今やホンダで最も売れている車種といえばN-BOX。背の高いハイトワゴンは軽自動車の主流となっているけれど、今から50年ほど前にも同じようなコンセプトの車種が存在した。それがライフ・ステップバン。N-BOXと違って商用車だったものの、全高の高い四角いボディを採用したことで、優れた積載性と余裕ある室内空間を生み出していた。乗用車としてもライフワゴンが存在したが、ここまで割り切ったデザインとするには商用車が最適だと当時は判断されたのだろう。

ところが今と違って当時このようなデザインは全く受け入れられなかった。1972年に発売されると翌年には荷室を切ってトラックにしたライフ・ピックアップを追加。ところがどちらもあまり売れず、74年にホンダが一時的に軽自動車から撤退することを受けモデルチェンジすることなく生産を終了してしまう。わずか2年余りしか生産されなかったステップバンだが、令和の今も結構な台数が生き残っている。それは80年代にブームとなったサーフィンと関係している。当時のサーファーたちが安価な中古で荷室が広いステップバンはとても魅力的だった。彼らが乗るようになると、サーファーではない人たちにも人気が広がりカスタムベースとしても人気になるのだ。

ただ、それだけで数多くのステップバンが残存できたわけではない。熱心な愛好家たちによりステップバンのワンメイククラブが創設されたり、当時のホンダは古いモデルでも部品供給がしっかりしていたことなどが重なり今がある。多くの国産メーカーは20年も30年も前の軽自動車の部品などすぐに製造廃止にしてしまうが、ホンダは創業者の本田宗一郎氏が存命だった頃まで部品供給に熱心だった。実に30年くらい前まではブレーキなどの保安部品だけでなくエンジンの補修部品や外装パネルなんてものまで入手できた。

部品供給にまだまだ不安のなかった90年代前半だから、その当時にステップバンを愛車にした人は意外に多い。だが、世の中はバブル景気や、バブル崩壊後も余韻が残っていた時代であり、クーラーもパワーウインドーもパワーステアリングもない旧車は若い間だけしか乗らないというパターンが多かった。当時から乗り続けている人も多いわけだが、それには多大な労力と費用がかかる。だから普通は一時的に乗って別の車種へ乗り換えるもの。今回紹介するステップバンのオーナーである田島るりさんもそうだった。35年前にステップバンオーナーとなり、カスタムを施して楽しんでいたが、いつしか別のクルマへ乗り換えるために手放してしまった。

今も普段乗るクルマはアクティバンとホンダ党である田島さんだから、またいつかステップバンに乗ってみたいと心の隅で思っていた。転機になったのは4年半ほど前の旧車イベントでのこと。本気でまた乗りたいと思ってステップバンがエントリーする旧車イベントを見学するため会場へ足を運んだ。何台か展示されているステップバンを見ていると、クルマのそばでオーナーたちが談笑している。女性に見られて嬉しく思われたのか、それとも田島さんから話しかけたのか、いつしか会話の輪に加わる。すると手放してもいいステップバンがあるという話になった。こんな良縁を断る手はない。その場で手に入れることに決めたのだ。

若い頃に乗っていたステップバンをもう一度運転する日が来るなんて現実的ではないと考えていた田島さんだから、再び2気筒エンジンのサウンドを聴くことができた時は最高の思いだったろう。しばらくは何事もなく乗ることができたので、若い頃と同じようにカスタムを開始。LED球が埋め込まれたヘッドライトに交換したりフロントバンパー一体型スポイラーに変更したりと好みのスタイルへと変身させた。

ところが2年前になってエンジンが調子を崩してしまう。これはおかしいと主治医に相談するとエンジンの腰下、シリンダーブロックを組み直す必要があるとの診断。そこで作業を実施しつつキャブレターをライフ純正のツインキャブに変更している。これで平穏無事かと思われたがまたトラブルに見舞われる。シフトチェンジが難しくなってきたのだ。

そのままでは乗ることを控えてしまうし、年末に開催されるイベント「あくと冬フェス2024クリスマスファイナルクラシックカーミーティング」にも参加できなくなってしまう。そこでイベントの1か月前にトランスミッションを組み直すことになった。こんな作業が普通にできるのもライフ系の特徴で、今でも専門店があるほかエンジン・ミッションなどの部品も豊富に揃う。ところがホンダ以外のメーカーによる当時の軽自動車は部品集めから始めなければならないし、欲しい部品が容易に見つかるものでもない。

なんとかトラブルを克服して2024年末に栃木県佐野市で開催された同イベントに参加することができたというわけ。当日は軽自動車の参加が少なかったものの、もう1台のステップバン、ホンダN360と並べて展示することができた。もちろん皆さんお知り合いで、冬の寒い日ではあったものの笑顔が絶えることはなかった。

もう1台のステップバンはツートンカラーに塗り直されていたものの、田島さんのクルマの派手さには敵わない。なにしろ外装のカスタムだけでなくインテリアまで自分好みにアレンジされているのだから。外からでもわかるほどで、フロントウインドー越しにキラキラと飾り付けが輝いている。よくよく見ればダッシュボードには所狭しと小物が置かれ、MOMO製小径ステアリングホイールや延長シフトノブなどに変更されている。

表皮が破れていないフロントシートは好みの柄に張り替えてある。実はこのシートがアピールポイントだそうで多くのステップバンはフロントシートがセパレートタイプ。ところが田島さんの愛車はベンチシートなのだ。発売当時のステップバンにはスーパーデラックスとスタンダードの2種類がラインナップされた。田島さんの愛車はシンプル装備のスタンダードなためかもしれないが、乗用モデルのライフ純正が移植されたのかもしれない。カスタムベースにされることが多かった歴史を考えると、このような仕様になっている個体も存在するのだろう。