音響測定艦「びんご」が進水! ハコをひっくり返したような不思議なデザインの意味とは?

進水式を迎えた「びんご」。平らな船体を支えるのはふたつの板状の柱。その下にはまるで魚雷のような円筒形のパーツが。なぜ、こんな奇妙な形状をしているのだろう?(写真/海上自衛隊呉総監部Xより)
2025年2月17日、「ひびき」型音響測定艦の4番艦「びんご」の進水式が行われた。一目見てわかるとおり、船体を2つ連ねた奇妙な設計の船であることがわかる。「びんご」は、なぜこのような形状をしているのだろう?【自衛隊新戦力図鑑】
TEXT:綾部剛之(AYABE Takayuki)

音で水中を監視する特殊な艦

「音響測定艦」とは、海中に隠れる潜水艦を探し出す役割をもった艦だ。一般に長距離の敵を発見する手段として電波を使ったレーダーが知られているが、水中では電波は減衰が激しく使うことができないため、音波が用いられる。「ひびき」型は数百kmにおよぶ広い範囲の海中の音を聴く能力を持ち、潜水艦の音を探知して、その行動を明らかにする。だから「音響」で「測定」する艦なのだ。

進水式は命名式も兼ねている。この日、「びんご」の艦名が与えられた。「ひびき」型は日本各地の「灘」から命名されており、「びんご」は瀬戸内海の「備後灘」にちなむ(写真/海上自衛隊Xより)

この海中での長距離聴音機能を持った機器が、艦尾から海中に投入し、曳航して使用する「SURTASS(観測用曳航式アレイソナー装置)」だ。これは、自艦の雑音の影響を受けないように長大な曳航ケーブルを備えた細長いソナーなのだが、その長さゆえに展張させるためには母艦が安定している必要がある。波に揺られてグラグラ、フラフラしていては困るのだ。そこで採用されたのが、この特徴的な船体形状だ。

荒れた海でも安定した航行を可能とする設計

「ひびき」型の船体設計は「Small Waterline Area Twin Hull(水線面積の小さい双胴船体)」、略して「SWATH(スウォース)」と呼ばれる。写真を見ると、魚雷のようなかたちをした円筒形パーツに板状の支柱が立ち、その上に艦橋などの構造物が設けられている。

魚雷のような円筒形パーツの上に板状の支柱が立ち、上部の構造物を支えている。この設計は「SWATH」と呼ばれている(写真/海上自衛隊Xより)

円筒形パーツは完全に水没して艦の浮力を生み出す一方で、喫水線(水面の高さ)での断面積は支柱部分のみとなり、一般的な艦船(単胴船)に比べて極めて小さい。波のエネルギーは、海中では急速に弱まるため、海面下に大部分を沈めて水面部分の面積を極小化したSWATHは、波の影響を受けにくく、たとえ荒れた海面でも安定した姿勢を維持できるのだ。

左が一般的な単胴船、右がSWATH(それぞれ正面と平面)。SWATHは、喫水線での断面積(濃い青)が極めて小さい。いっぽうで2本の円筒形パーツにより水面下の表面積は大きい(作図/筆者)

ただし、水中部分の表面積が大きいために海水の抵抗は大きく、また構造的に重量物搭載の柔軟性に乏しい。安定した航行のためには、船体の下に波が通り抜けることができる空間が必要であり、荷重で沈み込むと、安定性が損なわれるためだ。SWATHは安定性に特化した設計と言えるだろう。

30年ぶりに建造された3-4番艦

「ひびき」型は冷戦期にソ連潜水艦の脅威に対抗する目的で、1990年頃に1番館「ひびき」、2番艦「はりま」が建造されたが、ソ連解体後は同型艦の建造は行われなかった。しかし、2010年代に入り、中国潜水艦の脅威が高まったことから2021年に3番艦「あき」が就役し、さらに4番艦「びんご」も加わろうとしている(2026年就役予定)。

2021年、30年ぶりの建造となった「ひびき」型3番艦「あき」。後部の中央に曳航式ソナーを展開するための開口部が見える(写真/海上自衛隊)

また、2017年には海上自衛隊で初めて「クルー制」を導入した。これは固定の乗員を設けず、2隻(当時)の音響測定艦に3班のクルーが交替で乗り込むもので、音響測定艦の稼働率を上げて、中国潜水艦に対する監視を強化した。現在は3隻4クルー体制であり、「びんこ」就役後には4隻5クルー体制となる見込みだ。

「ひびき」型音響測定艦は護衛艦のような花形艦艇とは異なり、武装も持たない裏方の船ではあるが、平時から敵潜水艦の監視という実任務を背負った、極めて重要な艦なのである。

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著者プロフィール

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綾部 剛之

軍事関連をメインとした雑誌/書籍の編集者。専門は銃器や地上兵器。『自衛隊新戦力図鑑』編集長を務めて…