ノーマークだった造形物に魅せられた、どこをとっても同じ形の部分はない、不思議な形の「MODELLISTA EMBRYO」【東京オートサロン2025】

東京オートサロン2025で、MODELLISTAが「MODELLISTA CONCEPT ZERO」とともに展示した「MODELLISTA EMBRYO」に惹かれた。
走るクルマのコンセプトモデルではない、MODELLISTAのもうひとつの展示物をご紹介する。

TEXT/PHOTO:山口尚志(YAMAGUCHI Hisashi)

意図しない形を意図的に造った不思議さが宿る謎の物体

新型車が発表されたとき、まず目が向くのは外形デザインだ。
ひと目見て「かっこいい」「カッコ悪い」が最終的に買う・買わないの決定打になる場合も少なくない。
本来自動車は自分の生活様式に照らし、実用に使えるかどうか、機能的に便利であるか、逆にデザイン優先のために不便な点がないかどうかを吟味して買うべきだが、デザインが購入動機のひとつになっていることは否定しない。

ところでひと目見て直感的に「かっこいい」「カッコ悪い」、もしくは「売れるぞ、これは!」「こんなデザインじゃあ売れないヨ。」の分かれ目になるのは、初めて見る者の目にすんなりなじむかどうかだと思う。
どんなものがなじむかというと、誰が造ったのではない、初めからこの世にすでに存在していたものの様に感じるかどうか・・・それも無意識で感じるかどうかだと思う。

例えば、山の頂上から見える他の山並み、山脈。筆者は別に地学や地質学の専門家ではないが、山は大昔、陸と陸が衝突したときにできたしわだと何かで読んだことがある。要するに誰かが造ったのではなく、衝突で自然に出来上がったのが山並みであり、山脈なわけだ。
つきたてのやわらかいお餅を勢いよく上からでも斜め上からでもまな板に叩きつければ、まな板との接地面は平らになるが、それ以外の全体はその衝撃を受けた瞬間の形になる。

山&山脈も叩きつけられたお餅も、力を受けたその成り行きでできた形だ。そして同じものはふたつとして絶対に存在しない。自然による造形物は、見る者は「そんなもんだ」と思って見るから、「美しい」とは思っても「カッコ悪い」と感じるひとはいない。「あの山並みのあのとがった部分が気に入らないから業者呼んできてあそこ削らせろ」という者はいないだろう。

自動車も同じで、自動車は工業製品だからデザイナーの手によるものではあるが、これが誰が造ったものではない、すでに世の中にあったもの(もちろんパクリ、模倣、盗作という意味じゃなく)、つまりさきの山並みやお餅を見たときと同じ認識になるかどうかがカッコの良し悪しの印象を決めているような気がする(これはあくまでも私見で、わかってもらえるひとにだけわかってもらえれば結構です。自分でもうまく伝わっているかどうか自信はありません。)。

で、MODELLISTAブースに展示されていた「MODELLISTA EMBRYO」である。

デザインを語る能力もなければ審美眼も持ち合わせていない筆者。ふだんなら何なのかまるで理解できないこのような造形物は本来ノーマークでやり過ごすところだ。

何だ、この物体は?
うーん?
ん-?

ただ、このMODELLISTAのトークショーに登壇した篠原ともえさんが、「MODELLISTA EMBRYO」をまじまじと見ながらさりげなく口にされていた「どの角度から見ても同じフォルムがないんですよね。」の言葉に感化され、そのままブースを去る気にはならなくなった。

このときの篠原さんの一言で感化された。

「EMBRYO」は「エンブリョ」とでも読みたくなるが、正しくは「エンブリオ」。「胚(はい)」の意味だ。英和辞書で調べたら、「人間なら受精後8週未満の生体のこと」とあった。他に「幼虫」の意味がある。

このコンセプトモデル(といっていいかどうかわからないが)の場合、まだ何の形とも決まっていないモノを象徴したスタディモデルとでもいえばいいだろうか。上部と下部に淡い白のLED点滅が見えるが、これも鼓動をイメージした点滅のだそうで、むしろ「明滅」というほうがしっくりくる。

