【前編】新生ベルトーネがカーデザイン黄金期の“名作”を復活させた理由とは?【ランナバウトのデザイン探訪】

昨年10月にベルトーネが発表した「ランナバウト」は、55年前の名作ショーカーをロードカーとして復活させるもの。異例のプロジェクトを手掛けたデザイナーはアンドレア・モチェリン氏だ。多彩なキャリアを持つ異才はインタビューで何を語ったのか?

TEXT:千葉 匠(CHIBA Takumi) PHOTO:​Bertone/Lilium/Revolve Mobility/ AIRFRANCE

1912年創業という老舗、倒産したベルトーネの名が復活

新型ベルトーネ・ランナバウトの初期のデザイン

イタリアのカロッツェリアのなかでも、ベルトーネは1912年創業という老舗。戦後は2代目当主ヌッチオ・ベルトーネの指揮の下、フランコ・スカリオーネやジョルジェット・ジウジアーロ、マルチェロ・ガンディーニといった若い才能をチーフデザイナーに起用し、世界のカーデザインに大きな影響を与えた。

しかし経営を支えていたのは、デザイン活動よりクーペやカブリオレなど少量生産車の受託生産だ。それをOEMメーカー自身が行うようになると経営が悪化し、1997年にはヌッチオ社長が死去。経営権を巡って親族が争うゴタゴタもあり、2002年に工場を売却して運転資金を得たものの、2014年に倒産してしまった。

そんなベルトーネの商標権を2016年、AKKAテクノロジーズが買い取った。マウロとジャンフランクのリッチ兄弟が経営するエンジニアリング会社だ。AKKAは21年に同業のModis社と経営統合するのだが、そのときリッチ兄弟はベルトーネの商標権を手元に残し、2022年、ミラノにカロッツェリア・ベルトーネを設立した。

この新生ベルトーネの第2作として登場したのがランナバウトである。その名の通り、ガンディーニがデザインして1969年のトリノショーでデビューしたアウトビアンキA112ランナバウトをオマージュしたスポーツカーだ。オリジナルと同じ10月29日に発表された。

1969年のアウトビアンキA112ランナバウト。
新型ランアバウトには2つのボディタイプが用意される。

A112ランナバウトの心臓はわずか55psだったが、新しいランナバウトは500psのV6を搭載。オリジナルと同様に完全オープンボディの”バルケッタ”に加え、より実用的な着脱式ルーフの”タルガ”も用意する。

デザインしたのは、第1作のGB110に続いてアンドレア・モチェリン。ハイパーカーのGB110は一見して「ベルトーネだ!」とは必ずしも言えないデザインだったが、ランナバウトはガンディーニの名作を見事にモダナイズしている。興味を募らせて調べるうちに連絡先がわかり、インタビューを申し込んだという次第だ。

ベルトーネと“異才”モチェリンの出会い

まず、モチェリンにベルトーネ・ブランドを再興したリッチ兄弟との出会いを聞くと、「ベルトーネでデザインマネージャーを務めているジョバンニ・サピオが紹介してくれた。ジョバンニとはイタリアのあるデザインコンペで初めて会って以来の知人だ」と教えてくれた。「彼がAKKAテクノロジーズからベルトーネに移るときに連絡があり、GB110のデザインに協力してほしいと頼まれた」

新生ベルトーネの第1作はハイパーカーのGB110。会社設立からまもない22年12月にオンライン発表された後、24年7月にモナコで正式デビューした。33台限定で生産する計画だ。

ベルトーネという偉大な名前を復活させるプロジェクトに携わることについては、「トリノのカーデザイン文化に刺激されて育った一人として、非常に意義深いことだ。私がデザイナーになりたいと考えたのも、ベルトーネの存在が大きかったからね」

モチェリンはミラノとロンドンでデザインを学び、トリノのピニンファリーナやマセラティ、アルファロメオで経験を積んだ後、2014年にトリノのグランステュディオというカーデザイン会社に加わって中国メーカーなどのプロジェクトを歴任。2018〜19年は中国スタートアップのNIOのミュンヘン・スタジオで働いた。

