンセンサーで燃焼状況を把握しEGR量を高精度制御して燃費を改善。さらにパワーを抑えて燃費重視のキャリブレーションを実施。

ダイハツ「ミライース」の停止前アイドルストップシステム
ダイハツ「ミライース」の停止前アイドルストップシステム

・停車前アイドルストップ
一般的にはクルマが停止してからアイドルストップを行なうが、減速時に車速が7km/hになるとアイドルストップを行って、エンジン停止時間を長くして燃費を改善。

・減速エネルギー回生
減速時にオルタネーターから発電する電気でバッテリーを充電して、通常走行時のオルタネーターによる発電量を減らしてエンジンにかかる負荷を減少。

ダイハツ「ミライース」の転がり抵抗低減のイメージ
ダイハツ「ミライース」の転がり抵抗低減のイメージ

・エコタイヤによる転がり抵抗の軽減

・エコドライブサポートランプによるドライバーへのエコ意識を啓蒙

ダイハツ「ミライース」の高効率660cc直3エンジン
ダイハツ「ミライース」の高効率660cc直3エンジン

軽自動車の熾烈な燃費競争が勃発

燃費30km/LでHEVとEVに続く第3の「エコカー」と名乗って衝撃的なデビューを飾ったミライース。ところがミライース発売の3ヶ月後には、スズキが「アルトエコ」で燃費30.2km/Lを達成して燃費トップの座を奪取し、ミライースの燃費トップは3ヶ月天下に終わった。

2011年にデビューしたスズキ「アルトエコ」
2011年にデビューしたスズキ「アルトエコ」

2013年にはアルトエコが33.0km/Lを達成、今度はミライースが5ヶ月後に33.4km/Lで巻き返した。2014年には、ミライースが35.2km/L、アルトエコは35.0lm/Lまで燃費を伸ばした。

さらに燃費競争は、人気の高いハイトワゴンにも波及。2012年にスズキの5代目「ワゴンR」は、減速回生制御のエネチャージを採用して燃費28.8km/Lを達成したが、その3ヶ月後にはダイハツは燃費29.0km/hの「ムーヴ」を発売して巻き返して、激しくライバル同士が競い合ったのだ。

そして、スズキとダイハツの戦いに割って入ってきた日産・三菱は、2013年に燃費29.2km/Lのハイトワゴン「デイズ」と「ekワゴン」を発売。しかし、その1ヶ月後にはスズキが改良型「ワゴンR」で30.0km/Lを達成し、日産・三菱は1ヶ月天下で終わった。

このように、カタログ燃費トップを目指して、軽自動車の燃費競争は2016年頃まで続いた。

過度な燃費競争が引き起こした不正問題

メーカー間の熾烈な燃費競争は、その代償として大きな社会問題を起こした。それは、一部メーカーによる法令やルールを無視した燃費改ざんや正規の計測法、評価法を実行していなかったという不正だ。

ダイハツ・ミライース
2011年にデビューしたダイハツ「ミライース」

過度の燃費競争によって開発現場に強いられたプレッシャーが、不正発生の一因だった。さらに、登録車の不正も発覚し、燃費だけでなく排ガスデータの改ざんも次から次ぎへと露呈した。しかも、発覚したこれらの不正は、発覚以前のかなり前から日常的に行なわれていたのだ。

これらの不正問題は、日本のクルマづくりの信頼を失墜させる大きな社会問題へと発展し、メーカーの過剰な燃費至上主義や開発期間の短縮といった従来の開発スタイルが批判された。これを受けて、メーカーは再発防止策を徹底させて、二度とこのような不正を起こさないことを約束した。

この不正問題を機に、過剰なカタログ燃費の競争は終焉を迎えたのだが、一方で燃費競争は燃費向上技術を大きく向上させたという確かな事実もあるのだ。

「ミライース」が誕生した2011年は、どんな年

2011年にはダイハツ「ミライース」の他にも、三菱の「MINICAB-MiEV(ミニキャブ・ミーブ)」、トヨタの「プリウスα」と「アクア」、ホンダの「N-BOX」が登場した。

2011年にデビューした国産初の軽商用車EV、三菱「ミニキャブMiEV」
2011年にデビューした国産初の軽商用車EV、三菱「ミニキャブMiEV」
トヨタの小型ハイブリッド「アクア」
2011年にデビューしたトヨタの小型ハイブリッド「アクア」
ホンダ初代「N-BOX」
2011年にデビューしたホンダ初代「N-BOX」

MINICAB-MiEVは、三菱のEV第2弾でi-MiEVの技術を流用した商用車ミニキャブのEV、プリウスαはプリウスベースで3列7人乗りが可能なワゴン、アクアはプリウスをベースにしたハッチバックスタイルの小型ハイブリッド車、N-BOXはダイハツ「タント」とスズキ「パレット(後にスペーシア)」に対抗してホンダが投入したスーパーハイトワゴンである。

ダイハツ2代目ミライース
2017年登場のダイハツ2代目ミライース

自動車以外では、3月11日に東日本大震災が起こり、東北地方に甚大な被害をもたらした。その影響で自動車部品が滞る問題が発生し、サプライチェーンの脆弱性が露呈した。ドイツで開催された女子サッカーのワールドカップで日本が優勝、“なでしこジャパン”が流行語大賞に。アップル元CEOのスティーブ・ジョブズが死去。アナログ放送が終了し、地上デジタル放送へ移行した。
また、ガソリン132円/L、ビール大瓶198円、コーヒー一杯412円、ラーメン586円、カレー740円、アンパン146円の時代だった。

ダイハツ「ミライース」の主要諸元
ダイハツ「ミライース」の主要諸元

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軽自動車の魅力である低価格を維持しつつ、ハイブリッドに負けない低燃費を達成した「ミライース」。ベーシックなエンジン技術だけで燃費の限界に挑戦した、日本の歴史に残るクルマであることに間違いない。

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著者プロフィール

竹村 純 近影

竹村 純

某自動車メーカーで30年以上、自動車の研究開発に携わってきた経験を持ち、古い技術から最新の技術までを…