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スリップサインに気付いてからでは遅い!
ミシュランでは「高い性能が最後まで続く」を開発コンセプトに掲げている。例えばプライマシー4が2022年に4+に進化したとき、そのポイントは摩耗末期のウェット性能の向上にあった。今回のプライマシー5でも、「濡れた路面での安心感が長く続く」はセールスポイントのひとつ。プライマシー4+に対して耐摩耗性は約30%向上し、3万2000km走行後の摩耗状態(プライマシー5は残溝3.5mm、4+は2.8mm)でウエットブレーキ性能は約2.4%向上したという。

長く使えるタイヤは環境に優しい。いつまで使えるかと言えば、法規的にはスリップサインが出るまで。ご存知の通り、トレッドの溝が1.6mmまで減るとスリップサインで溝が途切れて、整備不良車と見なされてしまう。どこにスリップサインがあるかはショルダー部のマークや文字でわかるようになっており、ミシュランの場合は小さなミシュランマンが刻まれている。
しかし、「スリップサインが出たのに気付いて、すぐに買い換えなくてはいけないというのは、お客様の体験としてネガティブなこと」と日本ミシュランタイヤのシニアインダストリアルデザイナー、清井友広(せいい・ともひろ)さんは語る。
丸穴の摩耗インジケーター
そこでミシュランでは、22年3月発売のパイロットスポーツ5で「Wear 2 Check」というコンセプトを初採用し、今回のプライマシー5にもそれを展開した。

ミシュランマンから細い横溝を辿るとすぐ、ショルダー部のブロックに3つの丸穴が並んでいる。それぞれ穴の深さが異なり、摩耗が進むにつれて外側から順番に穴が消えていく。これが「Wear 2 Check」だ。「穴が摩耗のインジケーターになって、あとどれだけ使えそうかが見てわかるようにした」と清井さん。

この3つの丸穴はタイヤの内側と外側の両方にあるが、日常点検で見やすいのは外側。そこで外側については、ショルダー部の形状と横溝にひと工夫を加えた。ミシュランマンがいるところに台形の面を設け、そこの横溝を他より短くして、ミシュランマンを、ひいては3つの丸穴を見つけやすくしているのだ。
これはパイロットスポーツ5の取材で聞いたことだが、清井さんは「サステイナブルという課題に対して、タイヤのデザインで何ができるのか? 資源を大事にするためにタイヤを最後まで使い切ってもらえるようにすることが、ひとつのテーマだと考えた」と語っていた。3つの穴がすべて消えたら、そろそろ交換時期ということ。3つの丸穴はタイヤを使い切るためのデザインなのである。
反射を抑えて黒くする
タイヤのサイドウォールにはブランド・ロゴや製品名、サイズなど、さまざまな情報が刻み込まれている。言わば「タイヤの顔」だから、それをデザインするのは、もちろんタイヤ・デザイナーの大事な仕事。今回のプライマシー5では、「フルリング・プレミアムタッチ」がサイドウォールのデザインのハイライトだ。

「MICHELIN」のロゴと、それに並べるミシュランマンは、サイドウォールに刻む情報のなかでも第一優先で目立たせたいブランド情報。タイヤは黒い・・が、光が反射すると真っ黒には見えない。それを逆手にとって、目立たせたいものの背景をマットブラックにするのがミシュランの「プレミアムタッチ」である。


2013年のパイロットスポーツ・カップ2で初採用し、パイロットスポーツ4やプライマシー4など多くの製品に展開したのが第1世代のプレミアムタッチ。それが評価され、パイロットスポーツ4は2016年のグッドデザイン賞に選定された。

三角断面の微細な筋彫りを施すことで、入射光が三角断面の斜面から隣の斜面に反射するようにしたのが第1世代。反射光が筋彫りの谷から出てこなければ漆黒のマットブラックに見えるわけだが、一定断面の筋彫りなので、入射光の角度によっては反射光がそのまま外に出て白っぽく見えてしまう可能性が残る。

そこでパイロットスポーツ5で第2世代のプレミアムタッチが開発された。一定の三角形断面に代えて、微細な円錐形を高い密度で並べたのが進化点だ。円錐の側面に当たった光は、もう外には出られない。円錐の頂点はごく小さいので、そこで入射光が全反射したとしても微々たるもの。「どの方向からの光も吸収できるのが、従来のプレミアムタッチとの違いだ」と、パイロットスポーツ5の取材で清井さんは語っていた。


プライマシー5のプレミアムタッチもしっかり黒く見えるが、パイロットスポーツ5のそれとは少し違うとのこと。ただ、なにしろ微細なので肉眼で形状を見極めることが難しい。今回も円錐形かどうかを尋ねると、清井さんは明言を避け、「いろいろ検討したなかで最適なものを選んだ」と語るにとどめた。
パイロットスポーツ5のような微細な円錐形を成形する金型は、何らかの特殊な加工が必要になってコストがかかるはず。金型を作りやすくする進化を図ったのだろうか? 「高度な技術が必要なものであることに変わりはなく、コストダウンを狙ったわけではない」と清井さん。ちなみに売価が相対的に安い16インチと17インチはプレミアムタッチを採用していない。プレミアムタッチはそれほどコストのかかる凝った技術というわけだ。
フルリング・プレミアムタッチの統一感
プレミアムタッチをサイドウォールの全周に施した「フルリング・プレミアムタッチ」は、2020年のパイロットスポーツSUVで初めて採用された。ロゴなどがない部分は、スポーツタイヤに相応しくチェッカーフラッグ柄だ。

パイロットスポーツ5では第2世代プレミアムタッチを2カ所に長く施し、その一方の端末はチェッカーフラッグ柄をグラデーションさせたデザイン。360度つながっているわけではないが、ミシュランはこれも「フルリング・プレミアムタッチ」と呼んでいた。

今回のプライマシー5は第2世代プレミアムタッチが再び文字通りリング状につながっている。清井さんによれば、「ブランドとしてフルリング・プレミアムタッチを重要な存在と位置付け、ミシュランのタイヤとしての統一感を築いていくことを考えて、こういうデザインにした」とのことだ。
漆黒のプレミアムタッチが醸す高い質感は、ミシュランのタイヤ開発の姿勢を象徴するもの。タイヤのブランドデザインの新境地がそこにある。