鼓動を表現してやさしく明滅するEMBRYOのLED。

さて、その外形形状。

近づいたり遠ざかったり、目を寄せたり離したりしながら「EMBRYO」のまわりをぐるりと1周してみると、篠原さんが語ったように、確かにどこの面、どの線を見ても同じ形のものはどことしてひとつも存在しない。
自動車にしろ、他の工業製品にしろ、普通は左右対称の形にしたがるし、細部は見た目のバランスをとるために一定のカーブを設けたり、とがった部分を丸めたりしたがるものだ。

どこをとっても・・・
同じ線、面は存在しないのだ。
定形をなしているのは、このMODELLISTAのエンブレムくらいのものだ。

どの部分を切り取っても同じ立場の面もラインもない・・・これは筆者がいつも何となく考えていた、さきの「目になじむ形かどうかは、成り行きでできた自然物のように見られるかどうか」とどこか重なるではないか(と勝手に解釈した)。
この「EMBRYO」、さきの山並みや叩きつけたお餅のように成り行きでできた形を、意図的に造ろうとして出来上がったものなのだ。

担当されたデザイナーの方に伺うと、実際苦労したようで、「造っているうちに、さっき造ったあの部分の形と同じになってしまったということにならないようにするのに苦労した」と。

もっと大変だったのは、社内で最初にお披露目したとき、「ちっとも理解されたかった」ことだという。
そりゃそうだろう。大した、というよりまったく審美眼もデザインを語る能力も語る筆者だって篠原さんの一言があってやっと興味を抱いたこの造形物、説明を受ける前にいきなり「EMBRYO」を目の前に置かれたら、まずは「なに? これ。」となるのが普通だ。筆者だって同じ反応を示しただろう。

また、何の形を意図したわけではないから、「何に見えても正しい」という。お話をうかがった位置がたまたま「EMBRYO」の後ろだったので、「真後ろから見たときのマウスに見える」と口にしたら「それも正しい」と。後で右斜め前から後部を見たら、右後ろのくの字の形から、全体が「ふせ!」をしている犬にも見えた。ひとによっては海を疾走するクルーザーにも見えるだろう。

展示された「EMBRYO」の色はシルバー。この「EMBRYO」のために調色したという。他に白やカッパー(銅色)も検討したというが、白はお隣の「CONCEPT ZERO」が白系統なので避け、カッパーは白基調のブース照明と合わないのでこれもやめたという。ただ、カッパーはこの形に似合うと思うので、カッパー色の「EMBRYO」があったらぜひ見てみたいものだ。

シルバーカラーはこのEMBRYOのために造られた。
白も検討されたが、このCONCEPT ZEROの白と重複するため、避けられた。

出来上がったものを見て良し悪しを語るのは簡単だ。だが、造る側、生み出す側は見る側の想像以上に苦労しているものだ。
この「EMBRYO」だって、「意図しない形を意図して造形する」ことにさぞ苦労したことだろう。
芸術やデザインを理解する頭を持っていない筆者が、このような造形物を理解した(つもりになった)のは初めてだ。

ところでこの「EMBRYO」は今回のオートサロン用に造られた一品で、全長1.5メートル以上はあろうかという大きさだ。この不思議な造形物を部屋に飾れるサイズで造って売り出したらいいのではと思った。「MODELLISTA」のロゴを刻んだTシャツやマグカップなど、自動車とは関係ないグッズを売っているのだから。テーブルサイズの「EMBRYO」を造る際は、ぜひカッパー色もバリエーションに入れていただきたい。

さて、「EMBRYO」の形は、言葉ではとうてい理解できないと思う。

ぐるり1周しながら撮った写真をずらりと並べるので、しょせん2次元写真ではあるが、「EMBRYO」の不思議な魅力を感じていただければと思う。

EMBRYOをこの方向で1周してみる。
スタート。
1周。EMBRYOの独特の形がおわかりいただけただろうか?

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