目次
誰も気にしていない、リヤドアに隠された衝突時のための安全対策
あなたのクルマは次のどのタイプだろうか?
1.2ドアクーペ
2.3ドアハッチバック
3.4ドアセダン
4.5ドアハッチバック
5.5ドアワゴン
6.スライドドア付き車
1または2のタイプのユーザーの方には、今回のお話は関係ないので、他の記事に飛んでくださってかまわない。
「ドアヒンジ」から見えるドア事情 あなたのクルマのドアヒンジは形鋼? プレス成形? プリウス、ランドクルーザー250、新型クラウンセダン、日産GT-R、メルセデスAMG SLまで35モデル
その前に、ドア構造のお話・・・
本題に入る前に、まずクルマのドア構造についてのお話をしよう。
クルマの開閉する部分・・・エンジンフード、ひとが乗り降りするためのドア、セダンならトランクリッド、セダン以外ならハッチドア・・・は、外側のアウターパネルと内側のインナーパネルの鉄板2枚から構成されている。どちらも当然プレス機で成形されるわけだが、アウターパネルはすなわちクルマの外形デザインそのものをなすもので、デザイナーが造形した面形状に基づいてプレスされている。屋根やフェンダーも含めたクルマの外観全体の良し悪しを判断するのは、つまりは集合したアウターパネルを見てのことなわけだ。
いっぽうのインナーパネルは、スタイル云々とは無縁だ。フード、トランク(バックドア)の裏側を覗いてみてほしい。最近のクルマに据えられているインシュレーター(防音材)や内張りを外すとただの骨格が現れるが、これとて前後からの衝撃をいくらかでも吸収するように造られている。
開閉するドアのインナーパネルとなると、窓ガラスの昇降機構(レギュレーター)、パワーウインドウに電気式ロックのモーター&配線、ドアを開けるためのリンケージ、あるいはワイヤー、そして側突対応のためのサイドインパクトバーなど、ところせましと機能部品が据え付けられている。
さてこの2枚構成のふたものパーツ。鋼板製の場合は、構造用接着剤(構接剤)を周囲にぐるりとめぐらせたインナーパネルをアウターパネル周囲のつば状の部分(フランジ)を折り返して包み込む構造になっている(「ヘム」「ヘミング」という)。ことにひとが出入りするドアの内部はさきに述べた機能部品の取付&作動スペースが要るために空洞になっており、いってみれば和菓子の最中(「さいちゅう」じゃなくて「もなか」ね)をイメージすればいい。アウターパネルとインナーパネルは拝み合わせで一体にされ、実際、ボディ設計者は俗に「モナカのように・・・」などと称している。


リヤドアのカギ型形状の秘密・・・
ここからが本題。
上記3~6のタイプのクルマをお持ちの方、いますぐご自分のクルマの真横・・・、それもセンターピラーあたりの前に立ち、フロントドアを開けて現れる、リヤドアの前辺を見てみてほしい。前端ヘム部がカギ型になっていることがわかるだろう。平素目に留めない部分なので、初めて気づいた方が多いと思う。

このカギ形状、何てことのない形をしているが、実はこれは衝突時の安全対策だ。正確にいうと、衝突を受けた後の対策。衝突を受けて変形した後でも前後のドアが開けられるように・・・いや、開けられる可能性を少しでも残すための工夫なのである。
どういうことかというとだね・・・
いつもなら筆者自前の旧ジムニーを最初に出すところだが、今回はうちの父ちゃんが使っている2代目プリウスを引き合いにして話を進めていく。ジムニーではなく、プリウスが必要だった理由は、読み進めていくにつれてわかる。

リヤドアを開けてみよう。ヒンジを軸にドアが開くわけだが、よく見てほしい。


同じ写真に色付けして話を続ける。
上下にふたつ設けられたヒンジを支点にドアが開くとき、上下ヒンジ軸を結ぶ線(軸心)を境に、リヤドアの軸心から前側(以下B)は、フロントドア後端(以下A)=ボディ最外側より内側にもぐり込み、後ろ側(以下C)は外に張り出すことがおわかりになるだろうか?


これは部屋のドアと異なり、クルマをサイドから見たときに、ヒンジ軸心がリヤドア前端からいくらか車両後方側に寄っているために起こる事象。リヤドア前端が内側に入る・・・これがカギ型ヘムが必要な理由であり、端面にただヒンジが付くだけの部屋のドアとは大きく異なる部分だ。
なぜか? 前後ドアが閉じているとき、このカギ型ヘム=BはAの内側に位置している。この状態で何らかの衝突を受けてドアが変形したとき、AよりもBが内側に潜り込む(正確には「潜り込む可能性が高い」)ことになる。

ここまで読んで、「そもそもなぜBをAの内側に誘導したいのか?」と思った方はえらい。
もしこのカギ型ヘムが存在せず、AもBもただのヘムであれば、衝突形態によってはBがAよりも外側に出ることもあり得る。この場合を恐れているのだ。BがAより外側に出てしまった場合、AとBはお互いに干渉するため、フロントドアもリヤドアも開かなくなってしまう。これでは自力での脱出や外部からの救出の妨げになるため、このような策が採り入れられているのだ。もちろん、衝突の形態はさまざまで、このカギ型ヘムにしたところでどんな衝撃を受けてもBが必ずAの内側に入るとは限らないのだが、脱出できなくなる可能性を少しでも低減するための策なのである。


どうだい? たったこれだけのちっぽけな形だが、そこには大きな役割が託されていたのである。最初に考え出したのはどこの誰なのだろうか?(答えは断面図に書いてしまっているが)
発案はベンツ。だから「ベンツヘム」
このカギ型ヘム、なかなかのアイデアで、「よく思いついたな」と思うのだが、残念ながら日本発ではなく、かのメルセデス・ベンツが最初に考案したものだ。ゆえに「ベンツヘム」と呼ばれており、いまのどのクルマでも、リヤドア前端は一部の例外を除いてベンツヘムになっている。
「おれのクルマ、スライドドアだけど?」と思っているひともいるだろうが、スライドドアでもその前端はベンツヘムになっているはずだ。スライドドアを開けてみるといい。ロック解除され、開き始める瞬間、ドア全体が内向きになるだろう。
そもそもスライドドア開時は、ロック解除したスライドドア後端を外に押し出して開くため、その反対側の前端はいったん内側に引っ込む軌跡をたどる。ここにもしベンツヘムがなく、衝突時の変形でリヤスライドドア前端がフロントドアにかぶってしまったら、やはり前後のドアが開かなくなってしまう。もぐりこむことができなくなるからだ。





このベンツヘムは、筆者がいま使っているジムニー(旧型)のような2ドア型には存在しない。同じ2ドアのGRヤリスやクーペ型のスープラ、86、フェアレディZやマツダロードスター、コペンなどにもおそらくない。当然だ。リヤドアがないのだから。
また、さきに「・・・一部の例外を除いて・・・」と書いたが、それは写真のハイエースで、フロントドア後端とリヤドア前端が、外に露出しているセンターピラー(Bピラー)で断たれているようなクルマにもない。


そして同じリヤドアでもそれが昔の国産4ドア車なら存在せず、ベンツヘムが国産車に採り入れられたのがいつ頃なのかはわからない。
メディアで語られる衝突時の対策というと、クラッシャブルボディにサイドインパクトビーム、エアバッグにペダル後退抑制機構あたりが表に出るが、目にしていながら意識していない部分にも重要な機能が隠されているんだよというお話であった。