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ホンダが働き方を変革する背景は?

本田技研工業株式会社 取締役 代表執行役副社長の貝原典也氏は、「第2の創業期ともいうべき変革期において、ホンダの事業は大きく変わってまいります」と話した。2026年には電気自動車(BEV)のHonda 0シリーズが北米を皮切りに投入される。このBEVシリーズはホンダ独自のビークルOSを搭載し、AD/ADAS(自動運転/先進運転支援システム)や車載インフォテイメントなどの機能を、OTA(無線通信経由でソフトウェアをアップデートする技術)を通じてアップデートしていくことが発表されている。最先端技術の集合体であるHonda 0シリーズは、第2の創業を象徴するプロダクトだ。
ホンダは二輪車や四輪車に限らず、総合モビリティカンパニーとしてユーザーに将来に渡って自由な移動の喜びを提供し続けるため、さまざまな事業、製品において、電動化と知能化を進めていくとしている。また、eVTOL(電動垂直離着陸機)やロケットなど、従来のモビリティのフィールドを大きく拡張させ、新たな価値の創造にも積極的にチャレンジしていく。

「将来を考えたときに、新たな価値を創造していかなければならない」とするいっぽうで、二輪車や四輪車を中心とする既存のモビリティに関しては、これまでの事業活動で作り上げたシステムが存在する。乱暴に言えば、出来上がったレールの上を走るだけで事業は成り立ってしまう。「簡単に言うと、失敗しない仕組みです」と貝原氏。「今までのフローに従って仕事を進めれば、大きな失敗はしないで物事が出来上がるようになっています」
「ところが、それを継続していたのでは大きく変化する世の中には太刀打ちできないことがわかってきた。新たなチャレンジをして新たな価値を生み出さないといけない。(そのためには従業員が)自発的に働くようナビゲートしていかなければいけない。そこにお金を使っていこうと考えています」

ホンダの成長の原動力は「人」と「技術」と話したのは、人事統括部長の安田啓一氏だ。「内発的な強い意志のもとに果敢にチャレンジでき、継続できる人。そして、不断の研究とたゆまぬ努力の末に生み出される卓越した技術こそが、ホンダの成長の源泉です」と話した。
2025年6月から定年制度を廃止

具体的な人事施策をいくつか拾い上げてみよう。ホンダは2017年に全従業員を対象に選択定年制を導入している。従来は60歳で一律に定年とし、希望者は再雇用契約を結んでいた。2017年以降は、60歳から65歳までの間の任意の年に、自ら定年タイミングを選択できるようになっている。
この制度に加え、高い技術・技能を持つ一部の従業員に対して、2025年6月から定年制度を廃止。65歳以降も就労が可能になる。この制度を導入する理由について貝原氏は、「新たな仕事がどんどん増えたときに既存の事業に対する知見が薄れていくのを回避したい。スキルを持った方に残っていただくことで、新たな領域の人たちを取り入れ、チャレンジしていくことが可能になる」と説明した。
「Honda 6 ACTIONS for Change」

「弱まっている」と認識する企業風土については強化・進化させていく。ホンダの代表的な企業文化に2Way(1on1)やワイガヤがある。2Wayは部下と上司の定期的なコミュニケーションの場で、上司との2Wayを通じて自らが実現したいこと、組織との方針の擦り合わせを行なう。いっぽう、ワイガヤは個人の役割を越え、徹底的にお互いの意見をぶつけ合って成果を出す活動のことだ。2Wayにしてもワイガヤにしても、かつてとは異なる状態になっているとの反省から、人事が押し付けるのではなく、新たな価値創造に結びつけるべく、従業員と「共に変えていく」意識で強化・進化させていくという。
さらに2025年4月から、変革期における行動要件「Honda 6 ACTIONS for Change」を明示し、企業風土改革プログラムをスタートさせる。個の挑戦の最大化を図るために1on1などのコミュニケーション頻度を上げ、内発的動機の醸成や高い目標設定の促進を図っていく。また、新たな価値創造を活発化するために、ワイガヤの場づくりや、目標達成を妨げる障害の克服を支援するコンフリクトマネージメントを積極的に進めていくという。すでに2024年に部分的にトライアルを行ない、一定の成果を確認済みだ。
キャリア採用の約60%がソフトウェア領域

ホンダは従前からキャリア採用の比率が高い会社で、2025年度についてはキャリア採用約1500名、定期採用約1000名を予定しているという。キャリア採用の約60%がソフトウェアをはじめとする注力領域の人材。こうした注力領域のエンジニアが働ける場所の拡充を進めており、既存の栃木、東京(青山・六本木・赤坂)に加え、大阪、名古屋、福岡、大宮(埼玉県)にソフトウェア開発拠点を開設。2026年には東京都内に新たなオフィスをオープンする予定だという。また、海外から日本へのキャリア採用、定期採用も継続。日本語を要件としない採用も拡大していく。
リスキリング(新たなスキルの習得)にも力を入れる。ソフトウェアや電動化に対し、すでに全従業員に対して集中的なリテラシー向上プログラムを実施。各領域についてのEラーニングを2023年、2024年にそれぞれ国内従業員3万人が受講した。今後は海外の従業員についても約8万人を対象に受講を進める。また、注力領域で新たな価値を創造する人材を育成すべく、スペシャリスト・領域トップレベルのエンジニアの、人材育成の加速を中心に、2030年に向けて今後5年間で150億円の人材投資を行なう。
部長職で年収200〜300万円アップ

2025年6月には、役職者の給与・評価制度を大幅に改訂する。具体的には、経営事業基盤の変革をリードするトランスフォーメーション職と、技術革新あるいは新事業の創出をリードするイノベーション職のそれぞれに適した給与・評価体系を用意。トランスフォーメーション職については脱年功・脱一律な制度で、役割と報酬がダイレクトに連動。イノベーション職は能力や専門性の発揮をダイレクトに処遇に反映する。また、処遇水準そのものについても引き上げを図り、例えば部長職については、年収で約200-300万円程度を引き上げるという。対他競争力を確保する狙いだ(マネージメント層の流出防止が狙いか)。
「この改定はホンダにとって非常に大きな改革。年齢との紐づけを完全に断ち切り、適材適所を加速することで、技術革新の劇的な加速につなげていきたい」と、安田氏は役職者の給与・評価制度の大幅改訂について説明した。
また、半導体やAIなどの領域で高度な専門性を生かして変革をリードしていく人材に対しては、その人の市場価値に照らしてより柔軟に報酬や労働条件を提示できる制度を導入済み。一般従業員とは異なるプロフェッショナル人材として採用している。
生成AIエキスパート制度をスタート
2024年6月には、Gen-AI(生成AI)エキスパート制度をスタートさせた。生成AIに関する高い知識、技術、経験を生かして自らシステム構築が可能なエキスパートを社内で発掘・認定し、認定を受けた従業員をプロジェクトへアサイン(任命)することで、組織の枠にとらわれず活躍できる制度である。プロジェクトに従事している期間は、認定レベルに応じて最大15万円のエキスパート加算が支給される。
これまでの流れで仕事をしていたのでは、新たな価値は生まれない。その危機感が大胆な人事施策を生んだ背景にあるよう。会社が押し付けるのではなく、自発的な学びやアイデアの発案を促す制度の導入が目を引く。いっぽうで、業界の枠を越えて奪い合いの様相を呈しているソフトウェアエンジニアに目を向けた施策が充実しているのも特徴。150億円の人材投資も、多くはソフトウェア領域に投下するという。ホンダは技術を生み出す“人”の育成と確保に注力し、総合モビリティカンパニーとしての成長を加速させようとしている。