スーパー耐久シリーズに参戦して、実戦で鍛え上げる
一見しただけでは車高を落とし偽装を施しただけのGRヤリスに思わせながら、エンジンは開発中のG20E型2.0L直列4気筒ターボに換装。さらには4WDシステムも含めてパワートレインを前後逆転させ、2シーターのミッドシップマシンに魔改造するという、往年の初代ルノー5（サンク）ターボを思わせるパッケージを備えたのが、この「GRヤリスMコンセプト」だ。
同車の開発を担当しており、2024年シーズンのD1ライツシリーズではトヨタ自動車部CUSCO HKSヨコハマタイヤから参戦しドライバーズランキング2位となった、トヨタ自動車ガズーレーシングカンパニーの多田康治さんに誕生の経緯を聞くと、意外な答えが返ってきた。
「GRヤリスを発売した後のことですが、ヤリスは横置きフロントエンジンの4WDで、フロントの重量配分が非常に高いこともあり（注：「RZ“ハイパフォーマンス”」6速MT車の車検証上の数値は前前軸重770kg：後後軸重510kg＝前後重量配分60：40）、どうしてもフロントの仕事量が多いんですね。
レースでも、フロントタイヤだけどんどん減っていき、リヤタイヤは全然まだ余っている、という状態になります。特に顕著なのが、ダートトライアルや氷上など路面のμが低い所で、ドライ路ではタイヤのグリップでなんとかなっていたのが、いよいよアンダーステアが顔を出すようになるんです。
それで2023年頃に、『厳しいならいっそのことリヤにエンジンを移してしまおう』ということで、ミッドシップ化が始まりました。『そんなことあるんかい』という話ですけど（笑）」
そのように「もう勢いだけで前後逆転したクルマを作ってしまった」のだというが、その結果として出来たクルマが「めちゃくちゃ楽しかった」。さらにはモリゾウこと豊田章男会長から「ここまでいったらパワーが足りないんじゃない？」という指摘を受け、ベース車のG16E-GTS型1.6L直列3気筒ターボエンジンを、開発中のG20Eに換装。その開発テストも兼ねることになった。
このG20Eは2024年5月28日に開催されたスバル・トヨタ・マツダ3社合同の技術説明会「マルチパスウェイワークショップ」で初公開された2.0Lターボエンジンそのものだが、S耐参戦車両に搭載するということは、「もちろん、モータースポーツで使うことも想定して設計している」。
大型のタービンへ交換するなどチューニングしやすいよう、電動ではなく通常のタービンを採用しているほか、モータースポーツでは市販車の2倍以上のパワーを出すことも想定して、エンジンブロックも高い耐久性を確保しているという。
なお、名称こそG16Eと共通性のあるG20Eだが、「実はG16Eとあまり関係はなく、完全に新しいエンジンだと思っていただければ。ボア×ストロークやボアピッチも違います。ボアを広げてショートストローク化しているので、耐久性もレスポンスも良いエンジンにしたいと思っています。エンジン高も低いので、なおさらモータースポーツ向けですね。ボンネットの低いスポーツカーにも搭載しやすくなっています」とのこと。
市販スポーツカーへの搭載にあたっても、「具体的な数値はお答えできませんが、スポーツカーにふさわしい出力とトルクを出していきたい」というから、大いに期待できそうだ。
このG20EをGRヤリスのミッドに搭載するにあたっては、「3気筒から4気筒へと1気筒増えているので、エンジンの横幅が90mmくらい大きくなっています。ですのでリヤはとにかくスペースを取らず、かつ軽量でリヤヘビーを改善できる、ストラット式に変更」している。
また、「車体をやたら低くしているんですが、それは今後の開発に向けて、いろんな細工をしているということです。見た目はヤリスですが、いろんなことを検証しています」と、多田さん自ら明かしてくれた。
こうして作られた「GRヤリスMコンセプト」、「今の段階では市販化やどの形になるとは言えないんですが、当然やるからにはお客さんの手に届くようにします」と明言。「そのためにもまずは手始めに、今年このクルマと同じようなパッケージでS耐に参戦します。トヨタはMR-S以来ミッドシップ車を作ったことがないので、戦いながら壊しながら、完成度を上げていきたいと思います」と、S耐参戦の狙いを説明している。
さて、その将来の市販車だが、昨今トヨタを巡っては、セリカGT-FOURの復活が中嶋裕樹副社長によって明言され、一方でジャパンモビリティショー2023に出品された「FT-Se」をデザインのルーツとする、MR2のようなミッドシップスポーツカーの復活も噂されている。
そうした近況もあり、GRヤリスのチーフエンジニアである齋藤尚彦主査が「もういろんなことを雑誌に書かれ始めているから、いっそのこと出してしまえ」と判断し、このミッドシップ先行研究車両が「GRヤリスMコンセプト」として世に出ることになったのだとか。
しかしながら、このままの形で市販化しても、かつてのルノー5ターボを彷彿とさせるミッドシップ3ドアハッチバックとして成立する。その印象を率直に伝えると、多田さんは楽しげにこのように語ってくれた。
「話をした70％くらいの人に『5ターボ』と言われています（笑）。開発している身としても本当に楽しいですし、それこそ気分はグループB（のラリーカーを彷彿とさせる）、化け物を作っているつもりでやっているので（笑）、その興奮も含めてお客様に届けられたらいいですね。このクルマが実際にどの形で市販化されるかは、今はあえて公開せずに、皆さんに数年後に『このクルマ、あの時のGRヤリスMコンセプトじゃない？』ということがお伝えできたらと思います」
果たしてその市販モデルは、セリカGT-FOURもしくはMR2を名乗るのか。あるいは双方の後継車に位置付けられる、クーペ型のミッドシップ4WDスポーツカーとなるのか。はたまたGRヤリスMコンセプトの形のまま誕生するのか。いずれにせよ、とびきり速くて楽しいスポーツカーになることだけは間違いなさそうだ。