落ちない空と守る地上!航空機と自動車の安全哲学が180度違う理由とは!?

空を飛ぶ航空機と地上を走る自動車。両者は全く異なる移動手段でありながら、共通するのは「安全性」への徹底したこだわりだ。しかし、その安全哲学には大きな違いがある。航空機は「絶対に落ちてはならない」という極限状態での安全を追求し、フェールセーフとフォールトトレランスという二重の安全網を張り巡らせている。一方、自動車は「衝突時にいかに乗員を守るか」という安全率を重視する考え方だ。

なぜこのような違いが生まれたのか。それぞれの安全技術の歴史とともに紐解いていこう。

事故が起きても致命的にならない、航空機のフェールセーフ哲学

米国ボーイング社が開発、製造する中型旅客機「ボーイング 787(ドリームライナー)」。

航空機の安全思想の根幹となるのがフェールセーフという考え方だ。これは「故障しても安全」という意味で、何らかの機器やシステムに不具合が生じても、最悪の事態を回避できるように設計する方法を指す。1950年代のジェット旅客機の登場とともに本格的に発展したこの概念は、現代の航空安全の礎となっている。

例えば、旅客機の油圧システムには複数の独立した回路が用意されており、一つが故障しても他のシステムが機能を代替する。また、操縦システムにも機械式バックアップが装備され、電子系統が完全に失われても最低限の操縦が可能だ。

2009年に起きた、通称「ハドソン川の奇跡」と呼ばれるUSエアウェイズ1549便不時着水事故では、両エンジンが停止する最悪の事態でも、パイロットがグライダーのように機体を制御できたのは、このフェールセーフ設計のおかげだといえる。

航空機の設計者たちは「失敗は起こりうる」という前提に立ち、その失敗が致命的な結果につながらないようシステムを構築している。それは飛行中のトラブルは即座に数百人の命に関わるという、航空機特有の責任から生まれた安全哲学なのだ。

絶対に落ちないという究極の安全を目指す航空機

航空機のもう一つの安全思想が「フォールトトレランス」だ。これは「故障を許容する」という意味で、システムの一部が故障しても全体としての機能を維持する能力を指す。1980年代以降のデジタル飛行制御システムの発達とともに進化してきたこの考え方は、現代の航空機では欠かせない安全哲学となっている。

最新の旅客機では、重要なシステムは3重、4重の冗長設計となっている。例えば、ボーイング 787の電子制御システムは複数のコンピュータによって制御され、一つが故障しても他が即座に機能を引き継ぐ。さらに、それぞれのコンピュータは異なるメーカーによって別々に開発されることもあり、共通の不具合が発生するリスクを最小化している。

2023年の統計によれば、世界の定期商業航空の事故率は100万飛行あたり0.28件と、歴史的に見ても極めて低い水準を保っている。これはフェールセーフとフォールトトレランスという二重の安全思想が機能している証拠といえるだろう。

航空機は、絶対に落ちないという究極の安全を目指し続けているのだ。

衝突を前提とした自動車の安全率という考え方

自動車メーカーは乗員の安全を確保するため、常に衝突実験を行い続けている。

自動車の安全哲学は航空機とは異なり、「安全率」という考え方が中心となる。これは事故は起こりうるという前提に立ち、衝突時に乗員の安全を確保するための仕組みだ。1950年代にスウェーデンのボルボが三点式シートベルトを導入して以来、自動車産業は被害軽減に力を注いできた。

自動車のボディはクラッシャブルゾーンと呼ばれる衝撃吸収構造を持ち、衝突時にはこの部分が計画的に変形することでエネルギーを吸収する。一方、乗員を囲むセーフティケージは極めて堅牢に設計され、生存空間を確保する。これらは1959年にメルセデス・ベンツが初めて採用した概念で、現代の自動車安全設計の基本となっている。

航空機が「事故を起こさない」ことに注力するのに対し、自動車は「事故が起きた時の被害を最小限に抑える」ことに力を入れているのだ。この違いは、道路環境の複雑さや小規模事故の頻度の高さという自動車特有の条件から生まれたものだといえる。

両者の安全思想が今後たどる道

電動垂直離着陸機(eVTOL)

近年の自動運転技術の発展により、自動車の安全哲学も航空機に近づきつつある。センサーやAIによる予防安全システムは事故を起こさないという発想で、フェールセーフ的な考え方が取り入れられている。最新の自動運転車には、複数のセンサーとコンピュータによる冗長設計が採用され、航空機のフォールトトレランスに近い安全性を実現している。

一方、電動垂直離着陸機(eVTOL)など新たな航空モビリティの登場により、航空機にも自動車のような軽量・コンパクトな安全設計が求められるようになっている。両者の安全哲学は、技術の進化とともに融合しつつあるのだ。

移動手段が多様化する現代において、「絶対的な安全」と「実用的な安全」のバランスをどう取るかが今後の課題となるだろう。将来の生活を支える移動技術は、これからも安全性を進化させ続けていくに違いない。

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