溝呂木 陽の水彩カースケッチ帳 連載・第13回 550スパイダーで大冒険 (後編)

溝呂木 陽の水彩カースケッチ帳/連載・第13回 550スパイダーで大冒険 (後編)

クルマ大好きイラストレーター・溝呂木 陽(みぞろぎ あきら)さんによる、素敵な水彩画をまじえた連載カー・コラム。今回は筆者の青年期、ポルシェ550スパイダーによる小さな大冒険のお話の後編です。
雨に濡れる1954年式ポルシェ550スパイダー。(水彩)

今回もOさんとポルシェ550スパイダーとの思い出をお話ししていきます。

Oさんと参加した「神戸のイベント」とは、『ポンテペルレ 2001』という、神戸を起点に四国や岡山などを回りまた神戸に帰ってくる2泊3日のクラシックカーラリーでした。今から20年ほど前、2001年のことです。参加者にはタレントの堺正章さんや西田ひかるさん、高岡早紀さんなどもいらして華やいだ雰囲気。参加車両もアバルト 750GTザガートや1000TCR、アルファロメオ SVZ、フィアット 8V ザガート(堺さん乗車)、アルファロメオ TZ、ランボルギーニ ミウラ、ロータス イレブン、アストンマーティン、オスカ MT4など錚々たる顔ぶれで、スタート地点のポートアイランドでもうテンションがマックスです。

美しいオスカ MT4と明石海峡大橋。(水彩)

なにしろコマ図(何キロ地点で右折、この目印で左折…などと、コマ割りの図で書いてあるガイドマップで、ラリー競技の基本中の基本です)を見るのも初めてで、首から3つブラ下げたストップウォッチの使い方もよくわかりません。コース上にはSS(スペシャルステージ)が設置され、そこでは指定タイムちょうどに路面に描かれたラインを車で踏むという競技があります。また、各チェックポイントをつなぐ移動区間――ディスタンス――でのタイムやスピードも指定されており、それに一番近い人から順に良い順位がつけられます。この競技のコツは若干早めにチェックポイントに到着しておき、その手前で待ってストップウォッチ片手に時間調整しながらオンタイムでラインを踏むというところです。

六甲山でボクたちの550の前をいく、堺さんのフィアット8Vザガート。(水彩)

ボクは緊張のあまり最初の曲がり角でミスコース…。Oさんに「おい、しっかりしてくれよ」と笑われながら、その日のゴールを目指しました。コースはすぐ、今回のイベント名であるパールブリッジ(明石海峡大橋)を渡り、四国へと入ります。高松で休憩したり金比羅山へ行ったり、観光的な要素を楽しみながらお昼も皆で集まっておしゃべりをしながら和やかに過ごすのです。そしてハイライトは夜のパーティーでした。四国のホテルで夕日が沈む海を見ながらのガラパーティーでは、堺さんはじめ参加者の皆が和やかに歓談、ゆったりとした時間を過ごしました。

それから岡山のTIサーキットを走ったり、六甲の山道を気持ちよく上り下り、こういう時にミッドシップの軽い550スパイダーの身のこなしは、まさに鳥肌ものの素晴らしい体験でした。高回転まで回してシャーンと音が揃った時の4カムエンジンの咆哮、トンネルにストラトスやオスカと一緒に入った時の音の反響の物凄さ。ゴルフ場の中でのランチや各チェックポイントでの歓迎など、どの走行シーンもすばらしい体験で、絵になる光景が続きました。

四国のホテルでの素晴らしい夕日。(水彩)

行程は関西のテレビクルーによる撮影もあったり、この参加初年度は天気にも恵まれ、気持ちよく全行程を終えてゴールのポートアイランドのホテルへと帰りつきました。

そこでも大きなパーティーが始まり、これまでの走りを皆で労います。そこで大きなサプライズがありました。なんと初参加の550スパイダーのボク達が総合3位という好成績を仕留めたのでした。タイムラリーで速さを競うものではありませんが、その時間の正確さ(コンマ何秒で争います)を競う競技で、ビギナーズラックとは言え好成績で終えられたのはとても嬉しい驚きでした。

ラリーには2003年まで毎年参加しましたが、その年はなんと毎日が大雨。事前に予報で知っていたボクらは上下そろいの登山用ゴアテックスの重装備でしたが、雨と風でコマ図はびしょびしょボロボロに破れて風に飛ばされ、挙句の果てには高速チケットや各種書類まで飛ばされてしまい、下着のパンツまでびしょ濡れになりながらの走行。屋根のないスパイダーにはなんとも辛い体験ではありましたが、Oさんはそんな時でも明るく笑い飛ばし、サーキット走行でも雨の中を尋常ではないスピードでコーナリングしていきます。全行程を走り終えた車両保管所でコクピットに大きめの傘をさして車を後にしたボク達。毎朝車を整備してくれた専属メカニックの方と一緒に、ほっと安堵して長い行程を走った車を労いました。

2002年の『ポンテペルレ 2002』にて、アルファロメオ 1900SSと。(水彩)

実はOさんはイタリアの『ミッレミリア』に出るために550スパイダーを買ったのでした。超人気の世界的なヒストリックイベントで、参加できる車両も厳密に制限されているため限られていますが、550スパイダーならもちろん大きな顔をして参加できます。「アキラ、ミッレミリアに行こうね!」Oさんはニコニコ笑いながら話されました。

その年にボクは結婚をしましたが、Oさんを主賓に迎えた式では、面白おかしいスピーチでボク達の門出を祝ってくれました。いつもボクを応援してくれていたOさん…。 その年の暮れに「アキラ、今度軽井沢のラリーに出ようね。血液型何型だっけ?」という、いつものような明るい電話をいただいた数日後、Oさんはご自宅で病気により突然亡くなられてしまいました。最後まで全力疾走、本当に信じられない唐突な最期でした。

ポルトガルから輸入したFPPモデルの『1/24ポルシェ550スパイダー カレラ パナメリカーナ』。とても良いキットでした。(筆者製作)
実車ではなく模型です。(筆者製作)
『ポンテペルレ』でOさんが使用されたゴーグルとグラブ。(水彩)

Oさんにはもうボクの絵は見せられませんが、「アキラ、だいぶ上手くなったじゃない。頑張れよ」とまだOさんが言ってくれているような気がします。ちなみにOさんの550スパイダーは、その後、アメリカに渡ったと聞いています。

先日、ポルトガルから54年式550スパイダーの「ガレージキット」と呼ばれる個人製造のレジン製キットを手に入れたので、組み立てました。Oさんがこれを見てくれたら、「アキラ、すっごくいいじゃない!」と言ってくれるような気がします。

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著者プロフィール

溝呂木 陽 近影

溝呂木 陽

溝呂木 陽 (みぞろぎ あきら)
1967年生まれ。武蔵野美術大学卒。
中学生時代から毎月雑誌投稿、高校生の…