
映画『フォードvsフェラーリ』をご覧になっただろうか。フォードが1960年代に華々しいイメージをメーカーにもたらすと考えて開発したレーシングカー、GT40がフェラーリを打ち負かすまでのストーリー。フェラーリの買収に失敗して罵倒されたフォード陣営が、打倒フェラーリを目指してGT40を開発。1966年のル・マン24時間レースに参戦して見事フェラーリを下して総合優勝。その後もGT40の快進撃は続き、1969年まで4年連続でル・マン24時間レースで勝ち続けた。

近年では2005年と2017年にフォード自らレプリカとも呼べるフォードGTを発売して話題になったもの。しかもフォードGTはナンバーを取得して公道を走ることができたため、本家GT40より身近(?)な存在とも呼べた。ただ、現在フォードGTの市場価格は高騰しており、おいそれと買えるものではない。フォードGTのようなルックスで公道を走ってみたいと考えるなら、レプリカを製作するしかない。

2024年末に栃木県佐野市で開催された「あくと冬フェス2024クリスマスファイナルクラシックカーミーティング」の会場で、思わず目が点になってしまった1台を紹介しよう。このGT40風のボディを備えるのは、なんと全長2メートルほどのミニカーなのだ。オーナーである中村清さんにお話を伺えば、やはり『フォードvsフェラーリ』をご覧になってレプリカを製作する気になったそうだ。

レプリカを作るにあたり、何をベースにするかが問題になる。GT40はミッドシップレイアウトを採用するため、できればパワーユニットは運転席より後ろにあってほしい。そう考えるとなかなか手頃なベース車は思い浮かばないが、中村さんは複数台の原付ミニカーを所有するマニアでもある。そこで原付ミニカー扱いで登録できるGT40レプリカを思いついた。

確かに原付ミニカーであれば登録までのハードルは低い。以前に紹介したロッキーオートによるプリンスR380レプリカも公道走行が可能だが、ナンバーを取得するまでの苦労は想像を絶する。トヨタ2000GTをリスペクトしたロッキー2000GTや3000GTなどで得たノウハウがあるからこそ、できたものだろう。同じことを一個人がやろうとしても徒労に終わることは目に見えている。だが、原付扱いであればボディの強度や衝突時の安全性などを問われることはない。確かに個人で夢を叶えるには最も相応しい方法だろう。

そこで中村さんは電動バギーに目を付ける。バギーであるためボディの脱着は容易だし、フレームやサスペンションなどはそのまま流用することができる。その寸法に合わせてGT40風ボディを作ればいい。ということで電動バギーを手に入れボディを分離。フランスの子供向けエンジンカーメーカー、Automobile S.C.A.F.のボディを参考にしてFRPから手作りすることになった。

ちなみに子供向けエンジンカーはキッズカーやジュニアカーなどと呼ばれ、ヨーロッパではそこそこに人気がある。実際、ル・マン24時間レースの会期中にはアトラクションとして子供たちがレースをしているほどだ。子供向けエンジンカーはフェラーリ330P2やフォードGT40風のボディがあり、中村さんはここにヒントを求めたのだ。

このGT40風ミニカー、名付けてN.S.C GT50はナカムラ・スモール・カーズから命名したもので、大の原付ミニカーマニアらしい呼び方。役所で登録時に記載する車名も同じものが使われているので、れっきとした呼び方でもあるのだ。中村さんがGT50を作り始めたのは63歳の時。現在71歳だから8年も前のことだが、すぐに完成したわけではない。お手本があるとはいえ現物があるわけではなく写真などの資料をもとにボディを作るのだから、相応の時間はかかるというものだ。

ボディを完成させたはいいが、とてもではないが大人が乗り降りできるサイズのドアではない。そこで編み出したのがボディを持ち上げるようにして乗り降りすること。そのためボディ右サイドが開閉式とされ、乗り込んだ後にボディを閉じなければならない。つまり乗り降りするには助手が必要ということ。とはいえ、このスタイルとサイズで街を走るのは何者にも代え難いことだろう。

ボディを上げて運転席を見れば、すぐ脇にエンジンが搭載されている。聞けばホンダ製汎用エンジンで、中村さん宅に転がっていた草刈機のもの。ただ、この位置にあるのが不思議だったため聞いてみると「実はこのクルマ、EVなんです。動力は電気モーターなので走ってもエンジン音がない。それでは寂しいのでアクセル開度に応じて回転数が変わるようにした汎用エンジンを載せたんです」とのこと。

ボディを上げた状態で車体の後ろへ回り込むと、確かに電気モーターが確認できた。つまり電動バギーの駆動系をそのまま使いつつ、汎用エンジンでエンジン音を再現しているのだ。なんとも楽しい乗り物だが、完成までにかかった時間は3年ほど。ただ、すでにボディの型があるそうなので、追加で製作することも可能だろう。ちょっと自分でも欲しいなどと思うようなら、貴方も十分に変態の資質をお持ちだ。もちろん筆者も欲しいと思ったのは言うまでもない。