GB110は1124ps を発する5.0ℓ V10ターボを搭載し、0→100km加速が2.8秒、0→300kmは12.9秒を誇る。

「GB110のプロジェクトを託されて、責任感と興奮で一杯だった」と、モチェリンは振り返る。ランナバウトと違って、GB110は過去のベルトーネ作品を題材にしたデザインではないが、参考にしたクルマはあるという。

「ベルトーネ作品はどれもタイムレスなクオリティを持ち、無限のインスピレーションを与えてくれる。なかでもGB110をデザインするときにしばしば参照したのは、ストラトス・ゼロやカラボといったアイコニックなデザインだ」

ガンディーニは68年のカラボでウエッジシェイプの探求を始め、A112ランナバウトやストラトス・ゼロなどのスタディを経て、フィアットX1/9やストラトス、カウンタックといった量産車にその経験を活かした。

「ただしGB110では、ベルトーネの歴史を尊重するけれど、複製はしないと決めていた。ストラトス・ゼロのダイナミックなプロポーション、カラボの面処理やグラフィックスといった要素を取り込みながら、GB110独自のアイデンティティを表現することに努めた」

モビリティデザイナーとして、車椅子から航空機まで幅広く手掛ける

モチェリンは2019年にNIO を辞め、ミュンヘンを本拠とするリリウムに移籍した。2015年創業のeVTOL機(いわゆる“空飛ぶクルマ”)のスタートアップだ。同社が開発した「リリウムジェット」は、前後の翼の上にダクテッドファンを合計30基並べ、その角度を変えることで垂直離着陸と水平飛行を可能にする。モチェリンはリードデザイナーとして内外装をまとめた。

カーデザイナーが手掛けただけあって、リリウムジェットの外観は非常にスタイリッシュだ。
リリウムジェットは乗員1名+乗客5名の6人乗り。

「この画期的なプロジェクトで、ほぼ白紙の状態からデザイン開発を率いたのは特別なこと。デザイナーとしてスキルの幅を広げる重要な経験だった」と彼は振り返る。

2023年2月までリリウムに在籍したが、ベルトーネがGB110をオンライン発表したのはそれより早い22年12月だ。「リリウムの柔軟な対応のおかげで、副業としてGB110のプロジェクトを引き受けることができた」とモチェリン。そしてこう続けた。

「ベルトーネの再出発を記すハイパーカーをデザインするというのは、私のキャリアの節目になる。逃すわけにはいかないチャンスだった。リリウムを辞めてモビリティデザイナーとして独立するにあたって、GB110はパーフェクトな出発点になった」

モチェリンがデザインした折り畳み式車椅子。ホイールを折り畳むのが最大の特徴で、左のように機内持ち込みサイズに収まる。
エアフランス傘下の「HOP!」が運航するエンブラエル190系の新しいシートをモチェリンがデザイン。2024年秋から飛んでいる。

GB110をデザインする一方で、モチェリンは機内持ち込みサイズに折り畳める世界初の車椅子を考案。生産/販売に向けて、リリウム退職直後の2023年3月、ベルギーにリボルブモビリティという会社を設立した。また、エアフランスのためにデザインした旅客機用のシートが、2024年6月に発表されている。

モチェリンは車椅子から航空機まで、モビリティを幅広く手掛ける異才。しかしリッチ兄弟と共有するベルトーネ再興への情熱に揺るぎはない。後編ではいよいよ第2作のランナバウトに話題を進めよう。

【後編】これが現代のクルマ!? 自動車黄金期の“名作”を復活、デザイナーは何を語るのか?【ランナバウトのデザイン探訪】

昨年10月にベルトーネが発表した「ランナバウト」は、55年前の名作ショーカー「アウトビアンキA112ランナバウト」をロードカーとして復活させるもの。異例のプロジェクトを手掛けたデザイナーはアンドレア・モチェリン氏だ。後編ではいよいよ第2作となるランナバウトについてにインタビューの話題を進めよう。 TEXT:千葉 匠(CHIBA Takumi) PHOTO:​Bertone

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著者プロフィール

千葉 匠 近影

千葉 匠

1954年東京生まれ。千葉大学工業意匠学科を卒業し、78〜83年は日産ディーゼル工業でトラック/バスのデザ…