フロントガラス中間膜の知られざる誕生秘話!偶然の実験事故が生んだ自動車安全革命

合わせガラスは、衝撃を受けてガラスが破損しても破片が飛び散らない。
車のフロントガラスが割れても破片が飛び散らず形を維持できるのは、2枚のガラスの間に挟まれた透明なフィルム「中間膜」の存在によるものだ。事故の際にガラス片から乗員を守る重要な安全技術だが、この発明は偶然の出来事から生まれた。フランスの化学者が実験室で起こした思いがけない事故が、後に自動車の安全性を根本から変える画期的なイノベーションとなったのだ。

単なる強度向上ではなく「人命を守る」という視点から発展した中間膜技術は、現在では紫外線カットや遮音性など様々な機能を持ち、私たちのカーライフにおける安全と快適さを支えている。

実験中の偶然から生まれた合わせガラス

合わせガラスの発明は、1903年にフランスの化学者エドゥアール・ベネディクトゥスの実験室での偶然の出来事から始まった。

ガラスフラスコを床に落とした際、フラスコは砕けたものの、中に残っていたコロジオン(ニトロセルロース)が膜を形成し、破片がばらばらにならずに形状を保ったのだ。この現象に着想を得たベネディクトゥスは、2枚のガラスの間に透明な樹脂フィルムを挟む合わせガラスを発明した。

彼は当初から自動車事故による怪我を減らすことを念頭に置いていたが、自動車業界への普及は即座には進まず、まずは第一次世界大戦中にガスマスクのゴーグル部分として軍事用途に採用された。自動車への応用が進んだのは、その後の出来事だ。

合わせガラスは、衝撃を受けてガラスが割れても破片が飛び散らない特徴を持つ。これにより、自動車事故の際、従来の一枚ガラスでは破片が乗員を傷つける危険があったが、中間膜によって破片が保持されることで深刻な裂傷を防ぐことができるようになった。

当初は製造技術や材料の課題により普及に時間がかかったが、1920年代後半になると合わせガラスの性能、生産性が大幅に向上し、安全性を重視するメーカーから注目を集めた。

PVB素材の開発。中間膜により飛躍的に向上した自動車の安全性

1987年9月以降に製造された自動車には、「道路運送車両の保安基準」で合わせガラスの装備が義務づけられた。

現代の合わせガラスで広く使用されているのが「ポリビニルブチラール(PVB)」という素材だ。PVBを原料とする中間膜は1935年に、第二次世界大戦中のアメリカで開発された。

PVBは従来のセルロースベースの中間膜と比較して、透明性が高くガラスとの接着性に優れ、伸縮性があるため衝撃を効果的に吸収できるという特徴を持っていた。これにより、自動車事故の際の乗員や被害者の頭部保護など、安全性向上に大きく貢献することとなる。

日本では積水化学が1958年に合わせガラス用中間膜「S-LEC(エスレック)」フィルムを開発し、国内における自動車用合わせガラスの普及に貢献。日本の自動車産業の安全技術も大きく前進することになる。中間膜技術の発展により、自動車事故における乗員の安全性は飛躍的に向上した。

日本では1987年9月以降に製造される自動車のフロントガラスには、道路運送車両法に基づいた「道路運送車両の保安基準」で合わせガラスの装備が義務づけられた。現在では世界中の多くの国で同様の規制が設けられている。

多機能化する中間膜がもたらす安全を超えた価値

合わせガラスの中間膜は、安全性を確保するという基本機能に加え、時代とともに様々な機能を持つようになった。特に注目すべきは紫外線(UV)カット機能だ。初期の中間膜は長期間日光に当たると劣化して白濁してしまう問題があったが、紫外線吸収剤を添加することで耐久性が向上。これにより、人体に有害なUV-Bの99%以上をカットできるようになった。

また特殊な中間膜を使用することで、遮音性を高めることも可能になった。振動を熱に置き換え、音波を減衰させる仕組みで、室内への騒音侵入を防ぐのに効果がある。さらに赤外線(IR)をカットする遮熱機能を持つ中間膜も開発され、車内の温度上昇を抑制する効果をもたらした。

最近では、フロントだけでなく前席のサイドウインドウにも合わせガラスを採用している車種がある。これは安全性だけでなく、快適性や静粛性の向上という観点からも中間膜技術が評価されている証といえるだろう。

さらに最新の技術では、ヘッドアップディスプレイに対応した特殊なフィルムを挟み込み、フロントガラスに車速やナビの情報をクリアに表示できる合わせガラスが開発されているようだ。

ディスプレイやカメラとの統合も期待される未来のガラス技術

現在、自動車ガラスの技術はさらなる進化を続けている。2020年6月に発売された「新型ハリアー」には、電圧により透明度を自在に変えられる調光ガラスが世界で初めて量産車に搭載された。これは合わせガラスの中間膜に特殊材料を埋め込み、電圧によって光の透過量をコントロールする革新的な技術だ。

2020年6月に発表された「ハリヤー」に採用された調光パノラマルーフ。(左:調光状態 / 右:透過状態)

さらに、自動運転技術の発展に伴い、センサー機能を内蔵した合わせガラスの研究も進められている。自動運転技術の分野では、AIの目となる車載カメラが歪みのない鮮明な画像をとらえられる高精度なフロントガラスの開発も進んでいる。

また今後は、中間膜に情報表示機能を持たせることで、フロントガラス全面をディスプレイ化する技術や、ガラス自体が発電する太陽電池機能を持った合わせガラスなど、さらなる機能の統合が期待されている。

偶然の発見から始まった合わせガラスの中間膜技術は、単なる安全装備から多機能なインターフェースへと進化を続けている。未来の車ではただの透明な仕切りではなく、情報を伝え、環境に適応し、乗員を守る知的な存在へと変貌を遂げていくに違いない。

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